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5 婿入りの理由は……

 ギバルタはツカツカと近づいてくるとウデルタを無視してユリティナの元へ行き跪き愛おしそうな瞳で見上げユリティナの手をとった。


「ユリティナ嬢。愚弟が申し訳ない。お心を乱されていらっしゃらないだろうか?」


「ギバルタ様。大丈夫ですわ。義弟になるのですもの。指導はしてまいりますが立腹はいたしませんわ」


「貴女の大きなお心に感謝します」


 ギバルタがユリティナの手に触れるか触れないかの口付けをすると野次馬の女子生徒から黄色い声がした。


「なっ! なっ! なんでっ?!!」


 ウデルタがギバルタとユリティナを瞠目して震えていた。

 ギバルタはユリティナの隣に立ちユリティナの腰を引き寄せてウデルタと対峙した。

 チハルタもその脇に動きウデルタに説明を始めた。


「貴様がこの一年ほどユリティナ嬢との茶会もパーティーのエスコートもせぬからギバルタがいつも代行していたのだ。

それでもギバルタはユリティナ嬢への恋慕の気持ちを隠していた。

だが一月半ほど前に貴様とユリティナ嬢の婚約が破棄されたと同時にユリティナ嬢へプロポーズしたのだよ。

貴様は週末だけでなく学園が休みでも邸に戻らぬから知らせもしなかったのだ」


「こんや……く……はき??」


「当然だっ! 貴様は我々が国境警備へ赴いている間にそこの小娘を家に連れ込んだそうだな」


 三月ほど前に国境付近で隣国との小競り合いがあり、メヘンレンド侯爵家はウデルタ以外の家族―父、母、長兄、長兄嫁、次兄―が赴いていた。メヘンレンド侯爵夫人は元は王妃付き近衛騎士で現在は女性騎士団の団長であり長兄嫁も女性騎士団の団員だ。


 一月半ほど前に戦地から戻ってきた時、執事からの報告によってウデルタの不貞疑惑を知ったメヘンレンド侯爵閣下夫妻。正義感の強い夫妻はその日のうちにソチアンダ侯爵家―ユリティナの家―に飛んでいった。そしてメヘンレンド侯爵家の有責での婚約破棄を申し入れた。

 その上で翌日にギバルタがプロポーズに行ったのだ。それまでほぼ一年間のギバルタの様子を知っていたソチアンダ侯爵は二つ返事で了承した。


「そ、それは…… 言うなと……」


 ウデルタはメイドたちにも家令たちにも口止めしたはずだった。

 ウデルタは目を潤ませて下唇を噛んだ。


「貴様ごときの口止めが役に立つわけがないだろう? 雇っているのは貴様ではなく父上だ」


 今更わかったのかウデルタは眉尻を情けないほど下げた。


「一度……一度だけです……。

そ、それに手は…… シエラに手は出していないっ!」


 ウデルタは縋るように言葉を重ねる。


 チハルタはあからさまに大きなため息をついた。


「はぁ! 何もわかっていないのか?

お前は婿入りの予定だったのだぞ? 婿の不貞など疑惑だけで充分だ。赦される訳があるまい?

さらに、父上と母上のご気性も考慮してみろ」


 ウデルタの不貞かもしれないという疑惑を知りすぐさま行動に移す正義感溢れる夫妻であることはウデルタもよくわかっている。ウデルタは両親の顔を思い出してブルブルと震え見るからに冷や汗をかき始めた。


「それだけではない。邸に連れ込んだのは一度でもここ―学園の寮―では一度ではないのだろう? だから週末や長期休みに邸に戻らなかったのではないのか?」


 男子寮は一応女子禁制にはなっていない。淑女として男子寮に入り込むような不埒者はいないという思い込みがありそのような規則が存在しないのだ。洗濯や掃除をするメイドが必要であることもその理由の一つだ。


 シエラは日曜の昼ウデルタの部屋からメーデルの元へ向かうこともあったのだ。チハルタが学園でのウデルタの素行を調査させるとすぐにそれが報告された。


 女子生徒が男子生徒の部屋に出入りしている。そんな醜聞があれば恐らくこれから女子禁制の規則が検討されるだろう。


 チハルタの冷たい視線にウデルタは目を逸らした。実際ウデルタとシエラは口付けと添い寝までであったがそれが赦されることだとは言い難い。


『タンッ』


 チハルタが持っていた長い棒の先と床をぶつけて音を鳴らすとウデルタはビクリとしておどおどして顔を上げた。


「さらにはユリティナ嬢を蔑ろにする態度は数え切れぬではないか。ギバルタがフォローしていたからソチアンダ侯爵も許してくださっていただけのことだ。

ユリティナ嬢との婚約は貴様のその華奢な体を心配した父上が無理してやっと見つけてきた婿入り話だ。

だというのに…………な」


 聞いたことのない話にウデルタは理解ができずなさけない顔でチハルタを見た。ウデルタにチハルタとギバルタは突き刺すような冷たい視線である。

 ウデルタはソチアンダ侯爵が一人娘の婿として同等の身分の者、つまり侯爵家の子息であるウデルタを望んだのだと思っていた。


「え?? 父上が?? 無理して??」


 ウデルタは父親の姿を脳裏に浮かばせて顔色を青から白に変えていた。


「母上もずっと気を揉んでいらしたのだ」


 さらに母親の顔が浮かんだウデルタは思考を停止させ死んだような目になっていた。

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