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一目惚れ? 違和感のある味。


「やべぇ……昨日飲みすぎたわ……」

「飲み会?」

「地元の友達と一緒に飲んでたんだよ。間に合って良かったぁ……うぅ」


 昼間はまだ若干の暑さが残る十月初めの週、後期授業が始まって数日目にして二日酔いの苦しさが表情に現れている彼は栗原 優一(くりはら ゆういち)という。彼も俺と同じく大学一年生なのだが、二浪してこの大学に入ったという事で、年齢は俺と同じく二十歳――彼の誕生日は俺より早いため、今は二十一歳か。


「ほら、これ飲めばかなりマシになるぞ」


 そう言って昼食時に飲もうと思っていたヨーグルト飲料を渡す。別に二日酔い対策で持ち歩いていた訳では無く、公共料金をコンビニで支払うついでに買っただけなのだが、こうして役に立つとは思わなかった。


「サンキュ……はぁ、さっき電車遅れてたし、マジで運良かったわぁ……」


 今は三限の授業が始まる十分前だ。この様子だと栗原はまともに授業を聞くどころか、起きているだけでも精一杯だろう。


「何時まで飲んでたんだ?」

「七時」

「うわ、よく来れたな」

「初回の授業からサボる訳にはいかないだろ……ぁぁ……」


 食堂の机に伏して体を起こそうにも起こせない栗原と俺は、お互い二年遅れで大学に入学したこともあって気が合い、頻繁に会う友人の内の一人となっていた。この大学は浪人してから入学するケースが多いらしいのだが、現役で合格している学生が少なくないため二歳か一歳年下の子が多く、俺達は何かと遠慮がちに接される事が多かったのだ。


「はいはい偉い偉い。酒の飲み方くらい考えろよ、全く」


 ヨーグルト飲料を飲み干した彼は少しお腹が楽になったようで、今にも死にそうな声ではあるが、俺と他愛無い話をするくらいには回復した様である。


「流石はバーテンダーだな」

「まだなってないって、今は修行中だよ」

「いいなぁ、いつかお前の店で飲んでみたいよ。可愛い彼女を連れてカッコよく、大人の魅力を出しながらさぁ」


 自分の酒量も把握せずに朝の七時まで飲み、死体のような顔色で登校して来るような奴に大人の魅力があるとは思えないものだ。


「その前にまず彼女作れよ」

「そうなんだよなぁ……はぁ、周りの奴らはどうやって彼女作ってんだか……」


 俺や栗原の友達の内、恋人を作る者はかなりの数がいた。もちろん大学生になって初めて彼女や彼氏が出来るというのは楽しいだろうし、何より良い人生経験になるだろう。俺も決して異性に興味が無いという訳では無いが、好きになれる人を見つけられないままだった。


「なあ柚希、お前も気になる人とか居ないのかよ」

「今の所は居ないな。別に無理して作るものでも無いし」


 俺の言葉に反応した栗原は飲み干したボトルを近くのゴミ箱に入れながらこう口にする。


「ほぉ、中々硬派だな」

「硬派っていうか、単純に好きな人が見つからないだけだよ。まあその内出来るだろ」

「うん……柚希は結構モテると思うんだがなぁ。バーテンダーの修行中だって言ったら、年下の女の子なんかすぐ食いつくんじゃないか? そしたら俺にも一人か二人くらい紹介してくれて――」

「世の中そんなに甘く無いと思うけど。ていうかそれが目的かよ」


 俺は腕時計を確認して授業がもうすぐ始まる事に気づき、栗原とは別れて教室へと向かった。歩いている途中でも、彼から言われた事を深く考えてしまう。


 今の俺はバーテンダーとしての修行に身を入れたいと思っている。父のように見た目の美しい、そして味も美味しいカクテルやお酒をお客さんに提供し、楽しい時間を過ごしてもらいたいという気持ちがある。そしてそれを『自分の店で』というのが今の俺の夢だった。


