第1章が終わるそうです
オムニ達から装備を受け取った更に1週間後。
僕たちは、ついにエラリアから離れることとなった。
理由は魔大陸へと渡るためだ。
ローム大洞窟でのクエストを終えて、僕たちのパーティーランクはC級に上がることとなっていた。依頼の難易度的にはS級でもおかしくはないのだが、クエストの達成数という評価項目から考えると、僕たちは『ワイバーン討伐』と『ドラゴン討伐』という2つのクエストしかやっていないのだから仕方がない。
ただ、僕たちとしても新参者ですぐさまランクが上昇するのはトラブルの元なので有難い話ではあった。
エラリアという住み慣れた町を離れてしまうのは惜しい。
イスカも今では、少しであれば1人でも町中を歩けるまでに人族に慣れてきているところでもあったからだ。
そうそう、セラ様に会うために教会まで行って祈りを捧げたのだけれど、あの白い世界にはぽつんと『ただいま長老会に呼び出されて暫く留守にします』と立札が立ってあるのみなのだから、話を聞くことさえできなかった。
「ん?女神さまってそんなもの?」
というフーシェは、僕から1つだけ『レベル譲渡』を受け取っていたため、セラ様の世界に入ることができた。
そんな彼女の開口一番出てきた感想がそれだった。
ちなみにフーシェが僕から1だけレベル譲渡を受けた理由が、僕との繋がりを感じることができるからというものなんだから、僕としては気恥ずかしい限りだ。
さて、話を戻すと、「このままもう少しエラリアで暮らす」か「魔大陸に渡る」という2択となったとき、やはり鍵となったのはフーシェの存在だ。
先のドラゴンとの戦闘で明かされたエクストラスキルの能力と、フーシェの姿。
それは、このエラリアにいる限りでは解答を得られないことは明白だった。
イスカも亜人族が多く住むと言われる魔大陸に行くことに、肯定してくれたことが、このタイミングでの出発だった。
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「よし、荷物はいいかな?」
僕は役一月半程生活した星屑亭の一室を見渡す。
フーシェの持ち込んだ簡易ベッドは解体され、室内は入室した時と同じ形へと戻っている。
まぁ、結局彼女であるイスカとキス以上の進展があったわけではないのだけど、それでもここに女性2人と同居していたと思い返せば不思議な気持ちだ。
まぁ、何かあったら下の階からミドラさんに突き上げを喰らっていたのだろうけど。
イスカとフーシェは扉の前に既に立っていた。
「はい、またエラリアには戻ってきますもんね」
「ん。何かあればレーネとカムイに預かっててもらう」
よし、準備は万全のようだ。
僕達は慣れ親しんだ通路を進み、一階のホールへと降りる。
そんな僕達を見つけたレーネが、ミドラとカムイを呼ぶと名残惜しそうに近づいてきた。
「フーシェ様、イスカ。寂しくなります」
星屑亭に来て1ヶ月を過ごしたレーネは、最早完璧に給仕の仕事を覚えていた。対するカムイは、まだまだ人族への接客に抵抗感があるようだったが、レーネの指導とフーシェの関わりによってかなりの改善の兆しが見えていた。
「フーシェねえち⋯⋯様も魔大陸に行くなら俺を連れて行ってくれてくれてもいいのに」
思わず、フーシェのことを姉と呼びそうになったことを僕は微笑ましく思う。
カムイ自身がフーシェのことを同族としてだけでなく、家族としての温もりを感じて、心を開いている証拠なのだろう。
フーシェは少し微笑むとカムイに話しかける。
「ん。今回はごめん。でも、強くなった時はお願いする」
そうフーシェに言われたカムイの顔がパアッと明るくなった。
そんな様子を見ていたミドラが豪快に笑う。
「ハッハッハッ!カムイも大分フーシェと打ち解けてくれて、私も安心だよ!ユズキとイスカも長期のお客さんだ。フーシェまでいなくなって寂しくなるけど、この二人がいれば私も寂しい思いをしなくて済むよ」
そう言うと、ミドラはおもむろにレーネとカムイの肩をガシッと掴んだ。
キャッと驚くレーネと、鬱陶しそうに顔をしかめるカムイ。
そのやり取りを見ているだけで、奴隷として買われた二人が星屑亭を大切な場所として感じていることが分かった。
「さて、フーシェの生まれ故郷である魔大陸には、交易都市トナミカから船で渡るしかないからね」
出発を前にミドラが改めて、魔大陸への行き方について説明してくれた。
「私も10歳若かったら、乗り込んで行くところだけどね。まぁ、散々暴れまわった国だし、もうピークは過ぎた者が行くところじゃないよ」
ミドラは遠い目をしながら、少し寂しそうに笑った。そして、ゆっくりとフーシェの前に立つと腰を屈め、視線をフーシェに合わせる。
「フーシェ、私があんたを拾ってきて10年になる。崩れ去るレーヴァティンであんたを拾った時から、私はあんたのことを、実の娘のように思って育ててきた。その思いは今も変わらない。──いいね?
