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異郷を駆ける猩血の涙【スターラティア】  作者: 銀朱の羊
第一章 異郷への誘い
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強さを求めて【3】




「そんじゃあ、銀の麦亭の新体制メンバーが揃ったっつーことで。乾杯!」


「新体制に乾杯ー」


「あたし何気に忙しいんだけど」


「私はジュースだから、ちょっと寂しいかな……」


 雑多な音が行き交い賑わう銀の麦亭のホール。その一角ではアスラが音頭を取って乾杯をすると奈月もカップを掲げた。しかしサーラは素っ気なく返事をするだけで、ミラは自分のカップを覗き込みしょんぼりする。この国でお酒を飲めるのは十五歳からだ。


 夕飯時、暇を貰った銀の麦亭の若い従業員達は顔を合わせるために八人掛けのテーブルに集っていた。奈月はアスラと並んで座り、対面にはサーラとミラが座っている。


 ウェイトレスを担当しているサーラは一番忙しい時間帯なので不満顔だ。お酒を飲んでいてもすぐに注文が飛んでくるからである。


「なんだなんだ、女共は景気が悪いな。こうやって親交を深めようって言うのによう」


「あたしは今が一番忙しいのよ。あんたや奈月だって忙しいはずでしょ?」


「オーダーは一段落したし、俺がいなくても婆さんがいるからへーきへーき」


 調子をこいたアスラの言葉にサーラが噛み付くが、当の彼はヒラヒラ手を振ってそれをいなす。それに奈月も同調して、


「まあルカーラさんは、この宿屋を数ヶ月一人でやりくりしてたから。正直僕らと比べたら仕事の質が段違いかな。もちろんいい意味で」


「そりゃまあ、あのお婆さんの年の功ってのは認めるけど……」


 奈月に丸め込まれたサーラはとりあえず蜂蜜酒の入ったカップをぐびっと傾けて、


「けどなんか、あたしは必要ないって思えるから嫌だわ」


「さすがのルカーラさんでも一人で切り盛りするのは限界があるから。僕らの手だって間違いなく必要だと思うよ。多分……」


 頬杖を付いて愚痴をこぼした。奈月がそれとなくサーラをフォローする。すると、


「あっと。ほら、また客だわ」


「むむっ? いいよ、僕が対応するから。サーラは飲んでて」


 サーラがちょいと背伸びして奈月の背後に視線を送った。奈月が振り向くと一人の少女が出入り口からホールの様子をキョロキョロ窺っている。奈月が片手でサーラを制し、お客に対応すべく席を立つ。


