やりすぎは何事も良くないようです
僕達が門をくぐるとギルド内はお祭り騒ぎとなっていた。
ギルド内の一角には酒を提供する場所が設けられており、そこではいくつものパーティーが祝杯をあげている。
実際にはそこにいる人達は誰も戦っていないけど、町がなくなるかどうか、今日が人生最後と臨んだ日に、誰も死ななかったのだから浮かれるのは無理もないよね。
そんな様子はすごく楽しそうだけど、僕はそーっと目立たないように騒ぎに紛れ込むように受付へと歩みを進める。
そう、なぜなら今日ワイバーン達を倒したことは、全てA級冒険者パーティー『城壁の守護者』が倒したことになっているからだ。
僕としては目立ちたくない。それに、実際倒したのはイスカの『魔法矢』であるからにして、僕はといえばみんなを強化したくらい。
その僕が、物凄い形相でベスに必ずギルドに来いと言われれば、あれ?いいことしたはずなのに割に合わなくないか?
それに、ワイバーンの体液付きとくれば、今日はもう眠ってしまいたい。
受付にはカレンが立っていたが、僕の顔を見ると真っ青になりカウンターから飛び出ると、僕の耳元に耳打ちした。
「──あの!ギルドマスターがお呼びです。裏口をお通ししますので、自然な形でついて来てください」
もうね、内容とカレンさんの話しぶりからにして恐ろしいですよ。
後ろを歩くイスカの顔はやはり緊張しているが、僕の服の端を握っているのがリラックスできるのか、僕程には緊張していなさそうだ。
でも、僕はこの嫌な感覚を覚えているぞ。
前世で上司に、ムチャな仕事をふっかけられるか、たまたまやってしまったうっかりミスを、会議の場面で大々的に攻撃されるかのどちらかだ。
どっちも嫌だけれど、前者なら少しマシなくらいか。
逃げることもできないため、仕方なくカレンの後を付いていく。チラリと酒盛りの面々に視線をやると、その輪の中心にいるのは──ベスだ!
今日の立役者は、何といってもベスと『城壁の守護者』の面々だ。だから、あそこにベスが立っていても何ら不思議ではないのだけど。
「──」
!?
僕に気づくと、彼はスマンという風に片目を細めると僕に向かって軽く頭を下げたのだ。
いよいよもって、胃が痛い。
いくら高レベルを持っていようとも、精神的な負荷が軽減されることはないのだから、病は気からとはよく言ったものだ。
「イスカ、胃薬ある?」
僕は後ろのイスカに小声で聞いてみる。
「自宅にはあるのですが、さすがに今は⋯⋯」
OK、聞いてみたかっただけです。
「こちらです。この先はトイレになります」
うん?疑問を持つ前に僕の肩にカレンの手が置かれると、脳内に声が響き渡った。
『念話です。トイレ手前の扉をくぐって、右、次を左、次を右、最後を右に曲がり奥から3番目の扉に入ってください。大丈夫、この念話は部屋に着くまで脳内に繰り返されますから』
ポンと手を話すと、カレンは軽く会釈をして去って行ってしまった。
「ユズキさんどうしました?」
心配そうなイスカに力なく僕は微笑む。
「うーん、とりあえず気分が悪いからついて来てくれるかな?」
そう言って、僕はイスカを連れて滑り込むようにトイレへと続く扉をくぐった。確かに手前に扉がある。『備品庫』と書かれた扉をくぐると、なるほど確かに棚が陳列している倉庫だ。
脳内には、カレンの声が響き渡っている。
周りの棚には見向きもせずに、先へ先へと進んでいく。
イスカも事情を察したのか、僕の服の裾を離すことなく口を閉じたままついてきてくれる。
最後に薄暗い廊下に出ると、僕は言いつけを守り、きっちり奥から3番目の扉を叩いた。
ガチャ
扉が内側から開かれる。そこに立っていたのは──
「アルティナさん!?」
中から出てきたのは、「ごめんなさい」という風な表情で僕を見つめるアルティナが立っていた。
手招きされ、僕とイスカは室内に入る。
アルティナから招き入れられたことで、室内の状況が分かる。
部屋が並んだ廊下の一角なので、室内はそれほど大きくはない。
石造りの部屋は、応接用のテーブルとソファーがあり、奥には執務机。左右の壁には本棚が天井から床まで設置されており、所狭しと分厚い装飾をされた本や資料といったものが置かれている。
そして、その応接椅子にはラムダンがどっしりと腰を下ろして僕達をじっと見つめていた。
その迫力は明らかに歴戦の戦士。心が弱ければ目を反らしてしまいそうだ。視線の圧におされるが、僕としては敵意はない。
「遅くなりすみません。先程は冒険者認定をして頂きありがとうございました」
深々と頭を下げる。
