7 友人
頭の中にいくつか案を浮かべた上で質問した。
「それはいつからのご予定ですか?」
「残り半年で学園を卒業するわ。その時ね」
「ですが、そのタイミングでご婚約者様がお決まりになると伺っております」
「そうね。でも、そちらへ行かせる理由なんてどうにでもなるわ。婚約者が決まったとしても、その女性もさらなる勉強が始まるわけだし」
「なるほど。ご婚約者様が努力なさっている間に王子殿下も、という流れですね?」
「それが理想だけど、婚約者がどうなるかはわからないわね。そちらに送る理由はわたくしがどうにかするから大丈夫よ。
とにかく、そちらに送ってからは全権貴方に任せるわ」
「彼をお借りしても?」
俺は友人を指名した。友人は一瞬目をピクリとさせたが誰も気が付かないうちに平時の顔に戻る。流石に魔境王宮で働く者だ。長く友人をしている俺にしかわからなかっただろう。
「いいわ。彼なら王宮でのメーデルの様子もわかっているから丁度いいわね。二人で相談して決めてちょうだい。彼を二年間、クレアンナート地区への派遣を許可するわ」
「かしこまりました」
「ありがとうございます」
俺と友人は同時に頭を下げ、早々に退出した。それからラビオナ様と婚約破棄になった経緯やそれに纏わる出費や婚約者候補試験の様子などを聞いて対策を練った。
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結果的にはメーデル王子殿下には婚約者は決まらず、予定より一日早く送られてきた。
メーデル王子殿下は優秀だった。
ただし、王妃陛下の一言をお借りすれば『視野が狭かった』のだと思う。三月ほど平民として、さらには最下の立場で働かせてみれば、みるみる顔つきが変わり理知的で精悍になった。
残りの三月は乾いた土が水を飲むように知識を吸収していった。
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メーデル殿下がクレアンナート公爵閣下となって四年。王妃陛下と閣下のご推薦で准男爵を賜った。
そして閣下は、可愛らしく聡明な奥様を迎えられた。私はそれを機にあの丘へ屋敷の新築を提案した。
「ジェードさん。それは無駄遣いです。この屋敷の東の森を少し切り開けば屋敷は建てられます。ここを執務棟にすればよいのですから、居間と寝室と子供部屋があれば充分よ。食堂室とメーデル様の執務室の間に繋がるように外廊下を作って増築しましょう。
すべて新築したら使用人部屋も客間も応接室も作らなくてはならないわ。必要ありません」
私の意見に反対したのはまさかのライラリンネ様だった。メーデル公爵閣下は眩しそうに奥様を見たあと、私の視線に気が付き、私に向かって『ニヤリ』と笑った。なぜか私は敗北感を感じた。
「離れの間取りはライリーに任せるよ。土地はあるのだから平屋でいいだろう」
「まあ! 好きにしてよろしいの? うふふ、楽しみだわ」
それから二週間。奥様から提出された図案を見て私は訝しんだ。
「メーデル様。お子様はお二人のご予定のお屋敷ではありませんでしたか?」
クレアンナート公爵夫妻は子供が増えたら自分たちは執務棟へ移ればいいとおっしゃっていた。とはいえ、それでもさほど大きな建物の図案ではないのだが、驚きのものだった。
玄関からドア一枚先は大きな居間となっていてそこに小さなキッチンがついている。
「台所が小さ過ぎです。食堂室もありませんし」
「お茶を淹れたり、少しの洗い物ができれば充分だそうだ。食事は今まで通り、こちらの食堂室で食べる」
ため息をつきながら更に図案を熟視する。大きな居間を中心にすべてが左右対称である。まるで二家族用に見えるのだ。
私が首を傾げるとメーデル様は左側の四部屋を指さした。小さな居間と寝室三部屋になっているようだ。
「こちらはジェードとアリアの部屋だそうだ。いつか二人にも子供ができるかもしれないだろう?」
メーデル様がニヤニヤと私を見る。
「は? はい?」
アリアとはクレアンナート公爵家のメイドの一人だ。ここで働いて五年ほどになる。子爵家の四女で持参金がないので奉公に来ていると聞いている。
笑顔がとても可愛らしく、明るく気さくで、仕事を一生懸命にやるので年配のメイドたちにも好かれている女性だ。
メーデル様より二つほど年下の二十二歳で、ライラリンネ様が嫁いでこられてすぐに打ち解けていた。
そして、一番大事なことだが、彼女は決して私の恋人ではない。
「わ、私は三十三になるのですよっ! 若い彼女には可哀想ではありませんかっ!」
私は確かに准男爵で独身だが、アリアとは十歳以上離れている。
「はぁ。顔を赤くしながら言われても説得力はないな。俺もライリーに言われるまでジェードの気持ちをわかっていなかったけどな……」
メーデル様が何か呟いているが私には聞こえなかった。私は顰めた顔でメーデル様を見た。すると今度ははっきりとした口調で恐ろしい提案をする。
「ジェードにその気がないなら仕方がないな。だが、ライリーはアリアを気に入っているんだよなぁ。乳母用の部屋だからアリアに使ってほしいと言っていた。
そうだ! 護衛のゴーザムがアリアを好いているようだったな。ゴーザムに入ってもらおう」
「それはダメです!」
私は慌てて口にしていた。
「この屋敷に入るのか入らないのか今日中に決めろ。今ならライリーとアリアは中庭でお茶をしているぞ」
私は頭を下げると急いで中庭に向かった。
随分と年下のメーデル様に、いつの間に私の恋心を知られたのか疑問だが、アリアの前では聞けないな。
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私が仕えるクレアンナート公爵夫妻はお二人共優秀である。私よりずっと年下のお二人に、私は掌で転がされているようだ。
それでも日々楽しいと感じているのだから、私も大概仕方がない男だな。
公爵閣下の友人。これが私の今の主な仕事である。
〜 第二章 fin 〜
ここまでお付き合いいただきましてありがとうございます。
明日からの第三章は、ライラリンネの姉編です。
そちらもよろしくお願いします。
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