幸せな姉を陥れ自分が幸せになりたい妹の話
仲の悪い姉妹がいます。
姉はめちゃくちゃ自分勝手。
妹は時々殺したいくらい姉が嫌い。
最後死ぬことはないけれど、妹が少し手助けすることで、姉が不幸になるお話です。
最後にどんな救いが有れば良いお話になるでしょうか?
というお題で書いた短編となります。どの時点で気付くか、お楽しみです。
昔々、あるところに大変見目麗しい令嬢姉妹がおりました。
ですが、姉の評判は悪く、姉の婚約者であった王子様は、やがて妹の方に心惹かれてしまいます。
婚約者を奪われ泣く姉に、妹はこう言ったのです。
「ねえ、何がそんなに悲しいの?」
◇
フィオナ・ベアトリス・メディナは、侯爵家に生まれ、これまで優しい両親、優しく美しい妹ニコラに囲まれ、幸せに暮らしてきた。
年頃の娘となり、社交界デビューも少し前に果たしたフィオナは、訪れた舞踏会で出会った王子に気に入られてしまったらしい。頼んでもいないドレスや宝石が、急に贈られてくるようになってしまった。
返事を書いて渡すまで、使者はずっと横で控えている。訳も分からずとにかく御礼の手紙を書いて渡したが、正直ちっとも嬉しくはない。むしろありがた迷惑だ。
手紙の礼にと、王子はフィオナをお茶会に誘った。当然、王子の誘いなど断れない。元々派手なことを好まない大人しい気質のフィオナは、大いに困った。だが、これは好機だと両親に背中を押され、渋々応じる。
「ねえニコラ。私、お話しすることなど何もないのよ。困ったわ」
いつも自分に優しい二つ下のニコラに、溜息混じりで愚痴る。すると、小柄なフィオナとは違ってスラッとした高身長に育ったニコラは、フィオナの透き通るような白い細い手を取ると、同情顔で頷いてくれた。
「フィオナ、殿下は嫌なの?」
「嫌というより、私は男の方が苦手なのは知ってるでしょう?」
「うん、勿論」
ニコラは微笑みを浮かべると、フィオナのこめかみに小さなキスを落とした。
ニコラはフィオナを可愛い人形とでも思っているのか、フィオナは姉だというのにこうやって可愛がって甘やかすのが常だった。
「ニコラは優しいから大好きよ。ずっとニコラとだけ居たいわ」
「私もフィオナが大好き」
ニコラは優しくフィオナを抱き締めてくれた。温かくて、涙が出そうになる。つい、本音がこぼれた。
「本当は、お嫁にも行きたくなどない……」
「フィオナ……お嫁になんて、いかないで」
「そうできたらどんなにかよかったことか」
フィオナは、小さい頃から男性が苦手だった。原因は、幼い時の悲惨な記憶にある。
ニコラは、フィオナの実の妹ではない。母の妹夫婦の間に生まれた子、つまり従姉妹である。
父と母が王城に用事があり不在にしていた日、叔母一家とフィオナは、馬車で少し離れた場所にある花畑へピクニックに出かけた。
その帰り、屈強な男どもに馬車が襲われ、御者、叔父、そして叔母が殺された。フィオナとニコラは、叔母が馬車の椅子の下に隠してくれたから無事だった。身に着けていた宝飾品、大した持ち合わせでなかった財布も全て奪われ、幼い二人は助けが来るまで僅かな空間で震えながらひたすら待った。
それ以来、大人の男が怖くなった。父や執事など、よく見知った人間は大丈夫だ。だが、大きな声を出して笑ったり、大仰な振る舞いをし自分を大きく見せようとする男には、恐怖しか感じなかった。
ニコラはその日からフィオナの妹となり、フィオナと共に暮らすことになった。フィオナは、ニコラをひたすら可愛がった。あの時ニコラは状況が分かっていなかったのか、泣かないでいてくれた。幼いニコラだったら、泣く可能性は高い。だけど、ひたすら耐えてくれた。
どれほど恐ろしかっただろうと考えると、一瞬で両親を失ってしまったニコラが憐れに思え、あの時ただ抱き締めることしかしてあげられなかった自分を情けなく思った。
そんなニコラもすっかり年頃になったが、浮いた話のひとつも出てこない。
「ニコラは好きな人と結婚してね」
「うん、約束する、フィオナ」
自分が王子と結婚すれば、この家は安泰だ。そうであれば、きっとニコラは自由になれるのではないか。そう考えた。
