言質
再び電車に揺られて神戸に辿り着く。
「俺は残りますが、桜庭先輩は付き合って頂かなくても大丈夫ですよ? 仕事があるかも分からないですし」
「なに、後輩だけおいていく訳にはいくまい。まあ君に僕の手助けは不要だろうけどね。この店でランチを食べようか」
そう言って、桜庭先輩に連れられお店に入る。
西洋の酒場のような店内の内装は少しお洒落で、席の机には大きな鉄板が置かれている。
「神戸と言えば、神戸牛さ。今日は僕のせいで骨折り損ですまないね。僕が奢るから好きなだけ食べてくれ」
「別に先輩のせいでないからいいですよ」
「君は確かに実力は僕より上かもしれない。だけど、僕より後輩なんだ。先輩は後輩に奢るものさ。黙って奢られるのも礼儀というものさ。さ、選びたまえ」
この人はどこか男前なんだよな。
後輩への面倒見も良かったし。
「分かりました。ありがとうございます」
神戸牛のステーキを注文する。
しばらくして、美味しそうな分厚いステーキが鉄板に置かれる。
「焼いていきますね」
と店員が目の前でステーキを焼いた後、切って皿に盛りつけてくれた。
レアのため、中は赤い。
「「いただきます」」
俺達はステーキを食す。
美味しい。
口の中に溢れる肉汁。
体に染みわたる美味しさ。
食べ物は平安時代より今の方が美味しいな。
「美味しそうに食べるねえ。奢る甲斐があるよ」
「美味しいですから」
「なら良かった。それにしても、君はまだあの仕事は終わってないと思っているんだね」
「はい」
「まあ、あの陰陽師に片付けられるとも思えないからね。だが、あんなひどいことを言われたのに、思ったより優しいな君は」
「大丈夫ですよ。罪人には必ず罰が下るものですから」
と俺は微笑む。
「君が言うと意味深だね。芦屋家は陰陽師の家系だが、君はもう独立しているんだね」
「まあ色々事情がありまして」
父より俺の方が既に階級が高いからな。
かと言って、俺の下で働いてもらうのも違うから難しい。
「私は淀川陰陽師事務所への雇われだ。家系は陰陽師ではないからね」
「最近は昔からの陰陽師一族でない陰陽師が増えて良いですね」
「珍しいね。昔から陰陽師一族達は新参者の陰陽師を認めていないイメージだよ」
「古参も新参も関係ないですよ。妖怪を祓い、民を守る。それが俺達の仕事なんですから。新しい陰陽師が出て来たのはいいことです」
「君はたまに年寄りみたいなことを言うね」
「そんなことはないですよ。一族だからって陰陽師をただやっている者よりは、自ら選んだ者の方が成長すると思います」
そう言ってコーヒーを飲む。
「自ら選んだか……。僕は大した大儀など無く陰陽師になったから、あまり言えることではないんだがね。僕はね、ヒーローになりたかったんだよ。日曜日朝のヒーロー特撮があるだろう? 敵が出てきて、人を助ける。そんな姿に憧れたのさ。現代のヒーローと言えば間違いなく陰陽師さ。だからなった」
と恥ずかしそうに言う。
「十分な理由でしょう。確かに誰かを救える仕事ですから」
やりがいを見出さないとやっていけない仕事でもある。
「そう言ってもらえると助かるよ。まだ高校生だが、社会は考えることが多すぎるね。ただ妖怪退治だけしていれば良い訳ではないらしい。今の陰陽師事務所のトップの淀川さんの息子も四級なんだよ。だが、淀川さん自身はもう六十を越える高齢でね。後継者問題が出てくる訳だが、僕が三級になると息子が継ぎ辛いんだ。淀川さんは何も言わないが……困っているだろうね」
世知辛い話だ。
「独立すればいいじゃないですか」
「僕はあくまで一兵士さ。自分が組織の頂点になりたい訳じゃない。そうだ、君の所で雇ってくれないかい?」
「ええ? 既に人手は足りてますよ」
現状そこまで仕事だらけな訳ではないからな。
「そう言うなよ。僕はこれでもこの年齢で四級と中々将来有望だと思うね。色々な所から引き抜きも受けている。なに、今すぐとは言わない。僕が三級になったらでいい。三級陰陽師は数も少ない。いい話だと思うがね」
ううむ。
確かに若さを考えると桜庭先輩は優秀ではあるだろう。
「……三級になったら雇いますよ」
まあ、まだまだ三級にはならないだろう。
その頃には考えも変わっているかもしれないしな。
「ふふ。言質を取らせてもらったよ。僕はすぐ三級に上がるからね。僕の席を用意しておいてくれたまえ」
本気で言っているのかいまいち分からんな。
「分かりました」
とりあえず俺は考えることを止めた。
ちなみに先輩はちゃんと全額奢ってくれた。
◇◇◇
道弥達が神戸に行ったその夜。
ビジネスホテルでシングルベッドに座る桜庭凛華の顔は幸せそうだった。
「ふ、ふふ。やった! 約束してしまったよ。ふふふふふ。焦ってはいけない。焦らずに、少しずつ、少しずつさ」
凛華はそう言って嬉しそうにスマホを触る。
その画面には道弥の写真が写っていた。
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