裏切りと転生
「どうしてこんなことを……答えろ、晴明!」
俺は血塗れでぴくりとも動かない妹を抱きかかえ、目の前の男に叫ぶ。
平安の京の都。都のとある屋敷が今、業火に包まれている。そこら中から悲鳴が聞こえ、今も一人、一人と人が殺されていた。
「道満よ、芦屋家は大きくなりすぎた」
晴明は冷めた目で俺を見下ろしていた。純白の狩衣は返り血で真っ赤に染まっている。その横には使役されている真っ赤な大鬼が、佇んでいた。
「そんな理由で、皆を殺したのか……」
俺、芦屋道満は掠れた声で、なんとか言葉を発する。
陰陽師を知っている者で安倍家と芦屋家を知らない者は居ない。芦屋家と安倍家との仲も良好のはずだった。今日は晴明から誘われ、両家での宴会だった
ほんの数刻前まで楽しく酒を飲み、陰陽師の未来について語らっていた。
だが、楽しい宴会は安倍家の式神による急襲で、一瞬で戦場へと変わった。
日本一と名高い安倍晴明の蹂躙は、芦屋家を一瞬で死体の山に変える。
「都は安倍家だけで十分だ。芦屋家は不要。特に道満、お前だけは殺さないとな。俺と肩を並べる、お前だけは」
「俺は、お前を信じていた! お前を実の兄弟のように思って……だが、それは間違いだった!」
呼吸が苦しい。先ほど受けた傷は深い。もう長くはないだろう。
「……俺はお前をそのように思ったことはない」
「お前は今、ここで俺を殺して終わりだと思っているだろう? だが、俺は必ず戻ってくるぞ! 何をしても、輪廻転生をしてでも必ず、お前を殺してやる!」
憎い。俺の家族を、友を、全てを奪ったこの男が。俺は充血した目で、自分を殺す男を睨みつける。
「世迷言を……殺せ」
晴明の言葉を受け、十尺はある大鬼は、こん棒を俺の頭上に振り下ろす。
俺はその直前、昔学んだ輪廻転生の呪を唱える。
俺の頭はこん棒に叩き潰され、意識はそこで途絶えた。
赤子の悲鳴が聞こえる。
目が中々開かない。ようやくぼんやりと開いた目の先には、全く知らない景色が広がっていた。
ここはどこだ? 目が悪いのか良く見えない。
それはどうでもいい。俺はまだ生きていたのか!
生きているのなら、まだ戦える。必ずや晴明を殺し、一族の復讐を果たさなければならない。
だが、逸る気持ちとは裏腹に、体は動く気配がない。
どういうことだ? 俺の体、小さくないか?
ぼんやりと見えるのは、赤子のような手と、見知らぬ古い木造の天井だけだった。
そして自分の意思と反して発される泣き声。
もしかして、本当に輪廻転生が成功したのか?
昔読んだ書物に書いてあった怪しい呪がまさか成功するとは夢にも思わなかった。
そこで当然の疑問が思い浮かぶ。今は天暦何年だ?
もし、百年も先に転生していては復讐相手はもういない。
絶望に染まる俺の元へ、襖の奥から若い女と三十程度の男がやってくる。
「どうしたの、道弥? またミルク?」
「元気なのは、良いことだ」
男は俺を抱きかかえると、ぽつりと呟く。
「この子は陰陽師の才能はあるのだろうか?」
心配そうな声色だった。
「また貴方は……いつも同じことを言って。私はどちらでも構いませんよ。だってこんなに可愛いんですから」
優しい声色だった。本気で俺を愛しているのが伝わってくる、温かい声。
「そうだな……芦屋家を背負わせるのも酷か。今は陰陽師以外の生き方も……」
そう言いながらも、男の声は悲しそうだ。
「そんな顔をしないで、今はこの子が生まれたことを喜びましょう」
おそらくこの二人が父母なのだろう。
父母の穏やかな会話とは裏腹に、俺はただ今が平安であることを祈っていた。
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