王子とのお茶会は、王子の話をひたすら聞くことで終わった。王子は、フィオナを奥ゆかしい妖精のような人だと褒めた。
王子の身体は逞しくはなく、フィオナはそこまで恐怖を感じなかった。そして、王子の視線の熱さは、本物だと思えた。
それから何度もデートを重ね、やがてフィオナは自分の意思で王子のプロポーズを受けたのだった。
◇
だが暫くして、王子の態度がよそよそしくなってきた。会っても上の空。何かを考え込んでいる王子の前に、ただ無言で座っていることが増えた。
元々、手を繋ぐのが精一杯だったフィオナだ。もしかして、別に想い人が出来てしまったのか。
積極性は、フィオナにはない。王子のようにぐいぐい押してくれなければ、未だに男性とデートをしようなどと思うこともなかっただろう。
次第に、王子の足は遠のいていく。どうやら別の女性と会っているらしいと、とあるお茶会で噂好きの令嬢から聞いた。
「フィオナ様、私はそんなことはないと存じておりますが、最近のフィオナ様の噂は酷いものばかりです」
「え? 私の噂ですか?」
何のことか分からず、フィオナと仲のよいその令嬢に尋ねると、彼女は小声で教えてくれた。
「王子妃になる前に、最後にと男をとっかえひっかえして遊んでいるとか」
「え……?」
「ニコラ様をいつも苛めているとか」
「え!? 私がニコラを苛めるなどする理由がないです!」
フィオナが涙を浮かばせると、彼女は慌ててフィオナを慰める。
「分かってますよ! こんなお優しいフィオナ様がそんなことが出来る訳がありませんもの!」
そう言うと、宙をキッと睨みつけた。
「きっと、殿下が夢中になっているという令嬢が、その噂をばらまいているのでしょう」
「ああ、そんな……あんまりですわ……!」
フィオナは泣き崩れ、そのまま病床に伏した。
◇
「殿下、私に何か落ち度がございましたでしょうか」
病床にあるやせ細ったフィオナは、婚約破棄を伝えにきた王子に尋ねた。フィオナの顔色は悪く、白く透き通っていた肌は、今はかさつき血の気を失っている。
すると、コンコン、と部屋のドアをノックする者がいた。ニコラだ。
最近は忙しいのか、殆ど顔を見かけることもなくなっていた。
すると、王子は喜色を浮かべ、大急ぎで立ち上がったのだ。
「ああ、愛しのニコラ! たった今、フィオナには婚約破棄を了承してもらった。サインもほら、この通りだ!」
王子は、何故か嬉しそうに婚約誓約書の破棄を認めるサイン入りの紙を、ニコラに掲げて見せる。
一体どういうことだ。何故王子がニコラのことを知っている。フィオナは、嫌な想像をしてしまった。だが、これは恐らくは想像だけではない。きっと事実だ。
「ニコラ……どうして……!」
ボロボロと、フィオナの瞳から涙が溢れる。それを見ても、王子は無表情のままだ。
ニコラは王子の横までやってくると、フィオナの手を取ってにっこりと笑った。
「ねえ、何がそんなに悲しいの? だってフィオナと約束したじゃないの。ニコラは好きな人と結婚してねって。だから私はそうするの」
「嘘……っ」
フィオナが泣き崩れると、ニコラは優しくフィオナをベッドに横たわらせる。
「フィオナ、これじゃ風邪を引いてしまう。身体を温めて」
すると、王子がニコラの肩に手を置いた。
「ニコラ、君はなんて優しい人なんだろう。それに引き換え、フィオナときたら」
「殿下、私は何も、何もしておりません……!」
泣きじゃくりながらも、フィオナは懸命に伝えようとした。だが、王子は冷たい一瞥をくれただけだ。
「いつも、無邪気を装って男を誑かしていたのだろう。ちゃんとニコラから聞いている」
「そんなこと、一切しておりません!」
一体何を言っているのか、フィオナには理解出来なかった。
「妖精のようだと言われ、浮かれていたとニコラから聞いたぞ!」
怒鳴るように言われ、フィオナはその内容に唖然として王子の横にいるニコラを見上げる。
それは、フィオナが王子から言われた言葉だ。確かに喜んだ。だが、王子から言われたことで喜んだことを、何故王子から責められなければならないのか。
「殿下……? それは、殿下から仰っていただけた言葉です……」
