ドラゴンを狩るようです④
耳をつんざくような大音量。
拮抗する魔力と魔力のせめぎ合いは、空間に白い歪みのようなものを生じさせていた。
「行くよ、フーシェ」
僕は、やや後方に剣を構えると姿勢を低くする。
キュンッ!
地面を踏みしめると、一条の弾丸の様に僕の身体は爆発的な推進力を生みだし、衝撃波を放ちながら魔力障壁へと肉薄する。
ギインッ!!
魔力もへったくれもない、魔力すっからかんな僕は純粋な物理で障壁を斬り壊しに行く。
しかし、セラ様AIが報告してくれたように、イスカのレベルを『回収』しレベル9999に戻った僕の身体は、そのレベルに見合った力を発揮できるように最適化されつつあるらしい。
一刀の元に、ドラゴンの前面に展開する障壁の一部を切り裂いた。
しかし、いくら僕のレベルが高くとも斬れる範囲は剣の刃渡り分しかない。
しかし、その隙をフーシェは見逃さない。
「『重力加速』」
次なるフーシェのスキルにより、障壁と拮抗していた石片達がエンジンが点火されたかのように加速を始める。
「これで!」
僕が剣を振るうたびに、20メートルはあろうかという巨大な障壁は紙にハサミが入るように切り刻まれる。
そこへ、フーシェの加速した石片がその質量を以てして、障壁を潰しにかかる。
バリンっ!!
厚いガラスが破られたかのように障壁が消失する。
「ん。『重・四四斬り』」
音もなく近づいていたフーシェが、双剣を煌めかせる。
ゾンッ
空間が歪んだかと思うと漆黒の4枚の刃が生じ、ドラゴンの左羽を刈り取るように切り裂いた。
グオオオオッ!
怒りにも、悲鳴にも似た声がドラゴンの口から放たれる。
声は衝撃波となり僕とフーシェを襲うが、僕だけでなくフーシェも吹き飛ばされることなく、ドラゴンへと距離を詰める。
ドラゴンの怒りに満ちた瞳を湛えた巨大な頭部は、小山が動くように蠢き、その右足は僕を切り裂こうと振り下ろされる。
その一撃を、僕は転がり込むように躱すとすれ違いざまに剣を斬りつける。
ドラゴンの指の一本が吹き飛び、その痛みに耐えかねたドラゴンが上体を起こした。
くそ!巨大な豆腐をまち針で切り分けているような感覚だ。
僕の攻撃は、ドラゴンの分厚い鎧や、鉄骨のように太い骨格も等しく切り刻むことができたが、如何せんその質量差がありすぎた。
フーシェも攻撃の度に、ドラゴンの厚い鎧を打ち破り、着実にダメージを与えているが決め手にかけるようだ。
そのことをフーシェも気づいたのか、トンとフーシェは跳躍しドラゴンと距離を取ると両手を胸の前で組み合わせた。
祈る姿勢のままフーシェは呟く。
「ユズキ逃げて、『神喰らい』」
そうフーシェが唱えた瞬間、フーシェの周囲に白い雪玉のような光球が生まれた。数十に及ぶ光の玉は1つがハンドボールサイズで、意思を宿したかのように漂っている。
「行って」
『警告!あの球に触れてはいけません!!』
セラ様AIが緊迫した声を僕の脳内に響かせる。
言われた通りにフーシェの横に降り立つ。その動きを確認したかのように一斉に光球が動き出す。
キュオンッ!
飛翔した光の球が、もたらしたものは「消滅」だった。
ギオオオオッ!!
光の球がドラゴンに触れると、その球が降れた場所は文字通り「消滅」してしまっていた。
遠目に数十もの光が舞う様は、まるで蛍のようだ。
しかし、「死」を撒き散らす光の球は、舞うたびにドラゴンの身体を削り取っていく。
その光の球が、ついにドラゴンの心臓を食い破ってしまったのか。ドラゴンは大きく目を見開くと、巨大な口から大量の血を吐き出しながら、洞窟の床に倒れ伏した。
──
静寂が訪れる。
そのことを確認したフーシェが頷くと、小さな声で光の球達に声をかけた。
「お帰り」
その言葉を聞いた、光の球は一斉に小さく身震いをしたかのように震えると、次の瞬間には跡形もなく消失してしまった。
──倒した
達成感なんてない。
ただ、2人を失わずに済んだことに心の底から安堵を覚えた。
「ん。フーシェたちのしょう──」
隣に立つフーシェが僕に振り向き、ブイとピースサインを作ろうとした瞬間、フッとフーシェの上体が力なく倒れこむ。
「フーシェ!!」
僕は咄嗟に、フーシェの身体を抱き留めた。
僕の手に抱かれたフーシェは少しホッとしたような表情を作ると瞳を閉じる。次の瞬間、フーシェの身体は縮むように小さくなり始める。
「フーシェ!しっかり!」
身体は見る見るうちに小さくなると、僕の手に抱かれていたのは前と変わらないフーシェの姿だった。
「──君は一体……」
小さく息をつき、意識を失ったフーシェを抱く僕の声は、主なき洞窟にやけに大きく響くのだった。
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フーシェが起き上がるまでの間、僕とイスカは、フーシェを岩陰の窪みに隠し、魔物除けの布を広げその中に寝かせると、そのすぐそばで警戒に当たっていた。
「さっきの、あの姿⋯⋯。なんだったのでしょうか?そして、あのスキル──」
イスカはポツリと呟いた。
少し休み魔力が回復した僕はイスカに再度『レベル譲渡』をかけていた。
ちなみに、ドラゴンを倒したためレベルは14から経験値分10上がりレベル24になっていた。