「いらっしゃいませ、お食事ですか? それとも――」


「よよっ!?」


 奈月が声を掛けると少女はビクッと震えて観音扉のドアに張り付いてしまう。


「わっ、私はここじゃあ働かないわよ! 私は吟遊詩人だから……ってあれ? あなた、もしかしてここで新しく働いてる人?」


「えと……はい、ここの従業員ですけど?」


「よかったーーーっ、やっとお婆ちゃんからの勧誘も無くなるってことよね? ねっ!?」


「お婆ちゃん?」


 グランマと聞いて思い浮かぶのはルカーラの姿しかない。となるとこの少女は――。


「もしかして、ルカーラさんのお孫さん?」


「そうよ、この二ヶ月お婆ちゃんの勧誘がしつこくて、この宿で歌うのは避けてたのよ。それじゃあ私は、勝手に歌わせてもらうから」


「は、はあ……?」


 言っててくてく宿屋の中に入っていくのはエキゾチックな黒髪をした、奈月と同い年くらいの少女だ。顔立ちはルカーラと似ているとは到底思えないほど可愛らしい。


 奈月は接客の機会を失って、空振り三振をした高校球児のようにすごすご戻っていく。


「奈月、さっきのお客のオーダーはいいわけ?」


「なんかルカーラさんのお孫さんで、吟遊詩人とか言ってたけど」


「ほう、この宿屋にも吟遊詩人がいたってか?」


 一連の流れを遠目に見ていたのか、サーラが疑問を呈してきた。なので奈月は素直に答えて、そしてアスラが感心したように先程の少女の姿を目で追う。


「皆様、お久しぶりでございます。初めましての方もよしなに。吟遊詩人見習いのイライザ・ソーサリスでございます。久方ぶりにここで歌えることに感謝を」


 奈月が席に戻ったところで先程の少女が大声で名乗りを上げた。ホールにいる客の全員の視線が彼女に集中する。


「吟遊詩人って、あのロールプレイングとかに出てくるあの吟遊詩人?」


「ロール何とかってのが何か知らんが、歌う吟遊詩人ならこの吟遊詩人しかねーぜ」


 奈月がリュートを持ったイライザを凝視しつつ疑問をこぼすとアスラが答えた。アスラはくいっとカップを傾けて蜂蜜酒を飲み、彼女に目を向ける。


「それでは皆様。久しぶりに、我が騎士スターラティアをお聞きください」


 そう告げると真剣な眼差しでリュートの弦に指を当てた。


(スターラティアって……僕のハンドルネームと同じ?)