「なに!? だがニコラはそんなことはひと言も! そ、それにあれだ! いつも抱き締められてはキスされているそうじゃないか!」
「え……? 何のことですの? 私にそんなことをしてくれるのは、ニコラだけですのに……」
フィオラが訝しげに答えると、王子は今度こそ目を見張った。急ぎ隣のニコラを見る。
「ニコラ!?」
すると、ニコラはにっこりと笑って答えた。
「そうです、いつも私は大好きなフィオナを抱き締めてはキスをしているのです。殿下にはただそうお伝えしただけですけど、何か誤解をなさったのでは」
「え!?」
「何ひとつ、間違ったことはお伝えしてはおりません。殿下が早とちりしなさったのでは……ああ、可哀想なフィオナ」
よよよ、とニコラが目頭を押さえる。だが、何故か口角は上がっていた。王子は、顔色が真っ青だ。ニコラの言葉を湾曲して捉え、それでフィオナが浮気をしたと勘違いした。
そういえば、ニコラは誰がそれを言ったのかはいつも言わなかった気がする、と王子は気付いたが、完全に後の祭りだ。
「ニコラ……君は……」
急に隣にいるニコラの真意が読めなくなり、王子はただ唖然とニコラを見つめる。すると、ニコラはもう一度大きくにっこりと笑うと、王子とフィオナに声を掛けた。
「フィオナ、温かくして寝てていて。後でゆっくり話そうね」
「ニコラ……」
「殿下。まずは侯爵の元へ行き、この誓約書の破棄について認めていただきましょう。後のことは、それが終わってからということで」
「あ、ああ……に、ニコラ、婚約は、私と……」
王子は戸惑い気味だ。
「殿下。私は、婚約はするつもりですよ。さあ、急ぎましょう」
「は、はい……」
半ば引き摺られる様にして、ニコラと王子がフィオナの部屋から出て行った。
フィオナは、首元まで優しく掛けられた毛布の中で、内心首を傾げていた。驚きの連続で、涙はいつの間にか止まっていた。
あの王子は、ニコラの説明不足の言葉で完全に勘違いをし、自分の都合のいいように事実を捻じ曲げ新たに出会ったニコラとの婚約を夢に見てしまったのだろう、ということは理解した。
急に、これまでの夢が覚めたかの様に冷静になり、王子に対する気持ちはもしかしたら恋ではなく義務だったのでは、と思い始める。
だけど。
ニコラは、一体誰と婚約するつもりなのか。
考えても答えはでない。仕方ない。ニコラが待てというので、待った。
暫く静かに横になっていると、何か物が割れる音と、男の怒鳴り声が聞こえてきた。父のではない。どうやら王子が何か叫んでいるようだ。その騒ぎが表の方まで移動したと思うと、やがてその内静かになった。
何がどうなっているのか。これまで一体何が起きていたのか。
あまりにも考える材料が少なすぎた。訳が分からない、ただそのひと言に尽きる。
また暫く目を瞑って待っていると、コンコン、とドアをノックする音がした。
「フィオナ、入るよ」
「――ニコラ」
フィオナが起き上がろうとすると、ニコラがタタタッと駆け寄り、ベッドに腰掛けたと思うとフィオナの背中を抱くように支えた。
「お待たせ。思ったよりも時間掛かっちゃった。ごめんねフィオナ」
そう言って笑うニコラの顔には、悪びれた様子は一切ない。
「ニコラ、私には何が何だかさっぱり分からないの」
フィオナがニコラに尋ねると、ニコラが済まなそうに笑った。
「ごめんね、フィオナは分かりやすいから、バレたら失敗すると思って黙ってたんだけど、あの王子もなかなか頑固で」
「バレる……? 失敗?」
本当に、ニコラが何を言っているのかさっぱり分からない。あまりにも素っ頓狂な顔をしていたのだろう、ニコラはくすりと笑うと、フィオナの頬に小さくキスをし、言った。
「嘘をついたらフィオナに軽蔑されると思ったから、ただ事実だけを述べたんだけど。あの王子ってば自分の都合のいい風にしか考えない最低男だったよ」
「ニコラ……?」
「私を、興味ありそうな目でジロジロ見たんだよ、あいつ。だから本当にフィオナに相応しい人なのかなって思って、近付いてみたんだ」
なんと、ニコラは王子の人格を疑っていたらしい。一国の王子に向かって、随分と大胆な行動を取るものだ。
