レッサードラゴン狩りに行くようです①
さて、外は少し曇った空模様。
僕とイスカ、そしてフーシェは星屑亭のホールに集まっていた。
そう、フーシェがパーティーに加入して1週間が経った。
うん、相変わらず僕はイスカの悩ましい寝相のおかげで少しばかり眠気が強いけれど、それ以外は体調は悪くない。
僕達は1週間、ドワーフ達から受けた依頼『レッサードラゴン亜種の討伐依頼』に向けて準備を進めてきた。
主に僕とイスカは買い物や装備の新調。
フーシェは星屑亭を離れても大丈夫なよう、レーネとカムイを業務の独り立ちをさせるために、教育を続けてきていた。
「あんたたち、今日が出発かい」
朝からミドラの放つ声は豪快だ。
ミドラの横には、すっかり給仕服が板についたレーネとカムイが立っている。
「行ってらっしゃいませ、フーシェ様」
「⋯⋯」
落ち着いた声で主人を見送るレーネに対し、カムイは挨拶を言おうとしない。
少し膨れた顔で、床を見つめている。
「ほら、カムイも挨拶しなさい。フーシェ様の出発ですよ」
この1週間で、レーネのカムイに対するお姉さんぶりは眼を見張るものがある。
時に優しく、時に厳しく指導をする姿は、カムイのよき理解者であると共に、姉として振る舞おうとしているようにも見えた。
「カムイっ!」
レーネに促されるが、カムイは未だ口を開かない。
「ん、いい。言わされていう言葉より、その態度の方がよく分かる」
フーシェはそう言うと、カムイの前へと歩いていく。
ここでもフーシェは給仕服だ。
曰く、給仕たるもの制服は戦闘の正装だとのこと。
「寂しい。でしょ?」
図星を当てられたのか、カムイは少しビクッとした。
「べ、別にそんなわけないし⋯⋯!」
顔を真っ赤にしていう姿は、ツンデレの波動を感じるね。
初対面が、余りにもショックの大きい出来事なだけに心配をしていたが、この1週間でカムイも大分フーシェに心を開くようになっていた。
そう思うと、表情少なく少し人族と感性が違うフーシェは、ある意味人の核心に迫ることをズバズバと言うだけに、信頼を勝ち取りやすいのかもしれなかった。
「ん。ここは、もう貴方の家。奴隷というより家族。⋯⋯お姉ちゃんの帰りを待ってて」
親指を立てるフーシェに対し、カムイは顔を赤くしながらも小さく頷いた。
「イスカ、気をつけて」
イスカに声をかけるレーネの方が年下ではあるが、エルフの血が流れているイスカと比べると、レーネの方が少しお姉さんのように見えるのだから不思議なものだ。
「えぇ、レーネもお仕事頑張って」
「ドラゴン倒したら、私にも見せるんだよ」
いや、レッサードラゴンですよ。
勝手にレベルアップさせないで下さい、ミドラさん。
それって、フラグってやつですから。
ミドラの不吉な言い間違いが的中しないことを祈りつつ、僕は皆の挨拶が済んだことを確認した。
「よし、行こう!」
「はい!」
「ん。リーダー了解」
僕の号令で出発する。
少し肌寒い風は北西から吹いてきていた。
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「ここで降ります」
エラリアからの乗り合い馬車に乗っていた僕とイスカ、そしてフーシェは目的地が近いことを確認して御者に声をかけた。
乗り合い馬車には、同じく次の町へと行こうとする3人組のパーティーがいる。途中で話をしたのだが、どうやら違う町のギルドに所属しているらしい。
「おっ、ここで降りるってことはローム大森林に挑むのか?」
パーティーのリーダー格の男性が、降りようと荷物をまとめる僕達に声をかけた。
「えぇ、少し素材を集めに来ました」
僕が返答すると、リーダー格の男性は心配そうに声をかけた。
「見たところ、ポーター一人とエルフの嬢ちゃん一人。厳しくないか?」
男は、山のような荷物をまとめるフーシェを見ると、僕達に忠告する。
「まぁ、なんの採掘か知らんが余り奥に行くんじゃねぇぞ。特に奥地にある大洞窟には近づくなよ。⋯⋯じゃあ、健闘を祈ってるぞ」
あー、すみません。その大洞窟のレッサードラゴンを倒しに行くのです。
なんてことは間違っても言えない。
フーシェが、珍しく空気を読んでくれることもナイスだ。
別れ際、彼と二人の仲間に挨拶し、御者にお金を払うと僕達は街道に降り立った。
北側はすでに深く生い茂った森林が、冒険者達を口を開けて待ち構えているかのように、深い闇を携えていた。
町中で買った地図は、現代の物と比べるまでもないような精度だが、比較的安全な踏破ルートが示されていることは有り難かった。
何もないと、どこから森に入らないといいか分からないよね。
比較的目印となりそうな所から、ローム大森林に入ることが記されていた。
さて、フーシェは小さな山のような荷物を軽々と背負うと、僕に出発を促した。
マジックポーチを持っている僕達が、何故荷物を背負っているかだって?
