題名なし
冒頭のみ
目が覚めたら、目の前の少女は泣いて抱きついてきた。
それが最初の、私の記憶だった。
白と薄い緑色のカーテンと、響く機械音。一定の速さで、それはリズムを打ち続けていた。
身体中が痺れるように痛んだ。左足の感覚はなかった。ただ、目の前の少女に抱き起こされても痛みはさほど無かったので、どうやら久々に筋肉を使ったためだとわかった。
バタバタと足音が聞こえてきて、慌ただしく数人の人が部屋に入ってくる。一通り検査を終えると白衣を纏った女性は淡々と私に説明をしてくれた。
私が最近流行りの病に罹り、記憶を失っていること。その記憶は戻ることはないのだということ。全身擦り傷だらけではあるものの、頭をぶつけたりはしておらず、足は約一ヶ月で治るらしいということ。それから、真っ先に抱きついてきた少女は私の妹らしい、ということ。
そしてどうやら私はそれなりの家の出らしい。自覚もないのはしょうがないが、何故かしっくりこなかった。
妹と名乗る彼女は個室のこの病室に数日居続けた。用事があると帰ってから、ようやく一人になれた瞬間、気を張っていたせいもあってか私はいつの間にか眠りについていた。
目が覚めたら、首元にヒンヤリとした感触を覚えた。
「お前はここで何をやっている」
「質問に答える前にまずそのナイフを下ろしてもらえないか? 首を傷付けたくはないんだ」
「お前がそんなヘマをするとでも?」
頭に恐怖の文字が浮かんだ。暗闇で顔よくは見えないが、銀の髪に青く澄んだ瞳をしていたのは分かった。
ただその目は鋭くこちらを睨みつけていた。
息をするのさえ、拒まれるようだ。
「お前はどこまで覚えている何の病気に罹ったまさかその怪我でここにいる訳じゃねーよなお前のような奴がどんなヘマしたらこんなとこにいんだよ、なあ……答えろ、愛紗」
勢いよく肩を掴まれまくし立てられる言葉の羅列、カランと響くナイフの落ちた音さえ気にならないくらいに彼は怒鳴るように一気にその言葉を吐き出した。
殺気と、僅かに歪んだ表情から滲んで伺えるそれと矛盾した感情。悲しげで泣きそうで、寧ろそれを通り越して儚げにさえ映る。
「アズサ……それが私の名前か?」
そう問いた瞬間弾けた彼の表情は酷く切なく見えた。
「……忘れたんなら、もう二度とこっちに歩み寄んな」
そう言い残し名乗ることさえせずに彼は姿を消した。
しばらくしてようやく睡眠についたと思った矢先、慌ただしく「妹」が部屋にやってきた。
「アリサ姉さん、昨日帰ってからお父様と話をつけて家で療養してもらうことにしたの。私が荷物まとめるから、姉さんは準備して」
専門医ももう手配してるから安心して、さあ早く、と彼女は嬉しそうに笑う。
「……私の名前はアリサと言うのか」
「え、ええそうよ。昨日先生も言ってたじゃない、ろくに話聞いていなかったのね、姉さんったら」
「……、そうだったか、すまない」
彼女の表情が一瞬固まったか、ふむ。
「たが、行くのは明日にしてくれないか? 昨夜あまり寝れなくてな、準備するものもほとんどないし自分でも出来るから、明日の朝また来てくれないだろうか」
「そっか、残念。やっと一緒に暮らせると思ってたのに、それなら仕方ないね。明日の朝また来るね」
……案外引くのも早いな。
「ああ、すまない」
バイバイ、と上品に手を振って部屋を出ていく彼女を確認してから、ふっと息を吐いた。
「――いつからこの部屋にいた? 関わるなと言ったのはお前ではなかったか」
「口調や仕草は記憶をなくしても残ってるんだな」
カーテン越しに聞こえる声は昨日より随分と穏やか、というより感情を感じられない。
「私の質問に答えてくれないか、名を知らぬ青年」
妹がアズサに怪我を負わせ病原菌を注射した張本人だとか、アズサは生まれて直ぐに捨てられ殺人鬼になっていたりだとか、龍と同業者で殺し屋のプロだったりとか二人共好きあっていたりだとか妹は実の姉が両親を殺したことを憎み嵌めてから殺すつもりだったりまあ色々
続きません