費やす
◇◇◇
芦屋道弥が私立白陽高校に進路を決めたことは、全国の陰陽科高校内に一瞬で知れ渡った。
国立陰陽第一高校の校長室では怒号が響き渡る。
「スカウトに失敗したとはどういうことだ⁉ あの子は例年の一位の中でも別格なことは分かっているだろう!」
第一高校校長の関谷は大声を張り上げる。
「すみません……こちらがコンタクトを取るために訪問した時には既に進路を決めておりまして……。できる限りの条件は提示したのですが、既に彼の意志が固く」
スカウトの男は頭を下げる。
「しかも親から連絡があったと聞いているぞ。ということはその時はまだ決まっていなかったということだろう! それをみすみすとしかも、あの白陽に取られるなんて……! 昨年の一位も白陽にとられているんだぞ! どう責任を取るつもりだ!」
関谷は顔を真っ赤にして怒鳴っている。
「他のトップ組からは良い返事ももらえていますので……」
「馬鹿者が! 三級が百人いても、一級の価値はないのだ!」
「ですが、彼は芦屋ですので、内部で反対があったのも事実です。」
「馬鹿者が! そんなごちゃごちゃ言う馬鹿より、天才の方が価値があるに決まっておろうが! 他のトップ組は全員必ずうちに入れろ」
「全力を尽くします!」
スカウトの男は頭を繰り返し下げた後、逃げるように部屋を出て行った。
「ぐう……私自ら行くべきであった。奴は絶対に一級になる。一級陰陽師が確定しているような才をあの白陽に取られるとは……一体どれほどの条件を提示したのだ」
関谷は苦々しく舌打ちをした。
同様のやり取りが全国で行われていた。
いまや陰陽科にとって優秀な卒業生の輩出は倍率に直結している。
日本全国に陰陽科が乱立したせいもあり、激しいスカウト合戦が全国で繰り広げられている。
一般の部活と違い、受験生の実力が曖昧なこともあり、中学卒業時点で免許を持っている者は取り合いとなる。
ましてはトップ組となればなおのこと。
だが、誰もが本当の道弥の実力を正しく理解していなかった。
二条都の日常は道弥に弟子入りしてから一変した。
平日も、休日も全てが陰陽師のための訓練に費やされた。
土曜日の夜、都は家に帰ると同時に、床に倒れ込む。
(体が動かない……病気で長期間動けないせいで、体もすっかり鈍ってますわ。霊力が切れているから、頭痛も酷いですわね……夜には少しは回復するはず。夜には護符の作成を)
痛む頭でぼんやりと考える。
「都⁉ 大丈夫か⁉ 最近、やりすぎじゃないか? 私から道弥君に――」
毎日死んだ顔で帰って来る娘を心配した父、二条明が声をかける。
「何も言わないで下さいまし!」
都が大声をあげる。
「だが……最近は少し、やりすぎというか……。もう少し、ゆっくりしてもいいのでは?」
「お父様、お気持ちは嬉しいのですが……。正直これでも足りないのだと思います。来年の陰陽師試験までに仕上げるには」
「陰陽師試験は合格率一パーセントの狭き門だ。焦らずとも、三年くらいじっくりと教えてもらえれば合格できるのでは? 彼なら可能だろう?」
「そんな実力で、彼の元で働けるとお思いですか?」
その言葉を聞き、明は息を詰まらせる。
「……そうだな。お前の言う通りだ。私は陰陽術に詳しい訳ではない。だが、彼が特別なことは分かる。茨の道か……彼の時間を使うんだ。死ぬ気でやりなさい」
「はい!」
這いながら部屋に戻る都を見て、明は廊下をウロウロとさ迷う。
「明様、お嬢様は本当にしたいことを見つけたのです。しばらくはゆっくりと見守られてはいかがですか?」
使用人が明に言う。
「うちの子なだけあって、体を顧みないところがあるからなあ。道弥君のことだから、大丈夫だとは思うが……ううむ」
その夜も、霊力が回復次第、再び護符の作成で倒れる都。
陰陽師の訓練の基本は霊力を使い切ることだと分かっていても、倒れる娘を見て不安にならない親は居ない。
だが、それほどの訓練をしないといけない業界、それが陰陽師業界だった。
「時間がない私にできることは、全てを費やすことだけですわ」
頭を抑えながら、都はただ呟いた。
それから四月まで、都は地獄のような訓練を耐え抜いた。
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