」
ミドラの問いかけに、フーシェは頷く。
その様子をじっと見ていたミドラだが、突然目尻に粒のような涙を浮かべると、たまらずフーシェを抱き寄せた。
「あぁ、くそっ!ガラじゃないって分かるけど、家族が旅立つってのは寂しいもんだね!!──いいかい!今後何があっても、ここがあんたの家、いつでも帰ってくるんだよ!」
太いミドラに抱かれたフーシェは、優しく瞳を閉じたままミドラの背中をポンポンと叩いた。
「おっかぁ、赤ちゃんみたいに泣いてる」
むせび泣くミドラにフーシェは話しかける。
「おっかぁ、フーシェ。レベル45になった。おっかぁより強い。でも、これは上がらない私のレベル上げにずっとおっかぁが付き合ってくれたおかげ。『封印』が解かれて上がった分のレベルは、おっかぁとフーシェが過ごしてきた時間──。大切にする、私の宝物」
そう言うと、フーシェは耳元でミドラに何事かを囁いた。
その言葉を聞いたミドラは、目を大きく見開くとさらに強くフーシェを抱きしめるのだった。
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「お前は、もう用済みだ」
若い青年の声が、頭上から降ってくるのを男は黙って聞いていた。
降り注ぐ声は凛とよく通り、活力に溢れている。
男は、青年の言葉を聞き、来る時が来てしまったと実感した。
俯き、床についた己の手を見れば、そこには幾重にも皺が刻み込まれ、全盛期に比べ本当に細くなった自分でも情けなく思うほどであった。
力はとうの20年前には全盛期を過ぎていた。
代わりに技の切れ、練度を磨くことで自らの技を昇華していった。
鍛え抜かれた技は、一つの芸術の域にまで達し、美しいと賞賛される程であった。
しかし、いつからだろう。
仲間たちが自分に近づくほどに成長するにつれ、その差はどんどんと近くなり、一人、また一人と自分よりも強くなっていくことを自覚してしまったのは。
握りしめた拳が掴むものは、少し古びた床に舞う埃しかなかった。
この手に掴んでいたと思ったものは、一つまた一つと指の隙間からすり抜けてしまっていた。
「……今でも、パーティーのサポートはできると自負しております」
放った言葉の情けなさに、我ながら呆れるほどだ。
宣告は受けたのだ。潔くこの場を去ることが、唯一の自尊心を保つ術ではなかったのか?
クスクスクス
青年の周囲にいる仲間から、嘲笑や失笑に似た笑い声が囁かれる。
その笑い声は、まるで無数の芋虫を体内に放りこまれたかのように、男の感情を内側から掻きむしった。
自分を見下ろす視線の主達は、そのすべてがかつて自分のことを師として仰いでくれていた者たちであった。
かつては、向けられていた羨望の眼差しが今では軽蔑と無関心、哀れみに満ちたものに変わったとするならば、自らが費やしてきた時間は何だったのだろうか。
男は、力ない拳を頼りに床から立ち上がる。
視線を上げると、そこには幾千もの戦いを共に切り抜けてきた、仲間だった者たちの視線があった。
その中央、先ほどの活力と自信に満ちた溢れた声の主こそが、かつて自分が育て上げた初めての青年であった。
そこには、自分へ輝きに満ちた視線を放ってきた少年のかつての面影はなかった。
やっと、解放される。
そのような意思を感じ取れるほどに、青年が男に対して見やる瞳は冷酷なものだった。
青年は立ち上がる男の最後の嘆願をどのように受け止めたのだろうか。
彼は、嘆息とともに言葉を紡いだ。
「最後に自尊心までなくしたか。僕は最後には、潔く去ってくれるものだと思っていたよ。言っただろう、用済みだと。文字通り、お前の用はここで終わったんだよ」
青年はそう言うと、男の返事を待たずに踵を返した。
──行こう。
青年の声に、彼の仲間たちは一斉に男に対して背を向ける。
振り返る者は誰もいなかった。
残された男は、一人室内に立ち尽くす。
打ち砕かれた希望と、虚無にも似た喪失感。
「──それが、私の育てた勇者ということか……」
男の最後の呟きは、風のように無人となった室内に霧散していった。
今回で第1章、エラリア編は終了です!
1つの区切りである本話まで読み終えて頂き本当にありがとうございます。
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