ラムダンの様子から、敵意はないことを見せるのが一番だろう。
すでに胃は痛いけどね。
僕の様子をじっと値踏みするように見ていたラムダンは、ハァと一つため息をつくと、スッと立ち上がった。
その表情は少しの安堵と疲労が伺えた。
「このような対応ですまない。まずは、この町を守ってくれた英雄に謝意を評したいと思う。⋯⋯ギルドを預かる者としてお礼を言わせてもらう。ユズキ、本当にありがとう」
ラムダンはそういうと、僕に深々と頭を下げた。
その礼をつくしたお辞儀に、僕は慌ててしまう。
「そ、そんな!僕は何もしていないですよ!そう、ワイバーン達を倒したのは、そこにいるアルティナさんとサユリさんじゃないですか!」
多分そんなことはバレているのだろうけど、僕は一縷の望みをかけてそう言ってみた。
そう、嘘は言っていない。
ラムダンは、頭を上げると僕の瞳を覗き込み、そしてまた深くため息をついた。
「すまない、良ければ座って話さないか。アルティナも座ってくれたまえ」
僕とイスカは促されるまま、ラムダンの対面のソファーへと、アルティナは少し居心地悪そうに、僕の隣の一人がけの椅子に腰をかけた。
「あの、私達何も悪いことはしていないのですが⋯⋯」
おずおずとイスカが声をあげた。
そう、悪いことはしていない。でも、きっとやりすぎてしまったことが裏目に出たのだ。
ラムダンは少し眉間を押さえると話始めた。
「今日のことは奇跡だと思う。亜種を含め24頭のワイバーンが文字通り、誰一人の犠牲を出すこともなく全滅したのだからな。だが、それを倒したはずのA級パーティーの『城壁の守護者』の歯切れが悪い。そして、その前に何故か俺を含めて皆、『城壁の守護者』の元リーダーであったミュラーに騙されていたことに気づいてしまった。それも、ギルド職員皆が同時にだ」
ラムダンはアルティナを見る。
アルティナは、促されたように小さく口を開いた。
「すみません、うちのサユリが口を滑らせて、ミュラーの洗脳と魔法を強化した人物がいると漏らしてしまいまして⋯⋯。それをギルドの諜報員が聞いていた次第です。⋯⋯ミュラーから開放してくださったユズキ様のご意向を裏切るような形になり、大変申し訳ありません」
なんだか、様づけされることになっているんだけど⋯⋯。
うん、確かに打ち合わせでは『城壁の守護者』が討伐してくれたことにするよう打ち合わせをして、その分、いくらかの分け前をもらえるようベスと調整していたけど、その間にそんなことがあったとは。
だから、そのことを知ったベスは別れ際に、あのような形相で僕に声をかけてきたのだろう。
ようするに、やりすぎてしまったため隠しきれないボロが出てしまったというわけだ。
悪いボロではないのだけど、ギルドの様な組織で今日冒険者登録されたばかりの人物が、とんでもない力を持っていると分かったなら、ギルドマスターでなくとも、組織の上に立つ者が行うことはまずは警戒だ。
「僕のことを何者か警戒されていることですか?」
僕の言葉にラムダンは頷く。
「その通りだ。聞けば、アルティナやサユリの力ではワイバーンに対してはダメージを与えたとしても地面に落とすことは一撃では不可能。だが、今日たまたま冒険者登録を行った君のおかげで力が数倍に膨れ上がったと言うのだ。俺は、そんな付与師を聞いたことがない。まして、その君は付与師ではないという。──いったい、『譲渡士』とは何の職業なのだ?」
あぁ、全て知られてしまっているのか。
その上での、ベスとアルティナの先程の態度なんだ。
職業を名乗ってしまったことは、確かに裏目に出てしまったようだ。
「言葉からすれば、譲渡というなら、アルティナとサユリ。そして、そこのイスカの強化の力の源は全て君ということになる。⋯⋯つまりは、彼女達にそれほどの力を分け与えるだけのレベルや能力が君にはあるというわけだ。⋯⋯違うか?」
鋭い視線に晒されて、キリキリと胃が痛い。
ラムダンの、プロジェクトマネージャーの様な視線は、思惑の裏の裏まで読み取ろうとする力に満ちている。
「ミュラーのような人物に町を少しずつ支配されていたから、警戒されるお気持ちは分かります。ただ、僕が申し上げれることは、この町に対する敵意はないこと。自分の能力についてはまだ深く理解していないことをお伝えすることしかできません」
視線は反らさない。
既に、サユリとアルティナに一時的に譲渡されていた能力は僕の身体に戻ってきている。
サユリとアルティナ自身が、その体調の変化を自覚しているはずだ。
「その言葉を信じるしかないのが、歯痒いところだ。──して、ユズキのレベルは?」
来てしまった!