 だから恋人を作りたいという気持ちはなんとなくあるものの、それほど真剣には考え無かったのだ。それにバーテンダーという職業は格好いいイメージがあるが、実際には女性から『付き合ってはいけない職業の3B』として言われる事がある。3Bには『美容師』『バンドマン』に加え『バーテンダー』も含まれる。


 父からそういう話を聞いたこともあり、俺は自分に自信が持てなかった。バーテンダーとしてまだまだ未熟だからなのかも知れないが、それ以前に男としての魅力が足りていないという自覚があったからかもしれない。父の店にはオーダーメイドのスーツを身に着け、五十代には見えないほどの筋肉質な体で葉巻片手に席へ座り、ウイスキーのロックをダブルで頼むという、ダンディズムを追求したような男性客を何人も見てきたのだ。


 それに比べて俺は普通体型――最近は筋力トレーニングが趣味になってきているが、それでもまだまだ腹筋も割れず、腕も太くなく、おまけに着痩せするタイプなので、自信がつかないままだった。


「……ん?」


 教室へ着くと学生が二人しか来ていない。まさか間違った教室に来たのかと焦るが、教室の番号を何度も確認した所、ここで正しいらしい。もしかすると変更になったのかも知れないと考え、座っている人に尋ねてみる事にした。


 しかし座っている男子学生は耳には無線イヤホンをつけており、視線を下に向けたままスマホを弄っていて、話しかけても気付いて貰えそうにない。となると後ろの方の席に座っている女子に聞いてみるしか無い。この大学に入って初めて女子と話す事に若干の緊張感を覚えた。


「あの、すみません」


 声をかけるとこちらを不思議そうに見つめてくる。その姿がとても可愛らしく、肩より長めの髪をふわっと揺らした彼女は、俺にどうしたのかと聞いていた。


「はい」

「ここって社会心理学の授業ですよね」

「そうですよ」

「ああ、良かった。ありがとうございます」


 そう言って別の席へ座ろうとした時、その女子は俺の隣の席に手をかけ、わざわざ荷物もどけてくれた。


「あの、良かったらここどうぞ」

「え、良いんですか?」

「はい、一人で授業受けるの寂しいので」


 なんだか無性に嬉しくなってしまった俺は遠慮すること無く席へと座る。購入した教科書を机の上に出し、授業の準備を整えた所で、もう授業が始まる時間にも関わらずまだ先生が来ていない事を尋ねていた。


「先生遅いですね」

「そうですよね、私も最初教室間違っちゃったのかと思って」

「この授業は十人くらい登録してるはずなんですけど、おかしいなぁ」

「もしかして電車遅延してるんじゃないんですか?」

「電車の遅延……あぁ、そうですね。確かに」


 そう言えばさっき栗原と話していた時、電車が遅れていたと聞いた覚えがある。まさか学生だけでなく先生も遅れるとは予想できなかった。

 スマホで遅延情報を確認しようとした時、彼女は俺の学年を聞いてくる。


「何年の方ですか?」

「一年です」

「あ、じゃあ私と同じですね!」

「て言っても、俺は二十歳なので二歳年上ですけどね」

「年上なんですか? ああ、やっぱり。なんか大人っぽいなって思ったんですよ~」


 同じ学年とは言えど、やはりこうやって気を使われる事は数え切れないくらい多い。最近は慣れたものだが、初めの頃は年齢を偽ってしまおうかと思ったくらいだった。先輩・後輩の関係は大切だと思うが、敬語が外れないような関係を友達とは言い難いものである。


「いやいや、大人っぽくは無いですよ。名前聞いても良いですか?」

「私は梅川 早紀(うめかわ さき)って言います」

「早紀さんですね。俺は小酒 柚希です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますね、先輩」


 やはり年上だと知るとこういう呼び方になってしまう。友達との間でも、楽に話してくれて構わないと言い続けているが、本人達は敬語の癖が抜けないのか、お互いに丁寧な言葉遣いで話す事が当たり前になってきていた。


