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8 能力のない貴族は……

「現辺境伯様にはすでにお子様も何人もいらっしゃるからお前が辺境伯になることはないぞ。

とにかくきちんとご奉仕することだ」


 野次馬の男子生徒たちもブルッと震える。孫がいるということは五十歳近い未亡人の伴侶となり心だけでなく体もご奉仕せよと言われているように聞こえた。


 生徒たちは知る由もないが、実際現辺境伯様の子供は上が十歳になる。未亡人様もそれなりのお年だが、前辺境伯様が存命の頃から戦場の女傑と言われた未亡人様なのでお年を召しても凛々しく美しい。

 コームチア公爵はそのことをここでは教えてやるつもりはないようだ。


「領地の隅で隠居するそうだ。共に隠居する相手と護衛を兼ねた者をご所望でな」


 『隠居』という学生にはありえない言葉に想像以上の厳しさを感じた。


 コームチア公爵は一見優しそうに見える笑顔でノエルダムの目線に少し合わせるように膝に手を当てて目線を下げた。


「お心の広い方に拾われさらに仕事が見つかり本当にお前は幸せだな」


 よかったよかったと何度か首を縦に振る。


「近くの大きな町まで馬で三時間ほどだが時々は浮気も許してくださるそうだ。よかったな。

能力もない仕事もない貴族などいらぬから平民に落とすところだったわ。ハハハハハ」


 コームチア公爵の笑顔に野次馬の男子生徒たちは更にブルブルブルと震えた。未亡人と恐らく年取ったメイドとの暮らしとなるのだろう。近くの村には手を出せる若い娘はいないのだろうと予想できるしいたとしても手は出せない。


 当のノエルダムはもう何も考えていないようだった。


「退学届は今朝出したよ。

おっ! 辺境伯殿がタウンハウスから私兵を出してくれたようだ」


 体を起こしたコームチア公爵は軽く手を上げて入室を促した。入ってきたのはノエルダムより屈強そうな二人の男でヨベリス辺境伯私兵の腕章を付けていた。


「辺境伯領地まで送っていただけるとは助かります。

未亡人様によろしくお伝えください」


 コームチア公爵はあくまでも笑顔である。ヨベリス辺境伯の私兵はコームチア公爵とメーデルにお辞儀をしてからノエルダムを立たせる。すでに抵抗の意志のないノエルダムは首をもたげたままトボトボと出入り口に向かって歩いていった。


 出入り口近くなってノエルダムがコームチア公爵に振り返る。コームチア公爵は『じゃあ!』と手を目の高さで一度振った。ノエルダムはポロリと涙を流した。私兵に促されて食堂から出ていった。


 それを見届けたコームチア公爵はさらに口角を上げて周りを見た。


「では」


 コームチア公爵は最後まで笑顔のままで退室していった。


『能力もない仕事もない貴族などいらぬ』


 最高位公爵家の家長の言葉に男子生徒たちは青い顔をしながらもこれからの努力を心に誓っていた。


〰️ 


 コームチア公爵が退室してしばらく静まり返っていた。


「コホン! では、わたくしもこれで」


 求人広告の張り出しを指示していた高官が声を出したのをきっかけにメーデルがハッと我に返った。


「ま、待てっ。説明が足らん」


 メーデルに呼び止められた高官はあからさまにため息をついた。


「はあ。なんでございましょうか?」


「婚約破棄など俺は聞いていないぞっ!」


「それは王妃陛下からお話をすると聞いております」


 高官は頭も下げないしなんとなく鼻を上げて見下しているような様子に見える。


「聞いておらんっ!」


「でしたら、王妃陛下からのお呼び出しを王太子殿下がお断りになったのではありませんか?または無視をされたか……」


 ラビオナはその高官のメーデルを見遣る目を見て知っていて煽っているのだと覚った。

 メーデルは思い当たることがあったようで唇をギリリと噛んだ。


「王妃陛下はお忙しいですからね。何度かお呼び出しをして殿下がいらっしゃらないのならお話をすることも不可能ですね」

 

 高官は片方だけ口角を上げて挑戦的だがメーデルは怒り狂うことはしない。


「と、とにかく、張り紙について『キチンと』説明せよっ!」


 メーデルも高官の態度に怒り狂うことはなくとも苛立ちを隠さない。


 しかし、高官がメーデルにこのような態度が許されるわけがないはずで、それにも関わらずこの態度であるのは王妃陛下よりその態度さえも許可を受けているとしか思えないのだ。なので、メーデルも迂闊には高官を責めることができない。


「殿下は求人広告をお読みにならずに捨てたのですか?」


 高官が片眉をピクリと上げて小馬鹿にした態度で聞いた。


「当たり前だっ! あのような不快なものはみたくもないわっ!」


 メーデルは言った後に近衛兵に『広告主は陛下』だと聞かされたことを思い出し慌てて口を手で閉じる。高官は今回は聞かなかったことにしてくれたようで何も言わない。

メーデルの続きを促すようにチラリと見てきた。


「ラニィとの婚約がなくなったのならシエラを王太子妃にするっ! それで解決だっ!」


 ラビオナはメーデルに愛称を呼ばれたことに心の中で舌打ちした。淑女として絶対に実際にやることはない。


「両陛下のご判断ですのでそうは参りません。ただし誰でも求人に応募することはできます。改めて『キチンと』お読みください。こちらへどうぞ」


 高官の『キチンと』という意趣返しに笑ったのはほんの数名だ。言葉のやり取りを感じ取れるほどの者はなかなかいないようだ。メーデルもわかっていない。

 高官に促されてメーデルとシエラは食堂の掲示板へと進むことにすると掲示板の前までの道が自然に開く。


 ラビオナはメーデルたちが自分たちから離れると同席者たちと共に席に着きメイドにお茶を頼んだ。ラビオナやその同席者たちにとってはもうどうでもいいことであった。


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