4話
風の音一つしない静かな夜、リルディアは一人頭を抱えていた。
(眠れない…)
今の季節には少し肌寒いと感じる布切れを布団にして、眠りにつこうと目を閉じたのはもうどれくらい前のことだったろうか。
朝からミオと一緒に働いて、身体は疲れているのに頭が覚めていた。
眠らなければと思うのに、意識すればする程思考がはっきりしていく気さえする。
(うーん…。こんなに眠れないのなら、いっそ夜通し脱出計画でも立てていた方が建設的かしら)
前にリルディアとミオが殺された日まで、後2日しか残っていない。
この家に来てからずっとそのことを考えていたのに、未だ良案は浮かばず終いだった。
まず前提として、この家から出ること自体は容易い。
けれどそれは、リルディア一人でならの話だった。
(この家には鍵がかかっていないし、いざとなれば窓からだって出れるもの)
それでもリルディアの計画が上手く進まないのは、ミオにどう話したらいいのかが分からなかったからだ。
一緒に逃げようと言えば、当然理由を説明しなければならないだろう。
そうしたらリルディアが一度死んでいることを話して信じてもらわなければいけないし、何よりもミオの両親がリルディアとミオを奴隷として売ろうとしていることを話さなくてはいけない。
信じてもらえるか、もらえないかではなく、リルディアはミオにそんなことを言いたくないのだ。
(実の両親にそんな非道なことをされるなんて話、絶対に言えないわ)
けれど、ミオの両親のことについて話さず、ミオに着いてきてもらう方法が思いつかない。
(本当にどうしようかしら)
「…っひゃ?!」
ぐるぐると考えを巡らせながら寝返りをうつと、目をぱっちりと開けたミオと目があった。
「眠れないのかな」
驚いて飛び起きたリルディアとは対象的に、ミオはいつも通りの笑みを浮かべて余裕の表情だ。
「お、お、起きていたのですか」
「君がごろごろ転がっているものだから、起きちゃった」
目を閉じてにこりと笑うミオ。
「そんなに転がってなどいません!それにっ」
「しーー。…あはは。怒る君は面白いけど、あれが起きてきたら面倒だから」
「………」
ミオの人差し指で封じられるように口を塞がれた。
女性の唇に触れてはいけないだとか、面白いとは何なのかとか、いろいろと言いたいことはあったが黙った。
ミオの言う通り、騒いで彼らに警戒などされては今よりも更に脱出の難易度が跳ね上がる。
「ねえ、手を出して」
自身の布団をはねて、ミオはリルディアへと手を差し出した。
「はい?」
何を言われているか分からなくて、この手をとっていいのか、リルディアは考える。
「駄目かな?」
首を傾げながらも、ミオは手を引かなかった。
リルディアも、今更彼に酷いことをされるとは思わない。
だから、ミオの掌の上に自分の手を重ねた。
「特別ですよ」
「ありがとう、お姫さま」
にこりと笑って、リルディアが言われたこともない口説き文句のような言葉を、ミオさらりと差し出す。
ほのかに熱い頬は、きっと暗がりに紛れてミオからは見えないはずだ。きっと。
(私はもう妙齢の貴族の娘なのに、いや、だったのに!こんな言葉に恥ずかしくなってしまうなんて、そんなの駄目だもの)