「早紀さん、敬語は無くても良いですよ。どの道同じ一年生なんですから」

「でも……先輩は先輩って呼ぶほうが似合いますよ?」

「まあ別に嫌とかじゃ無いんですけど、変に気使っちゃってるみたいで」

「そう言う先輩もまだ敬語抜けてないんですね」


 確かに言われた通りだ。ただ、俺は栗原以外の人には丁寧な言葉遣いで話している。普段父の店で仕事をする時も、お客さんへの対応は必ず丁寧で正しい日本語を使っているのである。その癖が中々抜けていないのだった。


「ええ、まあ」

「先輩ってどこに住んでるんですか?」

「ここの近くです、自転車で十五分くらい」

「へ~、私は電車で四十分かかるんですよ~」


 さり気なくスマホで電車の遅延情報について調べてみたが、確かに『人身事故のため』と表示されていた。このままだと授業が潰れる可能性も出てきた。


「そうなんですね。早紀さんは何かサークルとかには入ってるんですか?」

「まだ入ってないんです。最近バイト忙しくて」

「へぇ、何のバイトですか?」

「お蕎麦屋さんで働いてるんです。すぐそこの」


 そう言われて思い出した。確かにこの近くには美味い蕎麦屋があって、俺も度々昼食をそこで済ませる事があったのだが、そこで働いていたとは。


「知ってますよ、でも大変ですね。授業終わりにバイトしてから帰るんですよね」

「そうなんですよ~大変なんですよ~。だからサークル入る余裕が無くて~」


 笑顔を見せながら話す彼女はとても可愛い。今まで好きになるというのがどういう事なのかイマイチ理解出来ていなかったが、ここに来て分かったような気がした。これは一目惚れと言うに相応しい。


「それは大変ですね」

「先輩はバイトしてます?」

「ええ、一応」

「何のバイトですか?」


 自信を持って言えない職業では無い。世の中のイメージも悪い訳ではないはずで、逆に珍しい仕事だと注目される事もあるだろう。しかし今の俺はまだまだバーテンダーとして未熟で、父の店で修行中の身なのだ。


「えっと……バイトというか、父の店でバーテンダーの見習いをやってます」

「え! バーテンダーですか!」


 目をキラキラと輝かせながら驚く彼女を見て、俺は少々違和感を覚えた。しかしその違和感の正体が分からず、気の所為だと思い込もうとする。だが何か妙な感覚が頭の中に残ったのだけは確かだ。何なのだろうか、この感じは。


「うわぁ~すごい! すごく格好いいです~!」

「いやいや、まだ見習いですから」

「やっぱりお酒とか詳しいんですか?」

「勉強中です。お客様のお好みに合うお酒を作ったり提供する必要がありますから」

「はぁ~格好いい~!」


 ここまで言われると少し照れてしまう。彼女はまだお酒が飲めない年齢だが、興味はあるようなので、酒に関する話を出来るだけ分かりやすくする。


「先輩、バーテンダーってお酒入れて振りますよね」

「それはシェイクですね。カクテルを作る時にシェーカーを振るんですよ」

「あれって何で振ってるんですか?」

「カクテルっていうのは、ベースのお酒の他に別のお酒、ジュースとかシロップを入れて作るんです。そういう材料をしっかり混ぜ合わせて、空気も一緒に含ませることでまろやかな口当たりになるんです」

「へぇ~! やっぱり詳しいですね~!」

「仕事で必要な事ですから」


 相変わらず興味津々な様子の彼女が口を開きかけた所で、慌てた様子の女性と何人もの学生が教室へと入ってくる。全員汗をかいており、急いで走ってきたらしい。


「ごめんなさい、電車が遅延して遅れましたー。じゃあ皆さん教科書出してください、まだ教科書買ってない人は前にプリント用意してますから取りに来てー」


 隣の彼女はまだ教科書を持っていないらしく、プリントを取ってまた席に戻ってくる。そして座る時、俺の耳元でこう囁いた。


「今日、一緒に帰りましょ。先輩」

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