異郷人と氷牙の使徒【2】
それから三十分後の午後一時過ぎ。奈月が平らげた朝食のトレーを持って立つと、
「失礼、銀の麦亭はここですか?」
「あんた字が読めないのかい? 看板に書いてあるだろうさ」
「いえ、確認のためです。それで――」
宿屋に入ってきたのは二十代半ばくらいの、鋼の胸当てを着用した冒険者風の男性だ。腰には片手剣と短剣を装備し、左手に盾を付けている。ルカーラは愛想も無く対応した。
(生真面目そうな冒険者さんだ。ここに泊まるのかな?)
奈月がそう思いつつトレーを持って厨房に入ろうとすると、次の瞬間足を止められる。
「――ここに異郷人がいると聞いたのですが?」
「ほう?」
「はい?」
冒険者はこの宿屋にいる異郷人を探してると告げた。するとルカーラの瞳がギラリと光り、次いで奈月が思わず振り向く。
数秒睨むとルカーラは鼻を鳴らして、
「フン、どうせ手に負えない依頼でも受けたんだろさ。坊主に客だよ、相手しな」
「分かりました、ルカーラさん」
「もしかしてこの……小柄な少年が?」
「ぬぐっ」
奈月を目にして疑問符を飛ばしてくる冒険者。奈月は皮肉も嫌味も返せず黙るだけだ。
「いや失礼。その……ギルドで受けたクエストの、助っ人を頼みに来たんだ」
「クエストの助っ人ですか? ええと、討伐依頼とかは力になれそうもないんですけど。とりあえず掛けてください」
「すまない……では単刀直入に。正確には囮役、敵を引き付ける役をしてほしいんだ」
「囮役……ですか?」
冒険者がテーブルに腰掛けると奈月も対面に座った。そして詳しい内容を聞く。
「キングリザードという魔物の事は、知っていますか?」
「いえ、全く知りません」
「実はその魔物が一体、イリュージ大森林沿いの集落近くで目撃されたんだ。そして情報を頼りに森を捜索していたら、相手は二体一組のつがいだった……」
「ははぁ、それで討伐するのに手が足りないと?」
「うちのパーティーで光輝技能を使えるのは二人だけ。だけど、その片方はまだ十二歳で冒険者歴三ヶ月。将来有望だが無理をさせるのは危険だから……」
「十二歳ですか……キングリザードって、どんな魔物なんですか?」
「体長十メートル以上の、火を吹く巨大なトカゲだよ。いや、あれは翼の無いドラゴン。準竜種と言っていいだろうな」
標的の魔物の話を聞いて奈月は黙った。その仲間の少年はミラと同い年くらいだ。
「この世界に来て何度か聞いたんですけど。そのアウラテクニックって何なんですか?」
ここでふと、奈月は疑問に思っていたことを問う。
「光輝技能……アウラテクニックっていうのは、異郷人と同レベルの力や技を扱える特殊技能の事さ。生命力が魔力に変換される前の段階、アウラを纏って体や技を強化できる。冒険者や兵隊の中じゃかなりの強者だよ」
「異郷人と同じ……なら、そういう人に頼んだ方が――」
「残念ながら、今帝都には地元の冒険者は半分程度もいない。異郷人が大挙してやってきたんだ、ギルドでは仕事の取り合いが日常茶飯事。それで依頼を捨てるわけにもいかず、頼れる友人もよそへ行った。それで、ここに御桜高校の生徒がいると聞いた次第さ」
「な……なるほど」
奈月は若干頭痛がしてきてこめかみを押さえた。ある日突然強力な力を得た少年少女達が大挙してやってきて、調子に乗って暴れているのだろう。地元の冒険者にとってはさぞ迷惑だろうと奈月は考える。それと同時に、
(乃恵琉達は……大丈夫なのかなあ?)
