犬神
全長は五メートルを優に超えるほどの巨大であり、その目から確かな知性が垣間見える。
「ほう……犬神か」
道弥は思わず感心の声をあげる。
犬神。
日本では有名な妖怪である。
だが、その有名さに反してその由来は血塗られている。
飢えた犬を頭部だけ出して生き埋めにする。
餓死寸前まで追い込み、食べ物を決して届かぬ所に置く、
それを食べようと首を伸ばした時、その首を落とす。するとその首はそのまま食べ物の元へ飛んで行き、喰らうのだ。
その首を焼き、祀る。
そうして憎悪を覚えた犬が犬神と成るのだ。
「あれが……犬神!」
「凄い妖気だ……!」
生徒達が再び騒ぐ。
「準備はいいかい? 芦屋君」
「いつでも」
「雅……遊んでやれ」
その言葉と共に、犬神が道弥に向かってその爪で襲い掛かる。
「木行・木縛り」
道弥の言葉と同時に、犬神の下の地面から大量の木が生え始める。
その木はまるで意志を持っているかのように、犬神に絡みつき、その動きを止め捕縛する。
「木縛りで犬神を止めるつもりか⁉」
だが、山楽はそう言ったが、犬神はピクリとも動けなかった。
その体は完全に捕縛されている。
「え? 嘘だろ?」
「これ、本当に木縛りなのか?」
「馬鹿な……木縛りで、雅が止められるとは……」
木が軋む音だけが響く。
「ガアアアア!」
その瞬間、犬神の首が飛び、道弥に襲い掛かる。
体が動かせないと悟った犬神が、最後の武器を放ったか。
「だけど、それくらいは予想している」
下から生えた木が、犬神の首を縛り上げた。
そのまま犬神は地面に転がり、恨めしそうに俺を見る。
「先生、十秒です」
「……ああ。十秒経った。君の勝ちだ」
山楽の顔には驚きが混じっている。
「道弥様、凄いですわーーーーーーーー!」
「「「すげーーーーー!」」」
都の歓声の後、それに続くように拍手が響いた。
道弥が二級妖怪である犬神を圧倒したという情報は瞬く間に、学園中を駆け巡った。
「犬神を……山楽先生の切り札だぞ?」
「木縛りだけで、完封したらしい」
「噂だけでないってことか」
「犬神は祓われてはないらしい。互角の勝負だったんじゃないか? 先生が手加減したのかも」
様々な議論が生まれる。
こうして再び道弥は注目の的となった。
◇◇◇
視線が鬱陶しい。
俺はため息を吐く。
皆が見てくるのだ。
『これも有名人の定めですなあ』
と真が呑気に言っている。
俺は最近ずっと、逃げるように屋上に来ていた。
鍵がかかっているため、誰も入ってこないのも良い。
たとえ鍵がかかっていようが、真に乗って飛べば、すぐである。
母から貰った弁当を食べていると、鍵が開く音がする。
先生が来たのか?
逃げるか考えていると、扉を開けて現れたのはこの間会った桜庭さんである。
「ん、先客が居る? 鍵かかっていた筈なんだが」
と首を傾げている。
「陰陽師に鍵など意味を持ちませんよ」
「そういうものだろうか? 君は何をしているんだ?」
「クラスが五月蠅くて」
「ふむ。まあいい。僕も食事に来たんだ。ご一緒して良いかい?」
「構いませんよ」
俺の言葉を聞き、隣に座る。
『この女……道弥様に向かって馴れ馴れしいですわね。消しますか?』
『馬鹿なことは止めろ。ただの先輩後輩関係だろ』
とりあえず莉世を止めておく。
「どうかしたのかい? なにやら元気がないが」
「ちょっと疲れまして」
まさか視線が鬱陶しいとも言えない。
「大丈夫かい? 無理はしない方がいい。ほら、飴をあげよう。糖分は人生に必要だ」
「ありがとうございます」
そう言って三角形の形をした飴を渡される。
「ここは普通の学校とは違うからね。困ったことがあったらいつでも言うといい。先輩として相談にのろう」
「ありがとうございます」
「なに。後輩を助けるのは先輩の務めだからな。そう言えば君は事務所所属かい? それとも個人かい?」
「自分の事務所なので個人ですかね?」
「自分の事務所をもう建てたのかい? 凄いな」
「そういうもんなんですか?」
「ああ。学生のうちはだいたいどこかの事務所に所属して仕事の取り方や、作法を学ぶものだからね。金銭的に困難なこともあるからな」
そうだったのか。
そう言えば、初期の頃は腐る程スカウトが来ていたな。
「運のよいことに伝手がありまして。事務所を安く借りられたんですよ」
「それは羨ましい。なら、三日後に仕事をお願いできないかい? 人手が足りなくてね」
「内容によりますね」
「それは当然だな。依頼は悪霊祓除。子供に悪霊が憑いてしまったみたいでな。悪霊と等級は四級。うちは、祓除依頼は原則二人で受けているのだが、ちょうど四級陰陽師の手が足りない」
「分かりました。お受けします。弟子を連れて行っても?」
その程度なら受けても構わないだろう。
「構わない。こちらも見習いが同行するからね。詳細はまたメールで連絡する」
俺はメールアドレスを桜庭先輩と交換した。
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