 自身のハンドルネームと同じ名前を二度も異世界で聞いた奈月は、秘かに目を見開く。


 そしてイライザがその美麗な唇で、リュートで一音奏でてアカペラで歌を紡ぐ。


「其は気高く、剣の頂に届く」


 其はの『は』にアクセントを置き、気高くの『く』で半音を下げる。そして剣の『る』に小さなアクセント、そして頂の『た』にアクセントを入れて歌が始まった。


「その魂、絶望を断ち切る刃」


 先程と同じ音階で、しかし断ち切るの『た』に強いアクセントを入れて続ける。


そらに、猩血の剣。掲げ、神穿つ」


 天にはやや早口で、猩血の『け』を一音符伸ばして音を上げた。そして掲げを同様に早口で、神穿つは少々時間を掛けて歌う。そして、


「真名は、スターラティア」


 真名は同じ音で歌い次の『は』で音階を下げ、スターを三音符分伸ばし最後の『ア』を伸ばす。そしてスターラティアの題名と共にリュートの伴奏が始まった。


 伴奏が始まるとホールにいる客から喝采が巻き起こった。その盛大な人気に奈月は秘かに照れてしまう。まるで自分が持てはやされているように思えてくる。


「遥か、異郷の地より。星を渡り、この地に降り立つ」


 遥かの『は』を一音分伸ばし、地よりの『り』で音を下げる。そして星の『し』を微かに伸ばし、渡りを早口で。この地にを余裕をもって歌い、降り立つをやや早口で歌う。


「目に映るは、死と絶望だけ。消えてゆくのは、儚き命よ」


 目にの『に』を少し伸ばし、死との『と』を半音下げて最後の『け』を上げる。次の消えての『て』を伸ばし、儚きの『き』を半音下げて命よの『の』も音を下げて歌う。


「それを、只人ただびとを、守るために。勇気、燃やして、立ち向かう者」


 それをの『を』で音階を上げて伸ばし、守るの『る』で音を上げる。勇気の『き』を伸ばして歌い、そして立ち向かう者の『ち』で音を上げる音階で歌う。


「剣を振る、騎士のその手には。猩血が光る」


 振るの『る』で半音、騎士のの『の』で音階を上げ、そして猩血の『け』を伸ばす。


「弱さを知るから、強さに溺れぬから」


 弱さを知るからの『わ』と『ら』で音を伸ばし、溺れぬの『ぼ』を強く歌い伸ばす。


「倒れたとて、立ち上がって。この世界、全て守る、守護者」


 ここは短くリズムを取って歌う。最後の守護者を伸ばして歌はサビに移行する。


「其は気高く、剣の頂に届く。その魂、絶望を断ち切る刃」


 歌い始めと同じだがリュートの伴奏に乗って、リズムよく歌う。


「比類、なき力、放て。人の、極みに、届くよ」


 比類は早口で。次はゆっくりと力の『ち』を伸ばす。続けて人のも早く歌い、極みにの『み』を少し伸ばす。


「神を、討ち伏せし。真名は、スターラティア」


 討ち伏せしの『ち』で伸ばし、そしてスターラティアは歌い始めと同じように奏でる。


「其は只人、剣を持つ、只の騎士よ」


 そして歌は再びアカペラになる。先程のサビと同じ音階で。


「その心よ、恐れを捨てよ、我が民よ」


 イライザの声だけがホールに響き渡るだけだ。そして伴奏が再開されて、


そらに、剣を、捧げて。


 死地に、命をも、捧げ。


 神の、使徒、討ちし。


 我が騎士達よ」


 最後の騎士達よの節は、名も無き騎士達を愛するように色香を含めて歌い切った。奈月は思わずイライザに見惚れてしまう。


「スターラティアにーーーっ!」


「英霊に乾杯!」


「我らが先祖達に乾杯!」


 歌が終わると方々から乾杯の音頭が上がった。アスラも、それだけでなくサーラやミラもカップを掲げて乾杯する。おひねりが次々とイライザに向かって放られていく。


「わたし、酒場とかでこうやってスターラティアを聞くのは初めてだから。なんか感動しちゃったなあ。涙が出てきちゃった」


 ミラはニコニコ顔で、指で目元を拭うとジュースをちまちま飲んで上機嫌だ。


「あたしもこういう場では同じく初めてだわ。まあ、酒場で聞くのも悪くないわね」


 サーラもミラと同じく、酒場で吟遊詩人の歌を聞くのは初めてのようである。


「やっぱ騎士を目指すなら、我が騎士スターラティアの歌に震えねえ奴はいねえよなあ」


 アスラも有頂天になって、銅貨を投げると瓶のまま蜂蜜酒をゴクゴク飲みほしていく。


「でも自分と同じ名前の歌があるなんて、ちょっと恥ずかしいよね」


「「はっ?」」


 最後の奈月の発言を聞いて、他の三人が揃って疑問符を浮かべた。お前の名前は天猩奈月だろうとそれぞれの目が訴えている。


「おい奈月、おめーの名前は天猩奈月だろ?」


「あっ、いや僕も同じハンドルネーム持っててさ。インターネットっていう所で使う名前だけど、僕もそこでスターラティアって名乗ってたんだ」


 アスラに指摘された奈月が照れつつ右手で黒鳶頭を掻きつつそう言うと、


「お前それ詐欺だぞ!」


「あんった最っ低なクズ男ね」


「それはダメだよ奈月」


「えええっ!?」


 アスラとサーラ、さらにミラまでもが完全拒否してきて奈月はたじろいでしまう。


「やっ、ちょっと待って。僕は自分で考えてスターラティアって名前を作ったんだよ!? 自分で考えたオリジナルの名前で――」


「何がオリジナルだ、こっちゃ五百二年前に実在した伝説の英霊の名前だっつーの」


「ごっ、五百二年前?」


「現世に降臨した魔神と、その使徒を倒した英霊の名前よ。あんた知らなかったわけ?」


「いやサーラさん、僕がこの世界に来たのは最近で――」


「でも詐欺はダメだよ奈月」


「ミラまで追い打ち掛けないでっ!」


 必死に弁明しようとするもアスラに次いでサーラに、最後にミラにまで詐欺師扱いされてしまう奈月。その混乱は頂点に達してしまう。


「あのなあ奈月、年に何人かはあっちこっちの王族貴族に取り入ろうと、英霊スターラティアの子孫を名乗る輩が出てくんだよ。金と財宝をむしり取るためにな」


 サンドバック状態の奈月をアスラが優しく諭す。今度はカップに蜂蜜酒を注ぎ、頬杖を付いてゆっくり飲みながら。


「けどまあ、五百二年前の御本人の名前を騙るってのも間抜けよね」


「はっ、そりゃそうだ。名乗るならスターラティアの子孫だわな」


 サーラが奈月の間抜けさを指摘して、それをアスラが笑い飛ばす。


「そもそも……そもそもこの世界のスターラティアって、何なの?」


「そこから始めなきゃダメか」


 奈月に問われるとアスラは遠い目をして、親や祖父母から伝え聞いた五百二年前の惑星ティアシードに、この大陸アルフラーズに目を向ける。


「始まりは消名の勇者、ネームレスブレイブの話からか。奴は最初に光輝技能を習得した人間で、その力で魔族達を殺戮していった。女子供も容赦なく殺した、大虐殺さ」


「魔族……でも魔族なら別にいいんじゃ……」


「現代に生まれたのに古い考えね、奈月も。悪魔、魔族っていうのは人族とほぼ変わらないのよ? スターラティアがそう教えるまで人族も、魔族でさえお互いが近い存在だとは知らなかった。人の母親の胎内で濃い魔力に触れた赤子、それが魔族の始まりよ」


