4 ダンスに挑戦する
国からの求人広告の手紙を読んだサラビエネは目を輝かせた。
「すごいわっ! 地理学や天候学、歴史学まで学べるのよっ! わたくし、行きたいわっ!」
「サーラもそう思うかい? だが、本来の目的は殿下の婚約者探しだよ」
ムワタンテ子爵もサラビエネもこの勉強会の裏の意味を正確に読み取っている。
「やだわ、お父様ったら。
わたくしが選ばれることはないわよ。わたくしより優秀な方はたくさんいらっしゃるし、高位貴族のご令嬢もたくさんいらっしゃるわ」
サラビエネより優秀な令嬢がたくさんいるわけではないが、たった一人しか選ばれないのだから、サラビエネが『わたくしが選ばれることはない』と考えることは不思議ではない。
「それに、テレエル公爵令嬢様はたいへん美しくてたいへん優秀なのよ。一年生時は首席だったわ」
サラビエネが三年生の時、ラビオナ・テレエル公爵令嬢とメーデル王太子殿下は一年生だった。サラビエネは張り出された順位表に憧れたことを思い出していた。サラビエネの学年は上位八位までは男子生徒がしめていたのだ。
「テレエル公爵令嬢様の後釜なんて、とんでもないわっ! それに、最終選考まで残れる自信もないし……」
サラビエネはトントンと一つの項目を示した。サラビエネが示したのは他国語の項目だった。
5・語学他国語初級
「今からでも始めるつもりだけど、間に合わないと思うの。特に中級になったら、おそらく手も足も出ないわ」
サラビエネは語学について大陸共通語は領地へ来る商人とのやり取りのために学んできたが、隣接する三ヶ国の言語まではさすがに学んでいない。ムワタンテ子爵領は他国と隣接していないし、やってくる商人は大抵大陸共通語かこの国の言語ゼルア語を話せるので、必要性を感じていなかった。
「確かに語学はすぐに身につくものではないものね……」
オデリーヌはおだてることも安易な事を言うこともなく、率直に述べた。
「ええ。だから、どこまでできるかはわからないわ。それでもやってみたい……」
サラビエネの真剣な眼差しにムワタンテ子爵は参加させることに決めた。
一年間の宿について、ムワタンテ子爵はアパートを借りることも考えた。一応のつもりで王城へ問い合わせたところ、宿屋を寮のように借り切るとの返答が来てホッとした。婚姻前の女性一人でのアパート暮らしをさせることには不安があったのだ。
ちなみに、初めの手紙から五日後、メーデルが王太子ではなくなったこと、それにともない募集が王子の婚約者候補となったこと、不貞の定義の内容、不貞を働くことに対する注意事項についての手紙がムワタンテ子爵家にも届いたが、ムワタンテ子爵家にとっては関係のない話であったので、ロクに読まれずに引き出しの奥にしまわれた。
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メーデルの婚約者を決める勉強会へ参加した女性は二百人以上いた。そのため数グループに分けられている。
サラビエネにとって一月目のレッスンはとても苦労した。男性との交流をしてこなかったサラビエネにとってダンスは苦手とするものだった。
そこに声をかけてくれたのは、ラビオナ・テレエル公爵令嬢だった。
「ダンスは慣れればいいだけよ。いくつかのステップを覚えて、あとはパートナーに委ねればいいのよ」
ラビオナが講師兼練習相手として呼んでくれたテレエル公爵家の使用人たちはみなサラビエネより高位貴族で、ダンスも一流だった。後から練習に参加するようになった騎士や貴族令息たちもダンスが一流である。
サラビエネにとってステップは体で覚えるより頭で覚えた方が性に合ったようで、ステップさえ覚えられれば体を動かすことは苦痛ではなく、テストも合格した。
ただし、テスト当日のお相手に一つのお願いをしている。
「わたくし、基本のステップしかできませんの。アドリブは止めていただいてもよろしくて?」
相手をした騎士はクスリと笑って頷いた。
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ラビオナが開いてくれた補習会では、自分で決めたものを学ぶことができた。サラビエネはダンスと語学を補習させてもらった。
サラビエネは補習をしてくれたり、補習講師を用意してくれたり、挙げ句にはお風呂やランチまで誘ってくれたラビオナに感謝と尊敬の気持ちを抱いた。
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勉強会の合間に、グループ別にメーデルとの茶会が開かれていた。各グループ月に二回ほど。
そこには接待の手伝いで貴族令息たちや騎士団員から数十名呼ばれていた。さながらお見合いパーティーのようであった。
そのお茶会の席で、サラビエネがメーデルのテーブルに付く番が来ても、メーデルからの秋波を感じることはなかった。
『予想通りね。わたくしには、あのシエラ様のようにはできないわ』
一ヶ月目で落第した可愛らしい仕草の女子生徒を思い出して、首を左右に振った。
メーデルからの秋波は感じなくとも、たくさんの紳士たちがそのお茶会に参加しており、決して飽きることはなかった。一応、『メーデル王子殿下の婚約者候補』として参加している女性たちなので、紳士たちも秋波を送ることはなかったが、話をして人となりをわかり合うことは充分にできるお茶会であった。
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サラビエネは週に一度はライラリンネに手紙を書いた。
自分がどんな勉強をしているか。勉強がどれだけ楽しいか。ラビオナがどれほど優秀か。
メーデルについては一行も書かれていなかったが、ムワタンテ子爵夫婦もライラリンネも『サラビエネは領地経営の勉強をするために行っている』と思っているので、全く気にしていなかった。
十一歳になるライラリンネはサラビエネからの手紙を読むと俄然勉強に熱を入れた。
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