3話
「君ってさ、どうしてこんなところにいるの?
帰る家がないとか言っていたけど」
その日、ミオとリルディアは暖炉にくべるのに手頃な枝を拾いに森に出ていた。
不意に出されたミオからの話題にリルディアは固まる。
「……ど、どうしてと言われると、私も返答に困るのですが。
……………シャルナディーク家長女としての身分を剥奪されて、それでですね」
「ふうん。それから?」
にこりと笑いながらミオがリルディアの言葉を促す。
「それから、それからは貴方の父君に連れられて、ここにいます」
「うん、そうなんだろうけどさ。
そうじゃなくて、どうしてそうなったの?
貴族様って、そんなに簡単に身分がなくなってしまうものなの」
ミオは笑顔を崩さなかった。
リルディアとしては楽しい話題をしているつもりはないのだが。
「いいえ。貴族としての立場は重く、そう簡単に爵位を揺るがされることは有り得ません」
「それなら君は、そう簡単じゃないことを仕出かしたことになるのかな。
それは一体何だろうね」
「…ミオ、随分と楽しそうですね?」
同情だとか、リルディアの罪に嫌悪を抱いたりだとかの反応なら理解できるが、ミオの態度がリルディアには分からなかった。
「楽しいのかな?
知りたいと思ったことを知れるのだから、楽しい、のかも?
うーん、どうだろう」
そう言うミオは誤魔化しているようには見えなかった。
リルディアの不幸を楽しんでるのかと疑ったが、この様子を見るとそういう訳ではないのかもしれない。
「…貴方の好奇心に応えられず申し訳ありませんが、私が伯爵家から断絶を言い渡された理由。
それを正直に話すのなら、私にも分からない、としか言いようがありません」
「…分からない?」
「ええ。
学校で行われた秋を祝う式典。
そこで、私は伯爵家の娘としての身分を剥奪すると言われました。
そこには父と兄もいて、王女殿下が私に下す沙汰を聞いていたわ」
あの時、何も構えずパーティを楽しんでいたリルディアはただ呆然としているしかなかった。
『リルディア・フォン・シャルナディーク。
貴女の私を含む複数の諸侯貴族に対する不敬な態度は到底許すことは出来ません。
よってリルディア、貴女とは本日以降、お会いすることはもないわ。
既にシャルナディーク伯も承知のことです。
貴女の伯爵家令嬢としての身分、権限、それらの全てをここで剥奪します!』
「その後は殿下が指示をしたのか、警備の騎士に馬車に詰められて、森の中に捨てられました」
それからのことはミオも知っての通りだろう。
「その話からすると、君の罪は王族と貴族への不敬罪ってことになるのかな」
「ふ、不敬罪……。ええ、ええ、まあ、そういうことに…」
不敬罪だなんてものは、相当なことを仕出かさなければ適応されない。
学院には当然、王女殿下をはじめとするリルディアよりも身分が高い存在は多くいた。
そんな彼らに、無礼を働いた覚えがリルディアにはなかったのだ。
身分のある諸侯と王族、それに加え肉親までもがリルディアの貴族としての振る舞いを糾弾したということは、リルディアに罪があることはまず間違いない。
公の場で断罪をしたならば、そこには大きな責任が伴うからだ。
もしも冤罪だったなら、リルディアを罰した者達の名に傷がつくことになる。
あの時行われたことは、確信を持っていなければ出来ないことだった。
「それじゃあさ、君は具体的に何をやらかしたの?」
「……分かりません」
リルディアに罪があることは状況からして確かだが、前回と合わせて10日ほど考える時間があったにも関わらず、その罪がどのような行動から生まれたのか分からなかった。
「…君の話を聞くと、目の前の君は、どうしようもない大罪人ってことになるんだろうけど。
よく分からないな」
そう呟くミオはつまらなそうで、だけどどこか困ったようにも見える。
「だって、君。
これって、遠回しな死刑でしょう」
「え?」
「おかしいと思わない?
罪を犯した貴族が修道院にいれられる話はたまに聞くこともある。
けど、君の場合はこんなところに置き去りだ」
「あ…」
ミオの言う通りだ。
通常ならば、罪を犯した貴族は酷くて牢屋送り、それ以外なら修道院におくられるものである。
「大事に育てられた君が、こんなところに置き去りにされたらさ。
そのまま死んじゃうか、死ぬより酷い目に合うかのどっちかだって分からないほど、君を追い出した人は頭が悪かったのかな」
ミオの顔が再び笑みを浮かべる。
「…悲しいの?」
「……はい、とっても!」
「っわ!」
リルディアは拾った小枝をその場に放って、ミオの腕を自分の方へと引っ張った。
リルディアが抱えていたものと、彼が抱えていた小枝が地面へと散らばる。
「訳がわからないし、悲しいし、あの中の一人くらい、私の話を聞いてくれていたら、せめて具体的な理由くらい教えてくれていたらって思うわ」
「っ、そうだろうね」
「けれど、今はいいの。そんなことを考えている余裕はちっとも無いわ」
腕を掴まれて困惑しているだろうミオの目を、リルディアは挑むように見つめた。
「貴方には分かるかしら。
私、どうしても叶えたいことがあるの」
「…貴族に戻してもらうこと?」
「残念、はずれです」
困ったような眼差しを浮かべるミオに、さっきのお返しとばかりにリルディアは満面の笑みを浮かべた。
「難しいよ。俺には君が分からないのに、公平じゃないと思う」
視線をリルディアから逸らすミオは、少し拗ねているように見える。
「まあ、私のことが知りたいのですか?」
「当たり前だろ。そんなこと」
「え、ええ、まあそうですね、私はすごいですし、高貴ですし、知りたいと思うのは、はい、当然ですよね」
てっきり否定が返ってくるだろうと踏んでいたのに、この少年は変なところで真っ直ぐだ。
そのせいで変に偉ぶってしまった。
こんな言い方ちっとも高貴でも何でもないのはリルディア自身も分かっている。
「君って、変なところで顔を真っ赤にするよね。
暑いの?」
「はい、ええ、随分と歩いたからでしょうか。
何だか暑いです!!」
顔を近づけられて更に顔が熱くなる。
男性にこんなに近くに寄られたことはないし、それに加えてミオはとても綺麗な顔をしている。
心臓も頭もおかしくなってしまいそうだからやめてほしかった。
「ふうん。
俺には、君が照れて真っ赤になってたように見えたけど、勘違いだったんだ?ごめんね」
にっこり。
そう音が出ているんじゃないかと思う程にわざとらしくミオが微笑んだ。
「……ええ!貴方の勘違いですとも。
はい、照れてなんかいませんし、綺麗だなんて思っていません!勘違いしないでください!!」
穴があったら入りたい。
「はーい。ごめんね、勘違いしちゃって?」
涙目になっているリルディアに、ミオは笑みを深める。
同年代の異性と接した機会に乏しいリルディアにも分かる。
絶対、絶対に、ミオは特別に意地悪だと。
リルディアはこのとき思ったのだった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます!
更新のお知らせやイラスト等、小説投稿用のツイッターアカウントを作りましたので、興味を持って頂ければフォローしてもらえると嬉しいです。
(URL↓)
http://twitter.com/kana_380