 アスラが消名の勇者のことを話すと、奈月は魔族討伐は別にいいのではと言った。しかしサーラはそんな奈月の思考は古くて間違っていると注意する。


「魔族が人と同じ?」


「そうらしいぜ。そんで消名の勇者が魔王を殺したんだが、その復讐のために魔族の幹部連中がアルフラーズに神を降ろした。その降りてきた神ってのが魔神レモーディスさ」


「魔神……レモーディス?」


「人や生物が他の生き物を殺して食らい、そして家族を守るために戦う意思。そういったものを司る存在さ。戦争の神でもあるし、力の象徴でもあるらしいぜ」


 奈月が問い返すとアスラが魔神レモーディスの事を語った。続いてミラが、


「でもね、魔神はこのアルフラーズで魔力を使い始めた人族を、根絶やしにするために降臨したの。もちろん魔族も同じで、わたし達はこの世界を蝕む病原菌なんだって、昔の人に言ったみたいなの」


「人が……病原菌?」


 魔神が人族や魔族を根絶やしにすることを実行に移したと聞かされた。人間が世界を蝕む病原菌と聞いて、奈月は自然破壊を繰り返している地球人類の事を思い出す。


「リーダリアって世界に住むエルオーラム、神様達からしたらそうなんだと。そんで降臨してからたった一年でアルフラーズの東方諸国が消えちまった。全滅したわけじゃねえが、大量の難民が西側に逃げてきて食い物も住む所も足りない。大陸中が大混乱さ」


「魔神って、そんなに強かったの? 魔法とかで抵抗できなかったの?」


「その腕の一振りで街が消え、山が谷へと変わる。詠唱が必要な魔法使いは格好の餌だったみたいだぜ。もちろん光輝技能を使う消名の勇者も挑んだが、奴は卑怯にも仲間を見捨てて一人逃げた。だから歴史から名前を消された、名前を消された勇者ってわけさ」


 消名の勇者の顛末を聞いて奈月は黙り込む。アウラテクニックと言うものが何かを聞きたいが、今はスターラティアの情報が欲しかった。


「その後はね、このあたりの西側諸国も魔神やその使徒と戦ったんだけど。五百万人の兵隊さん達が、五十万人までに減っちゃうくらいの戦いだったみたいだよ。なんかね、言い伝えだと只人じゃ一切敵わないんだって」


「只人って?」


「アウラテクニックも無い、異郷人でもない普通の人間の事さ。まあ相手が神様じゃな」


 ミラの話に出てきた只人と言う単語に疑問を投げて、それをアスラが解説した。


「人族の大軍勢が紙切れのように殺戮された。もう世界は終わり、そう思った時に異郷から来たんだよ。救世の騎士が、スターラティアが」


「その燃える髪は緋色、その煌めく瞳は朱眼。そして手にするは絶望を断ち切る刃、猩血の剣、だったかしら?」


「猩血……」


 アスラが目を輝かせてスターラティアの名を口にした。その瞳はまるで子供のようだと奈月は思う。そしてサーラが英霊スターラティアを現す言葉を紡ぐ。


 サーラは剣の名を英語でスターラソードと言った。それは奈月のハンドルネーム、猩血の涙の猩血という部分の英語訳と同じだ。


 奈月の苗字の猩という文字には星が含まれているので、それをスターに翻訳していた。ティアは幼い頃、祖父と一緒に見た水平線に沈む太陽を涙に見立てたもの。そしてその時の太陽の色が血色のように赤かったのでブラッドのラを入れた。


 スターラという言葉、それは奈月が考えた造語のはずである。


(宰相って人は、日本語で猩血の涙って言ってた。本当に僕と、無関係なの?)


 帝都に来た日に、奈月は帝国宰相が日本語で猩血の涙と言った事を覚えていた。その時の会話が奈月に疑念を生じさせる。だが――。


(いや、無関係だよね。髪と目の色も違うし、そもそも五百二年前の人だし)


 この世界のスターラティアは緋髪朱眼で、自分とは別人だと奈月は判断した。そもそも五百二年前の人物である。ハンドルネームと同じ名前で一瞬ビビったが。


「迫りくる魔神の使徒を一撃で倒して只人を守り、三日三晩の激烈な戦いを制して、遂には魔神レモーディスを七つに断ち切り輪廻の渦へと封じ込めた! だったよね!」


「そして従者の尊き犠牲に悲しみ、最後には歴史から姿を消した我らが英霊、ってな」


 ミラが興奮して両手を握り、体を上下に揺らしてスターラティアを語った。アスラが言葉を繋ぎ、五百二年前の伝説の顛末を語る。


「これがまあ、スターラティアの伝説ってことね。人間やドワーフにとってはもう遥か昔だけど、ミラのようにエルフにとっては曽祖父の頃の話だから、まだ最近の事かしら?」


「お爺様から話を聞くと、やっぱり最近の出来事だって思えるよね」


「はぁー。なんか凄い、歴史上の人物と名前が被っちゃったんだね」


 サーラの解説とミラの感想を聞いて、奈月はとんでもない名前被りをしてしまったと落胆してしまう。スターラティアのハンドルネームは中学一年生の頃、親のタブレットを貰い受けてネットを調べて、悩みに悩んで作り上げた自分だけのハンドルネームだからだ。


