閑話 黒曜のプレゼント
告別式から数日経った平日の昼下がり。
「最近、道弥の元気がないな」
事務所に居る黒曜が呟く。
「それも仕方なかろう。仲良くしていた少女が亡くなったのだ。元々お優しい方だからな」
そう答えるのは、ソファで寝転んでいる真。
完全にリラックスした室内犬のような様子である。
「僕達が居れば、大丈夫だろうに」
「人とはそういうものではないのだ。親しき者と別れれば悲しくなるものだ」
「ふむ、仕方ない。元気を出してもらうために我々が何かしてやろうではないか!」
黒曜が立ちあがりながら言う。
「何か?」
「元気を出すには、やはり食べ物だろう。肉でも買って来たらどうだろうか?」
「家に帰っていきなりステーキが出てきたら驚かないか? やっぱり甘味であろう」
真が答える。
「甘味だな。僕も最近の甘味には詳しくないが美味しいらしいな」
「確かに。主様もお喜びになろう。だが、そこら辺で買っては喜びも少ない。素晴らしい甘味を探そうぞ」
「いんたーねっとだな。僕はもういんたーねっとも使えるんだ」
とパソコンをつける黒曜。
「どれどれ。見せてみろ」
後ろからのしかかりながら共にパソコンの画面を見る。
「これが良いのではないか?」
「いや、こっちの方が美味しそうだ」
「いやあ、和菓子だろう」
「洋菓子も捨てがたい」
黒曜と真はしばらく悩んだ後、一つの店に向かった。
「この先の甘味屋が人気らしい。そこでけーきを買おう」
そう言って、曲がり角を進んだ先には、百人を超える大量の行列があった。
「なんだい、この行列は?」
動揺を隠せない黒曜。
「信じられないが、ケーキが目的ではないか?」
「嘘だろう!? 百人は居るぞ!」
「それがとうきょうなのだ。割り込みはいかんぞ。主が悲しむ」
「分かっているさ。並べばいいんだろ!」
黒曜達はおとなしく列の最後尾に並ぶ。
一時間以上並び、ようやく店の前に。
「あの……すみませんが、当店は犬の来店はお断りしておりまして……」
店員が申し訳なさそうに真を見ながら言う。
「犬だってさ、真」
黒曜が笑いながら真を見る。
(ううむ。私は由緒正しい神狼なのだが)
真は黙って、列から外れる。
「賢いワンちゃんですね!」
店員がにこやかに言う。
「ああ、確かに賢いんだ」
黒曜はそう答えながら、店の中に入っていった。
「ようやく買えたな。これをあげれば、少しは道弥も元気になってくれるはずだ!ただでさえ好きな僕のことをさらに好きになってしまうに違いないね」
ケーキの箱を持って、上機嫌の黒曜。
ケーキを冷蔵庫にしまい、道弥の帰りを待った。
のんびり黒曜が帰りを待っていると、冷蔵庫のある部屋からごそごそを音がする。
「ん? 道弥がもう帰って来てたのかい?」
そう言って、部屋に向かうとそこにはケーキを美味しそうに頬張る莉世の姿があった。
「あら、たまには気が利くがじゃないですか黒曜。これは美味しいですわ」
「なんてことを……!」
黒曜は突然の出来事に怒りを隠せない。
「なんですか! それくらいで騒ぐんがありませんよ」
「このアバズレがあああ!」
二人が取っ組み合いの喧嘩を始める。
そんな中、事務所に入る人の姿が。
「何をしているんだ?」
道弥である。
「こいつが冷蔵庫のケーキを食べたら、怒ってきたんです!」
莉世が指を差しながら言う。
「このアバズレが勝手に食べたんだ。マナーの欠片もないよ!」
それを聞いて、道弥がため息を吐く。
「勝手に食うな。だが黒曜もそれぐらいで怒るんじゃない」
「なっ……! 道弥の馬鹿!」
黒曜は怒ると、事務所から逃げてしまった。
「なんなんだ……」
突然の状況に混乱する。
「主様、実は……」
真が申し訳なさそうに、口を開く。
黒曜は、近くの山に逃げていた。
「誰も来ないなんて……酷いよ」
既に日が暮れ始めていた。
道弥が来ないという事実に、すっかり落ち込む黒曜。
すると、誰かの気配を感じる。
「遅いよ、道弥!」
そう叫ぶ黒曜の先に現れたのは……莉世。
「なんで君なんだ!」
「せっかく私が謝りにきたのに、なんて態度ですか」
呆れる莉世。
「道弥様の分だったとは、悪かったですわ」
と莉世が珍しく謝った。
「詳細を聞かずに済まないな、黒曜」
莉世の後ろに現れたのは道弥。
その手には袋が握られている。
「一緒に食べようか。俺達で並んできた。饅頭。好きだっただろ」
そう言って差し出したのは、有名店福島屋の饅頭。
あの後、莉世と道弥の二人で並んで買ったのだ。
それがどれだけ有名か、黒曜は知らない。
「そんな昔のことを……! やっぱり君は僕のことが大好きだね!」
だが、自分の好物を道弥が覚えてくれていたという事実が、黒曜は嬉しかった。
「ありがとうな、黒曜。元気が出たよ」
「なら良かった。現代の饅頭は美味しいね」
買った饅頭を皆で食べながら、道弥達はのんびりと過ごした。
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