そう、本来は必要のない荷物を運ぶ、ポーターという仕事をフーシェは買って出ていた。
しかし、その理由を聞けば僕はなるほどと考えさせられることとなる。
「ん。荷物を持たずにダンジョンや森の奥に入るなんて自殺行為って子供でも分かる。だから、レアスキルの『収納』や『マジックアイテム』持ちだって他のパーティーに宣伝しているようなもの」
理由は、僕達がマジックアイテムを持っていることを他のパーティーに気取られないこと。
僕達は能力の高い集団ではあるが、一応ギルド内の評価はD級だ。
ワイバーン討伐については、『城壁の守護者』の仕事ということになっているからね。
そういう意味では、僕達のパーティーの実績はいまだ0なのだった。
『『回収』スキルを習得しました。今後、譲渡したレベルを回収することができます』
久しぶりにセラ様AIが、僕の脳内に響き渡る。
確か、『回収』スキルはアマラ様が言っていたスキルだ。
「二人共、森に入る前に僕の新しいスキルの確認と、二人のステータスの確認をしてもいい?」
僕の質問に二人は頷く。
「分かりました」
「ん。ユズキに見られるなら問題ない。⋯⋯あと、イスカにも」
二人の了解を得て、僕は久しぶりに『情報共有』スキルを、まずはイスカに対して使ってみる。
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イスカ
種族:エルフクォーター
性別:女
年齢:25
レベル:14(『回収』可能レベル11)
職業:魔法剣士
スキル:
【初級魔法】
【魔法矢】
【魔力付与】
【魔力障壁】
【重攻撃】
【剣舞踊】
【加速】
『生活魔法』『薬草学』『危険察知』
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あれ?ワイバーン亜種を倒した割にはレベルが全く上がっていないぞ?
そのことには、イスカも気づいていたのか小首を傾げる。
そう、あんな大物を倒したのだから、レベルが上がらない分けがないのだ。
しかし、イスカはすぐにあることに気づくと、レベルの欄を指さした。
なになに?『回収』可能レベル11だって?
確か僕が『レベル譲渡』によって、イスカに譲渡したレベルは11だ。
それを、全て『回収』できるってことは?
「あのワイバーン討伐でイスカ自身のレベルが11上がったってことかな?」
『肯定です』
脳内でセラ様AIが同意する。
『ちなみに、一回『回収』して、再度レベルを譲渡することは可能?』
僕の質問に、セラ様AIから返答が来た。
『可能です。現在対象イスカに一度に譲渡できるレベルは15です』
おっ、譲渡できるレベルの上限が15になってフーシェと同じになったぞ。
「純粋に、ワイバーンを倒したからイスカのレベルが14となったってことみたいだよ」
セラ様からの脳内アドバイスを伝えると、イスカは信じられないといった風な顔をした。
「つい、1週間前レベル3だった私がレベル14!?──はぁ、なんか信じられないです」
イスカは衝撃を受けたかのように軽く頭を押さえた。
「ん。次はフーシェを頼む」
山のような荷物を持ったまま、フーシェが催促する。
荷物をおろしなよと言ってみたが、「トレーニング」と言って荷物はおろさないようだ。
仕方なく、僕は『情報共有』のスキルをフーシェにかけてみた。
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フーシェ
種族:半魔族
性別:女
年齢:16
レベル:25
職業:双剣使い
スキル:
【一つ斬り(ひとつぎり)】
【二二斬り(ふつぎり)】
【三三斬り(みみきり)】
【四四斬り(ししぎり)】
【五五斬り(ごさつぎり)】
【六六斬り(むむきり)】
【七七斬り(ななきり)】
【八八斬り(ははぎり)】
『魔力探知』『危険察知』『気配察知』『生活魔法』『隠密』
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おぉ、なんか見やすくなっている。
『表示項目が増加したため、戦闘スキルと基礎スキルを分別して表示するよう仕様の変更を実施しました』
脳内のセラ様AI⋯⋯メチャクチャできるじゃないですか!
本家セラ様は⋯⋯うん。これからの活躍に期待ってことですよね。
ところで、僕は一つ気になることがあった。
「あれ?そういえばレベルは仲間でモンスターを倒した場合は、分配されることになるんだよね?」
僕の質問にイスカは答える。
「はい、そうです。本来近くにいる人に対しても魔素やマナは吸収されるはずです」
やっぱり、でもそうなると不思議なことがあった。
「フーシェのレベルが全く上がっていないのは、レベル25は上がりにくいものなの?」
僕の質問に、フーシェは少し暗い顔をして、首を横に振る。
そして、ポツリとこう言うのだ。
「私のレベルは5年前から上がっていない」
表情は少ないがその声は、自嘲気味に聞こえる。
諦めと悔しさが混じったフーシェの声。
キッと、フーシェは首を上げると、その少し紫色を宿した宝石のような黒い瞳で僕を真っ直ぐに見つめる。
「そして、それが私がユズキ達と一緒に行きたい理由」
フーシェはそう言うと、「行こう」と僕達を促しローム大森林へと足を踏み入れた。