「ってなわけで、スターラティアの名前を騙る時は覚悟せよ。マジで牢獄送りだからな」


「そこまで!? 名前だけで酷すぎない!?」


「不審者として衛兵に斬られるかもね」


「まっ……まさかぁ?」


「帝宮の入口にあるスカーラティア様の銅像と比べたら、奈月はちょっと貧弱――」


「ミラさん、ここまで来て貧弱とか言わないでっ!」


「すすっ、スマート……かな?」


 アスラとサーラの二人に脅されて、ミラも貧弱という言葉を飲み込む始末。奈月は大ダメージを受けた。どうやらこの世界の英霊の名前を騙るのは、命に関わるようである。




 てくてくと、奈月とミラが揃って帝都の大通りを歩いていく。


 顔合わせも兼ねた飲み会をしたので、ミラの帰宅時間よりだいぶ遅くなってしまった。なので奈月はその護衛として、家まで送るようにとルカーラからの指示を受けた。


 ミラは鼻歌で我が騎士スターラティアを歌っている、ご機嫌だ。


「楽しそうだね、ミラ」


「うんっ! わたしああいう酒場って初めてだったから。凄く新鮮だったの。メイドさんのお仕事にも興味あったし。お仕事誘ってくれてありがとね、奈月」


「いや、僕の方こそ。君みたいな可愛らしい子と一緒に働けるのは、光栄かな」


「がびんっ!」


 可愛らしい。そう言われただけでミラの顔が瞬間湯沸かし器になってしまった。嗚咽を漏らしつつ直立不動になってしまう。


「ほらミラ、早く帰らないとお母さんを心配させちゃうよ」


「ててて手は握らなくてもいいからっ!」


 奈月に手を取られ更に狼狽してしまうミラ。その手を振りほどき急ぎ帰路を辿る。


 だがミラがろくに前も見ず速足で歩きだした瞬間、


「わぶっ?」


「でっ……てめえ! このガキがどこ見て歩いてんだっ!」


「ひっ……えっ、あっ――」


 ミラが冒険者と思しき大柄な男性とぶつかってしまった。怒鳴られ睨まれ、ミラは恐怖のあまり硬直してしまう。


「失礼、すみません。少々はしゃいでしまって」


「ガキがガキを連れて、夜に出歩いてんじゃねえ!」


 奈月は急ぎミラの前に出たがさらに怒鳴られてしまう。相手は刃物で武装した大男だ。奈月は震えそうになる足に力を込めて必死に踏ん張っている。


「這いつくばって謝りなっ!」


「つっ!?」


 ガツンと、奈月は左頬に衝撃を受けた。だが殴り掛かってきた相手の動きは見えていたので最低限、歯を食い縛ることはできた。


 ガントレットを付けた拳で殴られたので当然痛い。痛いのだが、しかしワイバーンの爪で背中を抉られるよりかは、空から地面に叩き付けられるよりかは痛くなかった。


「てめえ……抵抗すんのか、あっ!?」


「そんなつもりは、ないです」


 殴られた奈月だったが平然と相手を見返していた。それが気に障ったのか、あるいは自分の拳が通用しないと分かって焦ったのか、大柄な男がさらに怒鳴る。


 奈月は背後を見た。ミラが怯えて震える手で奈月の制服の裾を握り締めている。何とかこの場を切り抜けようと思案していると、すると相手の連れが大男に耳打ちして、


「おい、こいつが胸に付けてるバッジ、御桜高校のやつだぜ。最近ギルドで幅利かしてる異郷人の小僧共の。絡むのはやめた方がいい」


「異郷人ってマジか!? いやマジだ、あの生意気なクソガキ共と同じだ、やべえ」


 という冒険者二人の会話が漏れ聞こえてきた。それを聞いた奈月は、


(生意気なクソガキ共って、同輩の皆様なにやってんの!?)


