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「わあ…!」
ミオに手をひかれて連れて行かれた先は、きらきらと光る星空の様な場所だった。
「とても綺麗ですね、ミオ!」
「そう。君ならそう言うかもなって思ったんだ」
薄い緑や青の光が木々の間に満ちている。
それはとても幻想的で、美しい光景だった。
「ミオ!ミオ、これは何でしょう。
まるで空の星空が零れ落ちてきたみたいです」
「キノコだよ。ずっと前に見つけたものだけど、君、キノコが好きみたいだったから」
そういえば、ミオと二人で薪を拾い集めていた時、リルディアは木の根本に生えていたキノコを見つけて喜んだ記憶がある。
リルディアが知るキノコは既に調理されたものと本で見るものだけだったから、実際に自分の目で見つけられて嬉しかったのだ。
「キノコって、こんなにきらきらと光るものだったんですね。知りませんでした」
「全部のキノコが光るわけじゃないよ。
俺が知る限りでは、ここに生えてるものしか光ったところは見たことないな」
「まあ!特別なキノコだったんですね」
きらきらと光る光景はとても綺麗で、それに加えてミオがこんなに素敵なものをリルディアと共有してくれたことが、とても嬉しく思えた。
「そうかも。見つけたときは何も思わなかったんだけど、君がただのキノコを見つけて大騒ぎしたことがあったよね。
あれを見て、ここに連れてきたらきっと喜んで、面白く騒いでくれると思ったんだ」
「…こほん。一言、二言余計ですけど。ええ、許します」
彼と話していると、リルディアのことを珍獣だと思っているのではないかという疑惑が常に高まる。
面白いだとか、騒ぐだとか、レディに言う言葉ではないことは明らかだ。
「へえ、許してくれるの?」
ミオの目が細まる。
「はい。きっと、この景色を見せてくれたのが貴方じゃなかったら、こんなに素敵な気持ちにはなれなかったでしょうから」
リルディアは心からの笑顔をミオに向けた。
行き詰まった状況の中で、ミオがリルディアの手をひいてくれたから、この光景を一緒に見てくれたから、リルディアはこんなに美しいと思ったのだ。
「そう。俺も、何だか変な感じだな」
「どうかしましたか?」
「うーん、何だろうね。…やっぱり、俺には分からないみたいだ」
ミオは何かを考え込むような仕草をしていた。
彼が悩む素振りを見せるのは珍しい。
少なくともリルディアの前では、ミオはいつも不敵そうな表情を浮かべていたから。
「でも、そうだな。
君とここに来て、よかったと思う」
柔らかな笑みを浮かべるミオに、一瞬で目を奪われた。
「…私もです。ミオ」
「ねえ、君さ。何か言いたいことがあるんじゃないの」
ミオの顔から笑みが消えた。
「…?言いたいことですか。……あ、ここに連れてきてくれた御礼を言っていませんでした。
すみません、ついうっかりして。
ありがとうございます、ミオ」
動機が何にしろ、リルディアのことを思って連れてきてくれた面もきっとあっただろう。
それなのに御礼も言っていないなんて、ミオからすればとてつもないうっかりものに見えただろう。
恥ずかしい。
「どういたしまして。
いや、それはいいんだけど。感謝してますって、顔に書いてあったし」
「えっ、そうでした?そんなに分かりやすくしていた覚えはないのですが。
ですけど、それなら他には特にないですよ。
それとも私、何か失礼なことしてしまいましたか?」
「本当にないの?」
じとりとした目で見られるが、何かをした覚えはなかった。
「はい」
「…俺の両親に、何か不満とかないの?
こんなところにつれて来られて、何か不満とか、不安とか、あるんじゃない」
「え。それは」
ミオの両親に不満や不安があるかと聞かれれば、勿論ある。それこそ山のように。
けれどそれをミオに言うつもりはなかった。
「勿論、ありません」
「いや嘘でしょ」
取り付くしまもないとはこのことだろうか。
否定はほぼ間もなく跳ね返されてきた。
「ええ、ありませんってば」
「何か思うこととかあるんじゃないの」
「それは、環境が大幅に変わりましたから。
思うことがないわけではないですけど、貴方に言うことではないです」
真っ直ぐにじとりとした目を向けてくるミオの目を見ていられなくて、あからさまにならない程度に彼から目を逸らした。
「へえ。例えばだけど、何かされるとは思わないの?