「そうしたら、案の定ころっと私に乗り換えようとした。ちょっとぼやかしてフィオナのことを伝えたら、全部勘違いして勝手に怒って噂をばらまいて」
噂、で思い出した。ひとつ、不可解な噂があったのだ。
「私がニコラを苛めているっていう噂も聞いたの。あれは一体……?」
すると、ニコラがフィオナの唇に軽く触れるだけのキスをした。ニコラはよほどフィオナが好きなのだろう、よくこういう風に触れてくるのだ。
ニコラはフィオナをぎゅっと抱き締め、顔を近付ける。
「……フィオナは意地悪したよ。だって、勝手に婚約しちゃったじゃないか」
「え? それがニコラを苛めたことになったの?」
「私は、傷付いた」
なんと、フィオナが王子と婚約したことが、そこまでニコラを悲しませることになっていたとは。
ニコラは両親をなくしてから、ずっとフィオナといた。あの悪夢の時を共に乗り越えたニコラの存在はフィオナの中でも多くを占めていたが、それはニコラも同様だったのか。
「好きな人と結婚してって言っていたのに、フィオナが結婚しちゃそれが叶わないじゃないか」
「……ニコラ? 何を言ってるの?」
怪訝な顔のフィオナを至近距離で覗き込み、ニコラは頬を擦り寄せる。
「お父様とお母様に、私がこの家を継ぐからとフィオナとの婚約を認めてもらったんだ」
「え? ニコラが家を継ぐ? わ、私と婚約?」
もう本当に訳が分からずにいると、ニコラは愛しそうにフィオナの髪を指で優しく耳に掛ける。
「……やっぱり覚えてなかった?」
「な、何を?」
「私……いや、僕、男だよ」
ニコラはそう言うと、首元までしっかりと閉じられているドレスのボタンを外し始めた。出てきたのは、コルセットに収められた真っ平らな胸。
「コルセットって苦しいよね。男の身体にこれはきつかった」
ふふ、と笑う顔は、相変わらず凛として美しい。……男? いつから?
「フィオナは、僕の両親が殺された後、極端に男の人を怖がるようになったでしょ」
「え、ええ」
「だから僕、怖がられたくなくて、女の子の格好をすることに決めたんだ。お父様もお母様も、分かって下さったよ」
「え……えええ!?」
「フィオナは、あの時のことがショックでその辺曖昧になっちゃってたのかな。僕だってショックだったけど、フィオナに怖がられる方が怖かった。――大好きだから」
ニコラは喋りながら、コルセットも器用に脱ぎ、上半身裸になってしまった。本当に真っ平らだ。胸がない。いや、胸筋は付いているので、無くはない。
フィオナは自分があまりにもまじまじと見つめていたことにふと気付き、慌てて目線を逸した。
「あの王子、僕と婚約するつもりでいたみたい。だから、お父様に奴がやったことを洗いざらい喋ってやったよ。僕にキスしようとしたこととか、誘いをかけたこととか」
「え、え、えええええ……」
先程から、「え」しか言えてない。それほどに、フィオナはこの話についていけないでいた。
「……でも、あいつのお陰で、フィオナが男が全員駄目な訳じゃないことも分かったから、まあ役には立ってくれたかな」
そう言ってまた笑うと、今度はふにゅ、とかなりゆっくりと強めに唇を押し当ててくる。
「これで僕が男の姿に戻っても、フィオナは平気だって思えたからね」
「ニ、ニコラ……」
「僕、ニコルなんだよ。それも忘れちゃった? まあいっか」
ニコラ、いや、ニコルは、今度はフィオナの唇を口に含み、暫く堪能していた。
フィオナは、ようやく腑に落ちた。全部、ニコルが自分を手に入れる為に策略を張り巡らせたのだと。
――この人ならば、ずっと自分を大事にしてくれると。
ゆっくりと唇を離すと、ニコルが切なそうに囁く。
「フィオナ、大好き。婚約誓約書に、サインしてくれる?」
「ニコ……ル」
「うん、そう、ニコルだよ」
ニコルが、いつもの熱い眼差しでフィオナを見つめる。
「私も、ニコルが大好きよ。これまでも、これからも」
「――ああ、フィオナ!」
ニコルは嬉しそうにフィオナに飛びつき押し倒すと、激しいキスを始めた。
「ニ、ニコル……ッ」
「フィオナ、嬉しい、大好き!」
この人は、どれだけ自分が好きなんだろう。フィオナは笑顔に変わると、目を瞑りニコルの熱い想いを受け入れたのだった。