 内心冷や汗をかいた。同級生らがこの二人相手に粗相をしていたら、この場を収められないと不安になる。だが――。


「けっ、気いつけやがれ!」


「はい、失礼しました」


 そう言葉を吐き捨てると冒険者二人は夜の雑踏に消えていった。奈月は一応謝罪を口にして、しかしミラをかばう事も忘れず警戒する。


 冒険者二人が去ると奈月はホッと一息、緊張を吐き出した。


「ごっ、ごめんね奈月。私の不注意で……」


「いや、僕の方こそごめん。ちょっと、浮かれていたね」


 ミラは申し訳なさそうに奈月のブレザーの裾を握っていた。対して奈月は大丈夫だよと言うようにその手を握る。


「殴られたところ、大丈夫? 痛くない?」


「平気だよ、これでも僕は異郷人みたいだから。まあ、そこそこ大丈夫」


 言って奈月は殴られた頬をぺしぺし叩いた。当然ながらまだズキズキ痛かったが我慢した。白髪の幼馴染の姿を幻視して、男の子なら我慢しなさいという口癖が聞こえてくる。


「わたし……わたし生まれてきちゃいけない子だから。忌み子だから、周りでこんな事が起きちゃうのかな? 不幸を……呼び寄せちゃうのかな?」


「ミラ?」


 するとミラは突然震え始めて、目に涙を溜め始めた。今にも泣きだしそうだ。


「わたし……生まれてこなければよかった」


「ミラ待って! そんなことは――」


「ごめん奈月、ここからは一人で平気だからっ!」


 奈月が握った手を、しかしミラは振り払った。そのまま走り去ってしまう。


 取り残された奈月は夜空を見上げて、納得してしまう。


「そうか……乃恵琉と同じ考えを持ってたから、ミラが似ているって思えたのかな?」


 ミラは、自分が生まれてきたことを否定していた。それは白髪のせいで幼い頃に奇異の目で見られ、いじめられていた乃恵琉と同じ考えだ。


 自分は生まれてきてはいけない。乃恵琉のその考えを消し飛ばしたのは奈月の祖父の言葉だった。祖父のように乃恵琉を助けたいと願って、奈月はその考えを真似したものだ。


(僕は弱い、弱すぎる。ハーピーに襲われた時も、ワイバーンに襲われた時、宰相と会った時、そして今も。口癖にしてたけど爺ちゃんみたいに、自分の生まれを否定する女の子を助ける事さえできない)


 奈月は己の弱さを自覚した。そして目を瞑り、走り去ってしまったミラの姿を思い浮かべた。儚く、吹けば倒れそうな小さな少女を。儚い女性という存在を。


(ミラのような女の子を、乃恵琉のような女の子を守る力が欲しい。いや、その力を身に付けなきゃだめだ。僕は……弱いままじゃいられない)


 奈月は右手を握り締めた。そして決意した。


 強くなろうと。


 自分の側にいる誰かを、自分よりか弱い存在を守れるだけの男になろうと。


 生まれてきたことを嘆く人を、助けられるように。


 酒場で聞いた英霊スターラティアのように。


 五百二年前の彼に、少しでも近づけるように。




「あの子らがここで集うのかい。まさかほぼ全員が集まるとはのう、驚きじゃよ」


 闇の中で老婆が一人、夜空を見上げながら呟く。視線の先に広がる夜空では惑星ティアシードを包む星雲が、不気味な赤い光を放っている。


「さて、ここでまた儂の魂がひとつに集うことを、運命が許すかどうか。運命が儂を許さないなら、またあの坊主と戦うことになるのかね? 記憶にある五百年前のように」


 老婆は目を閉じて、一人孤独に考え込む。


「じゃが儂がここで復活しなければ、ティアシードは滅ぶじゃろう。竜人が生まれるはずじゃった世界が滅びてしまう。それだけは、なんとしても避けねば」


 老婆は一人、記憶を手繰って未来を覗く。しかしそれは無数に枝分かれした未来の中の可能性の一つ。その可能性が正しい道なのか、老婆自身にも分からない。


「神でさえ力を失ったティアシードで、世界を救える者は、儂以外におるのかのう?」


 そう呟くと、老婆の姿は闇に溶け込み消えていった。

ここまで読んで頂きありがとうございます!


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