「──まだ測ったことがありません」
嘘は言っていないよ。
なるべく平静を装ったつもりだったが、ラムダンは背後の机から1つの水晶球を差し出すと、その上に手をかざす様に促してきた。
「これに手をかざしてみてくれ。レベルとスキルが表示される。本来、ギルド職員でさえ、個人のレベルやスキルを覗き見ることは重大な規約違反だ。だが、それを理解した上で、俺にもその情報を見せてほしい」
断りづらいが一応聞いてみよう。
「もし断ったらどうなります?」
僕の質問にラムダンは鋭い視線を返すと、含みを持たせて口を開いた。
「何故表向きの応接室ではなく、この部屋に通された意味をよく考えることだ」
これは脅しだ。
アルティナの驚愕する表情を見て、ラムダンとアルティナが予め打ち合わせをしていたとは思えなかった。
イスカがギュッと僕の手を掴んでくる。
その小さな手はフルフルと震えている。
対するラムダンも視線を反らさない。彼は、ギルドマスターとしての全責任を背負い、僕と対峙しているのだ。
1番怖いことは、この緊張が最悪のケースに発展しないことだ。
何故なら、僕には敵意は勿論ないし、頭にあることは早く帰りたいだ。
なーんてね。てへ。
なんて、適当に笑って有耶無耶にできるのなら、道化にだってなれるけど、とてもじゃないけどそのような雰囲気ではないよね。
それに、ラムダン自身職務を全うしているだけで、本当はしたくないことを率先して行うような人物ではないはずだ。
彼は、ただ僕がこの町に対して仇なす者ではないという確約がほしいのだ。
この最悪な雰囲気を覆すためには──
「『能力値譲渡』」
僕は小さく呟くと、スキルをラムダンに対して使った。
青い光が矢のようにラムダンを貫く。
「ギルドマスター!」
「ユズキさん!」
アルティナとイスカが驚愕し、同時に悲鳴に似た声をあげた。
「う、うむ!?」
スキルの光に貫かれたラムダンは、慌てて身体をさぐるが勿論外傷はあるはずもない。
それよりも、実感しているはずだ。僕が譲渡した──
「な、なんじゃこりゃあぁっ!!」
仰天したような声をラムダンがあげた。
「な、なんだ!この湧き上がる力!活力は!!全盛期、いやその10倍以上も力が出ているぞ!」
驚きに思わず立ち上がってしまったラムダン。
その様子を傍から見ていたイスカとアルティナは目をパチクリとさせている。
「貴方に、高められるだけの攻撃力をお渡ししました。僕は、レベルはともかくスキルを見せたくはない。貴方がこの部屋で行おうとした仕掛けや何かがあったとしても、それよりも確実に高い殺傷能力を一時的に貴方にお渡ししました。もし僕に疑いがあり、僕を殺さなくてはいけないのであれば、その力を使って今ここで僕を倒してください。これが、僕がお見せできる最大限の誠意です!」
もはやこれしかない。
勿論、レベル99程度の力で僕を殺すことはできない。
だが、そのような力を渡され、その上殺されても良いと言ってくるような人物をラムダンは殺すだろうか?
そこにかけるしかなかった。
ラムダンは、僕の言葉と表情を察すると、しばらく沈黙する。
そして次の瞬間、ラムダンは大声をあげて笑いだしてしまった。
「アーハッハッハッ!──悪かった!!ここまでされたら俺も無理強いはできん!」
ラムダンはドカッとソファーに座り直すと。僕とイスカを見ると再び笑いだした。
「こんな、頭のおかしいことをする奴が、敵であるわけがない!ユズキ、お前の今考えていることはなんだ!?」
興奮しているラムダンに対して言える僕の言葉はただ一つだ。
「早く宿に帰らしてください」
にっこり笑って告げた僕の言葉は、次の瞬間に見事なまでにラムダンによって却下されてしまうのだった。