もう一ヶ月以上顔を合わせていない幼馴染の身を案じた。日本の東京ではご近所様で、疎遠になっても数日おきには必ず顔を合わせていた間柄だ。
「報酬だが……銀貨五十枚で引き受けてくれないだろうか?」
「えっ、ぎっ銀貨五十枚もですかっ!?」
奈月の月給を凌ぐ額を提示されて、不覚にもテーブルを掴み前のめりになってしまう。
「依頼の報酬は金貨一枚。だがキングリザード二体を討伐したのならイレギュラーということでギルドから追加報酬も出るし、その死体を売れば銀貨六十枚は稼げるからね」
「それじゃあ後は、宿屋の仕事は……」
奈月はカウンター席に座っているルカーラに視線を投げた。するとルカーラはフンと鼻を鳴らすと蜂蜜酒を一口飲み、
「死ぬかもしれない覚悟があるなら行きゃあいいさね。そろそろ若い連中に休みをやってもいい頃合いだからね。坊主がこっちを数日休む間にってんなら、文句は言わないよ」
最初は小馬鹿にするようだったが、次第に真面目な声音に変わって許可を出した。
雇い主から許可を受け取った奈月はぱっと顔を明るくして立ち上がる。
「その依頼、僕は受けます! よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく。おっと、自己紹介がまだだったね。俺はライズ・クロージャー、氷牙の使徒っていうパーティーを率いている。こちらこそ、よろしくお願いするよ」
「あっ、でも僕は武器も防具も持って無かったぁ……」
「それなら俺の予備の剣を貸し出そう。鎧は……流石に予備は無いかもだが」
見知らぬ冒険者からの突然の依頼。しかしライズと名乗った冒険者の生真面目な態度が奈月とルカーラの信用を買った。奈月が承諾した後はとんとん拍子で決まっていく。
天猩奈月は初めて、未知の冒険へと身を乗り出していく。
翌日――。
「皆に紹介するよ。異郷からやって来た天猩奈月くんだ」
「天猩奈月です。短い間ですが、よろしくお願いします」
場所は帝都の西門、時刻は朝の九時。ライズに紹介された奈月がぺこりと頭を下げる。
「よっすよろしくー。俺、ガーランド・スミスね」
「自分はフレイグ・クロッサスである。よろしく頼もう」
「僕はディノ……ディノ・アレンシアです!」
「よろしく……」
氷牙の使徒で最初に挨拶してきたのは軽薄そうな茶髪の男性だ。弓と矢筒を装備していることからレンジャーだと推測できる。
その次はメイスを腰から下げた、くすんだ金髪の男性だ。神官だろうと奈月は思う。
三番目のディノはまだ少年だ。奈月より少し背が低いだろうか、本当にこの歳で冒険者をやらせても大丈夫なのだろうかと不安になる。
最後に不愛想に名乗らなかったのは紅の長髪の、紅一点の女性だ。鍔広帽を被って片手には宝玉の付いた杖を持っている。間違いなく魔導士だろう。
「メノウ、少しは愛想よくしたらどうだ? これから命を預ける仲間なんだから」
「今回限りのお仲間よ。別に仲良しこよしをしなくてもいいんじゃない?」
「まったく。失礼奈月くん、では早速出発しよう」
ライズは濃緑色の短髪頭をがしがし掻きつつメノウと呼んだ女性を注意した。だがいつもの事なのだろうか、そのまま馬車に乗り込んでいく。
皆もライズに続いて馬車に乗り込む。最後に奈月も馬車に乗り込んだ。
「では御者さん、アッカド村までよろしく」
「あいよ、毎度あり」
ライズに合いの手を打つと、御者席に座った男性が手綱を操り出発となった。
「では奈月くん、装備を貸しておこうか。俺の予備の剣だが、使えるはずだ」
「はい、ありがとうございます」
ライズが差し出してきた剣を奈月は受け取った。飾り気のない普通の剣に見えたが、鞘から引き抜くと黒い刀身が鈍い光を放っていた。普通の鋼には見えない。
「この剣って、鋼の剣とは思えないんですが……?」
「それはチタン鋼の剣って代物だよ。異郷人から素材が伝わって、ドワーフの鍛冶師が精錬法を発見した剣さ。予備として持つ分には、少し高価かなと言ったところか」
「それとこれを。ディノが前に使っていた鎧を処分していなかったんだ。胸当てと肩当て程度だが、サイズは多分合うだろう」
馬車の荷台で剣を脇に置くと、奈月は今度は麻袋を受け取った。中には焦げ茶色の革鎧が入っている。胸当てと肩当ての構成だ。