そこに『レベル譲渡』で+15を加え、今やイスカのレベルは39。
これで、イスカはエラリアでも屈指の高レベルになったわけなのだが、問題はフーシェの方だった。
僕は先程見た、フーシェの『情報共有』の内容が気になっていた。
覗き見のようで気が引けたが、先程のフーシェの変化が身体にどのような影響を与えているのかも分からない。
小さく寝息を立てるフーシェに使用した『情報共有』。
その内容は以下の通りだった。
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フーシェ
種族:半魔族
性別:女
年齢:16
レベル:45
職業:双剣使い
スキル:
【一つ斬り(ひとつぎり)】
【二二斬り(ふつぎり)】
【三三斬り(みみきり)】
【四四斬り(ししぎり)】
【五五斬り(ごさつぎり)】
【六六斬り(むむきり)】
【七七斬り(ななきり)】
【八八斬り(ははぎり)】
【九九斬り(くくきり)】
【十十斬り(とときり)】
【二十斬り(にとぎり)】
【三十斬り(みとぎり)】
【初級魔法】
【中級魔法】
エクストラスキル:
【限定──】
『魔力探知』『危険察知』『気配察知』『生活魔法』『隠密』『加速』『断絶』
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状態異常の『封印』は解けていた。
そして、レベルがいきなり45に上がっていたことに僕は驚いたが、そのことよりも番気になったことは「エクストラスキル」というものだ。
先程の戦いでフーシェが使用していた『重力雨』や『重力加速』というものの記載はどこにもない。
検索はかけてみたよ。でも、そこには
【限定──】:あるべき姿に一時的に戻す。効果時間は5分。
としか書かれていなかった。
限定に続く文字は書かれていない。ただ明らかに何かの単語がはめられることを待ち望むように空白だけが存在していた。
あ──、フーシェ16歳になったんだ。
思い返せば、ローム大森林で見た時も16歳になっていたように思い返す。
⋯⋯ダラダラと、気づいていなかったことを知り、背中に冷汗が流れてしまう。
「最悪だ」
パーティーメンバーの誕生日を祝わないなんて。
星屑亭で、そろそろ16歳と告げられたものだから、もう少し先だと信じ込んでしまっていた。
いや、『情報共有』を使って見せてもらっているんだ。
言い訳にしかならない。
そのことをイスカに告げると、「実は、いつ気付くかフーシェちゃんとエラリアに戻った際のお菓子を買う権利を賭けてました」とのこと。
僕の預かり知らぬ所で進んでいた女性陣の会話にゾッとしつつ、これはイスカの誕生日と次のフーシェの誕生日は死んでも忘れられないと、僕に決意させるには十分だった。
僕は、そっと布をよけるとフーシェの髪をやさしく撫でてあげる。
サラサラとした髪は、先程までの死闘がウソに想えるほど指通りが良かった。
推察するには、『封印』がフーシェのレベルを上げることを阻んでいたことは明白だった。
ただ、それがフーシェの『第3の壁』を破るに至ったかと思うと疑問符がつく。
きっと、エクストラスキル【限定──】が言うあるべき姿。その姿を取り戻す、又はその姿になることが『第3の壁』を突破するために必要不可欠であるように感じるのだ。
あの姿は、まだあるべき姿がに至っていない?
それとも他にも選択肢があるということか?
フーシェ自身が知らなければ、僕達がその答えを導き出すことは不可能に近い。
「魔大陸──か」
ポツリと呟くと、隣に座るイスカが肩を寄せてくる。
「今日のことで分かりました。──私、強くなります。だって、フーシェちゃんのいた魔大陸に渡るには、まだまだ力不足ですから」
そっと僕の手を握りしめてくれる小さな手を、僕は優しく握り返す。
トクントクンと掌から伝わる鼓動が、生きているという実感を思い起こさせてくれる。
今日を生きることができたのだ、ドラゴンに勝ったことよりも、イスカがこうして手を握ってくれる。
それだけで、本当に嬉しい気持ちになる。
「ううん、最後のフーシェを助けたのは、僕じゃない。イスカだよ。イスカがいたからこうやって3人で生き残れたんだ」
「⋯⋯はいっ!」
少し土に汚れた顔でイスカは眩しく微笑む。
その時だ──
「──仕込みっ!」
今まで横になっていたフーシェが、いきなり魔除け布を剥ぎ取ると起き上がった。
「──ん。およ?」
フーシェは、キョロキョロと周りを見回すと、次にいつもの通りマイペースに自分の身体をペタペタと確かめるように触りだす。
角、輪郭、鼻、口、首と触り、その手が胸部を触れる。
「ん?」
小首を傾げるフーシェはこう言うのだ。
「胸の栄養は『回収』して欲しくなかった」
僕は勿論『回収』なんて使っていない。
そう──これは、フーシェなりの最大限のジョークなのだ。
その仕草に思わず、僕とイスカも吹き出してしまう。
──
僕達は一通り笑い終わると、僕とイスカはまだ笑い涙を湛えながら、フーシェに声をかける。
「おはよう、フーシェ」
僕達の声に応えるフーシェの顔は、やはり笑顔が溢れ返っていた。