第一章 プロローグ
執筆してみました。各章ごとに書いているので、次回作は数ヶ月先になるかと思います。ご了承ください。
評価、感想、お待ちしています!
異郷を駆ける猩血の涙
プロローグ
突き抜けるような、蒼き空。
どこまでも広がる、碧き海。
空には雲一つなく地球を覆う大気が、風達が天空と海原を駆け抜けていく。
「風は自由だね。どこまでも飛んでいけるし、誰にも縛られない」
その海の上で、黒鳶髪の少年が小さく呟いた。少年の声音はツバメのように軽やかで若干中性的な色合いの、しかし若い少年の声である。
海に浮かぶ白い中型客船の最上階デッキ。少年は天を仰ぎ風という櫛で髪を梳く。
黒鳶色のレイヤーカットと耳から顎先までの流麗な曲線が中性的な魅力を放っていて、顎先近くまで伸びた横髪はその顔に麗しさを、襟足から伸びる髪は年下の少女達を惑わす色香を宿している。赤銅色の瞳とその目元はまだ幼さを残し、小さな鼻筋と明るい口元が見る者を和ませる無邪気な少年だ。
周囲から孤立さえしていなければ、それを知らなければ無邪気な少年と言えよう。
(修学旅行っていうのは、ボッチには地獄の旅行だけどね)
少年はため息をつくとデッキの中央から右舷側へと歩き、手擦りに腕を置いた。北の遠方に見えるのは日本列島、見えている大きな島は四国だろうか。緑豊かな故国の景色が海の向こうでゆっくりと流れていく。
少年は独りぼっちだった。そこへ、
「奈月……」
色香含むソプラノ声が飛んできて、名を呼ばれた少年は振り向いた。見れば白髪を腰まで伸ばした少女が四人のお供を連れて立っている。
彼女が着ている制服は濃紺のブレザーと白のブラウスに、臙脂色のリボン。紺一色だが前後四ヵ所にプリーツが施されたスカートはシックで清楚だ。
「……なんだ、乃恵琉か」
「てめえ、乃恵琉がお情けで挨拶してるってのに、なんだはねーだろがっ!」
奈月の返事の直後に乃恵琉の背後から激が飛んできた。身長が百八十センチを超えているであろう、大柄な少年が眉を吊り上げ奈月を睨んでくる。
次いで大柄な少年は乃恵琉の前にずずっと出てきた。まるで立ちはだかる壁のように。
乃恵琉と呼ばれた少女が表情を曇らせ、奈月からわずかに視線を逸らす。
そして奈月は――。
「生徒会グループの、邪魔をするつもりはないから。それじゃ」
即座に踵を返して乃恵琉達のグループから離れていく。表情を少しだけ殺して。
「てめえ、逃げんのか! 面だけじゃなく性格まで女みてーな野郎だな!」
「まあまあ真一、あれでも乃恵琉の幼馴染なんだからさ。次期生徒会の幹部がいじめなんてしてたらまずいでしょ?」
生徒会グループの男子二人が奈月に容赦のない言葉を浴びせ掛けた。真一と呼ばれた大柄な少年はこぶしを振り上げ怒り、それを中背の男子が毒を吐きつつなだめる。
「あんたらほんっとに仲悪いわねー」
「のっ、乃恵琉ちゃんの幼馴染なんだから。仲良くした方がいいと思うの」
他の女子二人がやんわりフォローするが、真一は聞く耳持たずフンと鼻を鳴らした。
奈月に最初に声を掛けた少女、名を柊木乃恵琉という。
ストレートな白髪が清楚さを放つ紅目の、奇跡が付く美少女だ。アルビノという色素異常を持って生まれてきたために純日本人でも髪は白く瞳は紅く、幼い頃は奇異の目で見られていた。幼稚園時代に白髪ばばあとあだ名を付けられいじめられていたのを、近所に住んでいた奈月がよく庇ったものである。
しかしそれは昔の話。高校生から、いや中学生の頃から乃恵琉の魅力に磨きが掛かり、誰も手を出せないほどの美少女へと成長してしまった。
バランスの取れたボディラインを具現化しているBカップの持ち主で、ウエストの曲線も女神が嫉妬するほど美しい。ヒップラインは美の一言で表現でき、紅玉のような瞳は男女問わず虜にして、真っ白だが仄かに朱が差す頬は美麗。美しい鼻からは聴く者を和ませるリズムが、色香漂う桃色の唇からは男を痺れさせる言霊が発せられる。
同級生や後輩達にとっては憧れの的で、上級生から見ても最高の妹キャラである。
頭脳明晰、スポーツ万能、次期生徒会長と注目されている奇跡の美少女。
どんな男でも手出しできない純真無垢。
それが柊木乃恵琉である。
奈月は一人、デッキをとぼとぼ歩く。黒鳶の髪が風に揺れてアホ毛が立つ様が微笑ましいが、その表情は意気消沈気味だ。
「ふぅ……まったく、幼馴染が完璧な美人っていうのも困るよね」
溜め息の後に呟く奈月。そう、周囲は乃恵琉の幼馴染という立場の奈月を警戒しているのだ。あるいは嫉妬か、苛立ちか。
奈月は美少年の類だ。顔は美麗の部類である。しかし同級生の女子から見れば幼く見えて相手にする程ではなかったし、同級生の男子から見ると華奢な貧弱野郎だった。
奈月が着ている男子の制服もブレザーだ。首元には臙脂色のネクタイに下は紺色のスラックスではあるが、それ以外は女子とほぼ同じデザインでお揃いだ。
「んっと、スマホかな?」
腐った気持ちで歩いていると突然上着のポケットから振動が伝わってきた。今や船の上でも人工衛星を通じて気軽にインターネットが繋がる時代である。
「結局僕の居場所は家かネットしかないか、寂しいね。えっとメッセは……完熟白レモンさんからか。なんだろ?」
スマートフォンを操作して奈月はSNSで受け取ったメッセージを開く。そこには――。
『スターラティアさん、今夜の九時に船首デッキでお会いしませんか?』
「えっ……?」
などと、簡素であるが驚愕の文字が綴られていた。
インターネットでやり取りしていた女性(自称)が、同じ船に乗っているというのだ。
(白レモンさんってうちの学校の生徒!? でもそんな都合のいいこと……まさか、他の乗客に紛れ込んでる!?)
奈月は突如挙動不審になり周囲をキョトキョト見回した。その赤銅色の瞳に困惑を浮かべつつ、ドキドキと心臓の鼓動が早くなっていく。
修学旅行に行くことはSNS上で公言していた。豪華客船の旅だとも。
みんなは行ってらっしゃい、楽しんできてと送ってくれた。
ぼっちだけど頑張ってくると返事をした。
完熟白レモンなる人は、文面から察するに女性と思えた。年上の女性だ。しかし顔写真は一切無い。スレンダーな美脚とか細い手くらいしか画像はアップされていない。
だがもう一年と半年以上会話をやり取りをしている間柄だ。
(もし白レモンさんが男だったら僕はもうお終いだ、人生詰みだ。いやいやあの足はどう考えても女の人のものだ冷静になれ僕って今夜童貞卒業? いや待て餅つけ落ち着け!)
思わぬ所から来た思わぬ便り。奈月の混乱は頂点に達し妄想に拍車が掛かっていく。まるで滑車を無限に回すハムスターのように、ニヤケ面でスマートフォンを振り回す。
些細なメッセージで混乱する彼の名前は奈月。天猩奈月。
インターネット上ではまたの名を猩血の涙、スターラティア。
その名前を持つ者が遥か過去にいたことを、奈月はまだ知らない。
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