俺、あいつらが君の服とか売ってるの見たよ」
「それは、それは私が貴方の両親に渡したんです。
生活が苦しいと言われたので、置いてもらう御礼の意味もありました」
本当は売っていいと渡したのはいくつかの装飾品とリルディア自身が切った髪だけだったが、それを正直に話してもきっと墓穴を掘るだけだ。
「へえ、そう。
うん、そうなんだよ。
あの家は暮らしが厳しいんだ。
だからいつか、売られちゃうかもね。君も、俺も」
にこりと何ともないような顔で笑うミオは、一体どんな気持ちだったのだろう。
リルディアは笑うミオの肩を掴んだ。
「そんなことはありません。
貴方は、そんな目には合わない。
捨てられるとか、売られるとか、そんなことは起こりません。
ええ、絶対に」
先を知っているリルディアは、自分が言っていることがどんなに無神経で、無責任か分かっているつもりだった。
けれど我慢できなかったのだ。
リルディアにとっては悪辣な人攫いだったとしても、ミオにとってはずっと一緒に暮らしてきた両親で、家族だ。
家族に裏切られる辛さはリルディアも味わっている。
偽善で、気休めで、もしかしたら余計に傷つけることになるかもしれないと思っても、ミオに両親の思惑を伝えずに二人で逃げる道だってあると信じたかった。
「…君さ、もしかして俺が傷つくとか思っている?」
「え」
「………はあ」
ミオはリルディアのことを信じられないというような顔で見て、それから顔を思い切り顰めて溜息をついた。
「呆れた…。君って賢い癖にどうしてそんなに馬鹿なの」
「はあ?!そんなこと言われる覚えは」
反射的に否定をぶつけようとしたが、具体的な案もなく嘘をついたことを思い出して口を噤んだ。
「黙っちゃった。何だか俺、君が弾き出された理由分かる気がするよ」
「う」
心底呆れたという眼差しで見られて、ミオの顔を見れなかった。
ミオがどうしてここまでリルディアを責めるような態度をとるのかは分からないが、分からないからこそ、自分はここにいるのかもしれないと思ったことがあるのだ。
ミオに呆れられたように、家族や学友達もリルディアの無自覚な行動に呆れていたのかもしれない。
そう思うと切なくなってくる。
「…泣き虫」
「………泣いていません」
「おまけに嘘つきだ。救えないね、君は」
「……」
ミオの言うことは全部図星で、言い返す言葉が見つからなかった。
「っ?」
「泣かないでよ。
君がそういう顔をしているの、何だか嫌なんだ」
ミオの指先がリルディアの目元をくすぐる。
「ごめんね。君が俺の理解を超えた馬鹿だったから、八つ当たりをしたみたい」
「やっぱり、二言も三言も余計です…、貴方は」
それでも、リルディアの機嫌を伺うような目をして困ったように涙をぬぐうミオを、責める気にはなれなかった。
「うん。君が初めてなんだ。どうか多めに見てよ、お姫さま」
「許します。
…ミオは、私のことを許してくれますか」
何が初めてなのかは分からなかったけど、適当なことを言っているようには見えなかった。
「許すというか、うん、いいや」
何かを、考えるような仕草をした後、ミオは首をふった。
「俺も君を許すよ」
「…それじゃあ、仲直りですね?」
「喧嘩してたの?知らなかったな」
「ミオは鈍感ですね」
からかうように笑ってやる。
いつもからかわれてばかりいるから、少しのお返しのつもりだ。
「そうだったんだけどね」
「ミオ?」
「そろそろ帰ろうか」
どこか様子がおかしい気がして名前を呼ぶが、顔を合わせたミオはいつも通りの表情だ。
リルディアの思い違いだったのだろう。
「はい、今日は素敵な時間をどうもありがとうございました」
「いいよ。俺も楽しかったみたいだから」
「他人事みたいな言い方は駄目ですよ」
「はいはい」
「もう!仕方のない人ですね」
「あはは」
いつものリルディアをからかうようなミオの態度に、リルディアはどこか安心していた。
(ミオはいつも笑っていたから、さっきみたいな顔は調子が狂うもの)
そういえば、ミオもリルディアの泣いた顔は嫌だと言っていた。
そんな小さなミオとの共通点を見つけて、リルディアは胸が温かくなっていくような気がした。