「それ、僕が最初に買った鎧なんです。キングリザード相手だとちょっと頼りないですけど、お役に立てれば幸いです」
「ありがとう、大事に使わせてもらうよ」
麻袋を探っているとディノがおずおずと話し掛けてきた。ディノはまだ中性的で幼い印象が残っている。中学生時代の自分のようで、奈月は不思議と親近感が湧いてきた。
「そういえば奈月っちは、どんな天啓技能を持っているんで?」
「僕の天啓技能は時空操者っていうものらしいです」
ディノの思い入れのある革鎧を装備しているとガーランドが話し掛けてきた。奈月は革鎧の留め具と格闘しながら返事をする。
「マジか!? じゃあもしかして時間を止めたりとかは――」
「五秒だけなら止められます」
「やっくに立たねえな!」
「おい、失礼だぞガーランド」
ライズに注意されてもガーランドは頭を抱えてオーバーアクション。奈月は自身の能力の欠点を明かしつつも、苦笑いを浮かべて物思いにふける。
(なんかアスラにも同じこと言われたような気がする)
胸の内でそう考えていると、ライズが奈月に視線を向けて顎に手を当て、
「五秒しか止められないとの事だが、逆に剣の達人からすれば五秒も時間を止められると考えられるだろうな。要は使い手次第の能力かな?」
「天啓技能とは魂に刻まれたプログラムである。その適用範囲は広いと聞いたのである」
パーティーリーダーのライズに続いて僧侶のフレイグがフォローを入れた。
「異郷人のパーティーって、みんな天啓技能を持っててアウラテクニッカー並みに強いから、物凄く強いって話題ですよね」
「強いって言っても、ブッシュドノエル程のパーティーはそうはいないでしょ」
「ブッシュドノエルっ!?」
わくわくして話題を盛り上げるディノにメノウが髪を弄びつつぼそっと相槌を打つと、それに奈月が強い反応を示した。そのパーティー名の心当たりは一つしかない。
氷牙の使徒一同の視線が奈月に集中して、
「ほう、奈月くんはブッシュドノエルの事は知っているのかい?」
「いっ、いえ。そのパーティーの事は初めて聞きますけど。もしかしてリーダーは、白髪の女の子で乃恵琉って名前……ですか?」
ライズに問われた奈月は逆に人差し指を立てつつ問い返すが、心中穏やかではない。
「その通り、もしかして知り合いなのか? いや、最初は君と同じ御桜の制服を着ていたんだから、見知った顔なのは当然か」
「ライズさん、そのパーティーってそんなに強いんですか?」
「魔法や魔物の特殊攻撃を無効化する槍斧使いが前衛に出て、後衛には無詠唱魔術師にどんな傷も癒すヒーラー。それを守る素早い格闘家がいて、最後に戦場全てを読み取るテレパシストを中心に据えて完全無欠のパーティーが完成、ってな」
奈月の質問にはガーランドが羨望の眼差しを添えて答えた。奈月は秘かに想像する。
(テレパシストってのが乃恵琉で、ヒーラーが橘さんだよね。多分槍斧使いはハーピーの怪音波が効かなかった佐鳥くんで、後は魔術師が如月くんで格闘家が如月さんかな?)
奈月は心を読む乃恵琉と他者を癒す柚木を軸に、生徒会グループのパーティー構成を想像した。魔法無効化は、ハーピーの怪音波を聞いても平気だった真一だと推測できる。
「そんなパーティーとご一緒できりゃあどんな依頼も楽々クリア、だろうなあ」
「夢を見るなガーランド。そんな大層な面子の前じゃあ、お前さんは戦力外だぞ」
「我らは我らにできることをする、であるなライズ殿」
「フレイグさんの言う通りですよ。僕らは僕らで頑張らないと!」
「全く、あんなガキ共のお陰で危ない橋を渡ることになるなんてね」
夢を追うガーランドをライズがたしなめて、フレイグが頷く。ディノが己を鼓舞する一方でメノウが少々不貞腐れる。
「共に戦える仲間、ですかあ。なんか……そういうのって憧れるなあ」
氷牙の使徒の面々を見て、そして今は遠い存在となってしまった生徒会グループを想像して、奈月は不意に呟いてしまった。共に戦える仲間は、ぼっちにとって強い憧れだ。
幌馬車から見える青い空を眺めつつ、遠い空の下にいる幼馴染に思いを馳せる。
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