楽しいけどキツい味。
SNSという新しい媒体は良くも悪くも情報拡散能力が高く、特定のコミュニティが形成されている場合はその効果が飛躍的に高くなる。
「ねえやばい! これめっちゃ映えるわ~!」
「こっちの青いのと一緒に撮ろ~!!!」
食後のお茶を飲みに来たような感覚でノンアルコールカクテルを楽しむとは、中々優雅な大学生活だ。俺はもう少しゆっくりとした客足を想定していたが、一時間当たりに五〇人ほどの客が店にやってきて、テイクアウトで買っていく人も多かった。もちろん店の外にまで列が並ぶ事になり、どうやら相当すごいクオリティの飲み物が出るらしいと、大学の公式SNSでも話題に上がっている程の盛況ぶりだった。
「すいませーん、シャーリーテンプル二つください」
「かしこまりました」
「あのー、フルーティーでさっぱりしたのってありますか?」
「ではこちらのプッシー・キャットをお作りいたします。少々お待ちくださいませ」
念のため製氷機の容量以上の氷を作っておいて冷凍庫で保管していたのだが、明らかに目で分かるくらいに氷が減っている。流石に足りなくなることは考えにくいが、それでもピリピリとした焦りが心の中に広がっていた。提供スピードも徐々に下がっている。
「大変お待たせしました、シャーリーテンプルです」
「おお、すっげえ綺麗な色だなぁ」
『たかだかジュースに三〇〇円も使うなんて』と思っていても、目の前に鮮やかで絶妙な色合いをした見慣れない飲み物を出されると、口を開いた途端に感嘆符が付いてしまう様だ。そして次の動作は一口味わうのでは無く、スマホのレンズを向けること。
「これ投稿しよ」
次々と注文が入ってくる中で、テイクアウト用カップの数を正確に把握するのはかなり難しかった。洗ったグラスに氷を入れ、材料を注いで果物の皮を切り、飾りをつけることに追われている。シェイクが必要な場合、三〇秒ほど時間が費やされてしまう点も行列の原因だろう。
「仕方ない……ポアラ使うか」
ポアラとは瓶の口に取り付ける注ぎ口のようなもので、正しいフォームで四秒間注ぐと正確に30mlを注げるというメリットがある。瓶やシェーカーを投げてパフォーマンスをするフレア・バーテンディングでよく使われるが、父からは『まずは基本的な事を覚えてからフレアの方に手を出すと良い』と言われていたため、瓶を投げたりするパフォーマンスは出来ない――と言うより、出来てもやらないつもりだった。まずは飲み物を提供しなければ意味がない。お客様の立場からすれば『そんな演出要らないから早く作ってくれ』と気を悪くする人も居る。
「よし……バボ、ツー、スリー、フォー。バボ、ツー。バボ、ツー、スリー、フォー……」
瓶を逆さに向けると液体が線のように流れ、シェーカーとタンブラーの中へそれぞれ注がれていく。いくらフレア・バーテンディングのように派手な演出では無いとは言えど、このように飲み物を作るとは知らなかったであろう大多数の人が、こちらへ注目して小声で称賛していた。
「かっけえ……」
「すっご、ああやって作るんだ」
「うわー動画撮りてえ」
ポアラを使うメリットはメジャーカップを使わなくても正確に液体の量を計れる点だ。実際作成スピードはかなり短縮され、一度に五杯ものドリンクを作成することが出来ていた。
「お待たせしました、カシス・トニック、サマー・ディライトお二つ、ジョニージュレップ、サンセット・ピーチです」
テイクアウト用のドリンクカップを取り出そうとした時、俺は在庫が残り少ないことに気づいた。五〇本の束があとニつという事は、たったの一〇〇杯しか作れない。飲み歩き需要は相当なものだとなぜ考えが至らなかったのか、オープン前の自分に問い詰めたくなる。
「栗原、そこのメモに書いてある住所の倉庫に行けばテイクアウトのドリンクカップがあるから、あるだけ全部持ってきて欲しい。あとシロップとジュースも全部持ってきてくれ、鍵は裏のロッカーに入ってる」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。でも材料と資材の無い方がよっぽど困る」
「それもそうだな、任せとけ!」
窓際の席はキャンパス内の建物とイチョウの木が綺麗な雰囲気で洒落ており、ぽかぽかと心地良い天気なこともあり、テラス席も人気が絶えなかった。人生で初めてのバー開業はたった一人でお客さんの波を捌き、水も飲まずになんとか絶えている状況で、嬉しくも有り苦痛でもある時間だった。