3章 拠点
アムールたちはミラバール王国を抜け、その先のベティスの町へと辿り着いた。親睦会推しのアムールを抑えることができず、しょうがなく皆は酒場へと入っていく。
席に着き皆は酒の入ったコップを渡される。
「え?透明な血もあるんだね」
アムールはコップの中を覗き込むとそう呟いたのだった。
「透明な血?君は何を言っているんだい?血な訳がないじゃないか」
「じゃあ、これは何?」
「お酒だよ、お酒。知らないのかいアムールくん」
「知らない…。血以外に飲んだことないよ、僕」
マリルはニコニコしながらアムールにお酒の説明をしている。
「まぁ、とりあえずアムールが俺をリーダーと決めたからな。皆、よろしく頼むな。俺の名前はウブスだ、とりあえず乾杯」
適当な仕切りで始まった親睦会。隣でグビグビ飲みながらお酒を語るマリル。だが、アムールはいっこうに飲もうとしない。そこに何やらピンク色の髪の女性が近づいてくる。
「お兄さん、勝負しない。勝ったら奢ってね」
女性の勝負という言葉にアムールは目が輝きだす。先ほどまでずっと怖くて飲まずに眺めていた酒だが、勝負という言葉が全ての恐れを忘れさせた。
「いいよ、飲んだことないけど」
「え?酒を飲んだことないのかい?じゃあ、止めといたほうがいい。俺は強いからな」
「へー、僕に勝てるなんて、本気かい?」
そうやってアムールとピンク色の髪の女性ジジとの戦いが始まった。そして即座に終了したのだった。コップ1杯飲み干す前にアムールはダウンし、ジジが勝利した。
「え!?大丈夫、アムール」
ヨルムが盛大にぶっ倒れたアムールに駆け寄る。その後、アムールは朝まで昏睡睡状態だった。酒場で起きたアムールを皆が覗く。
「お兄さん大丈夫?」ジジがそう聞くと、「お前強いな。僕の仲間になってくれ。そしたらもっと楽しそうだ」無邪気に笑うアムールを見て、「いいよ」と言った。
それから皆で今後の話をした。
「とりあえずお前が伸びてる間ずっと酒飲んでたからほぼほぼ金はない」とウブス。
「特にジジの酒代が響いてるんだよね」と恨めしそうな顔をするマリル。
「マリルも変わらないよ」とニカ。
「金がないからと言って寄合所で仕事はもらえないぞ。俺賞金首だし」とライト。
「えっ!そうなの、いくら?」とライトに乗っかるジジ。
「半分も出したんだから私はもう出しませんからね」とビラボ。
「この集団で酒場は危険だね」と笑っているヨルム。
皆が悩む中、アムールは笑いながら「ベティスで一番お金持ってる人を仲間にしよう」と安易な言葉を口にするのだった。それにはベティスに詳しいジジが返答する。
「この町で一番のお金持ちは奴隷商をやっているガス=バサラクだな。事実上ベティスで一番発言権を持っている奴だろうな」
「じゃあ、今からガスと話をしにいこうよ」
「いや、待て。ベティス一の男だぞ。話どころか近づこうとしただけで消されるぞ。俺はまだ死にたくないぞ」
能天気なアムールに猛烈に反論するジジ。だが、他を見れば反論するどころか何故か諦めの表情を浮かべているのだった。
「お前らも、ガスの力は知ってるだろ。何故止めない」
「いや…、ガスもそうだが、こいつもなかなか厄介だぞ」とウブスは苦笑いをしている。
「大丈夫よね、アムール」
ヨルムは心配そうにアムールに問いかける。それは奴隷商と言う言葉に過去がフラッシュバックしたからである。
「奴隷商人なんて辞めさせて、俺たちの仲間にしよう」そう言ったのだった。まただよ、と皆はもうお馴染みの光景だと笑ったのだった。全く訳の分からないジジだけが困惑しているのだった。
「ジジ、大丈夫さ。こいつを知れば多分ガスだって普通の人に見えるから」
マリルの言葉に皆から絶大な信頼を受けているアムールが少し怖くなったのだった。
(俺は…、簡単に仲間になるなんて言ったけど…、選択を間違ったのか…。)
冷や汗をかくジジに皆は笑いかけるだけであった。
「アムール、それで、どうするんだよ」
ウブスの問いに、「えっ?話に行くだけだからそのまま行ったらいいんじゃないの?」と答え、もうなる様になれと半ば諦めモードのジジだった。
アムールたちは酒場を出てそのまま大所帯で真っすぐガスの屋敷へと向かっていった。アムールを先頭にして後ろに皆が控えている。
「作戦も何も考えてないが、俺はどうしたらいいんだ?」
「いや、どうも何もな…。見てたらいいと思うぞ」
何も気にしていないウブスにジジは高鳴る鼓動をグッと抑え込む。そして、アムールは正面からガスの豪邸に入っていった。皆はその後ろを歩く。不法侵入者を撃退しようとガスの手下共が向かってくるが、誰一人アムールに触れることができずに倒れていった。
「な…、何が起こっているんだ…」
ジジは目の前の光景に唖然とすることしかできなかった。
「危ない!!後ろからて――」きが、と言おうとしたのだが攻撃されるまえに敵は意識を失い倒れたのだった。そんな攻撃の中でも誰一人手を出そうとする者はいなかった。それどころか、アムール以外の面々は楽しそうに会話して笑っている。まるでただ散歩しているかのように。そして邸宅内に入り、あっさりとガスに対面したのであった。
「お前がガスだな。奴隷なんてもう集めるな。僕たちともっと楽しいことをしよう」
アムールの言葉に警戒するガス。それもそのはずだ。ガスはアムールたちが敷地内に侵入してきた時からずっと見ていたのだから。逃げないんじゃない、逃げられないと諦めたからこそ、ここに残っていたのだった。
「何だ、それは?」
そう問うガスに「土地神殺し」と笑顔でアムールは言った。
「土地神とは?」
「バルクだ」
その言葉にガスは笑った。この大陸の土地神を殺そうなんて思った者はこの大陸にはいない。それをやろうという男が目の前に立っていた。
「いいだろう」
ガスは首を縦に振った。
「じゃあ、ここに住ませてくれ」
そう言って、アムールたちの拠点兼家は決まった。その後、手下たちは解雇し、奴隷たちも解放した。行き場のない奴隷たちはガスの家の敷地内に住ませ、家事手伝いなどの仕事を与えたのだった。
下準備は全て整った。仲間も集まった、お金もある、そして拠点も。後は命令を実行に移すだけ。そう思い、アムールは皆を集め、話を始める。
「実は土地神を殺すのはうそだ」
「「「は!?」」」
開口一番、皆は度肝を抜かれたのだった。だが、皆知っている。というかもうアムールを信じているのだった。だから、皆それ以上のことは言わずに黙って続きを聞こうとする。
「僕はここではない古魔区の出身だ。覇王の部下なんだ。ここへ来た理由は覇王を出し抜いた罪人を捕らえにきたからなんだよ」
「土地神は全く関係ないのか?」とウブス。
「いや、関係なくはない。バルクを人質にしてその罪人を誘き出す」
その言葉に皆は無言になるのだった。少し経って、「それは…、殺すより難しいんじゃないのか?」とジジがあっけらかんとしている。
「この大儀を果たした末には覇王から褒美が貰える。それを君たちへの報酬とする。そのために力を貸して欲しい」