既読:カツサンドありがとう。美味しかったよ!
その後。
私と佑白はサークル棟の警備員にノート持出前夜の話を聞きに行った。
しかし、彼はあの日サークル棟に侵入者はいなかったと断定した。
「君たちの部室ね。街灯がちょうど一晩中照らす場所にあるじゃない。カーテンもいつも開きっぱなしだしさ、だから結構目立つんだよねえ。たかがノート一冊のために盗みに入ろうとするバカっていないんじゃないかなあ」
空振りだった。
午後の講義は三時からなので、私たちは余った時間で映像作品をチェックすることにした。
アトラス・シトラスがどこかに映ってないか見つけるためだ。
「えっと、DVD、どれだっけ――」
すっかり人の気配が無くなった部室で大げさにDVDを読み込む音がする。
洋楽に合わせて軽快に流れるプロモーションを眺めていると、佑白もコタツに入りカバンからカツサンドのパックを取り出した。
喫茶麝香堂名物の甘辛いカツサンドだ。
今回大学祭に合わせて制作された映像作品は十編。
六編が物語で二編がドキュメンタリー、残り二編はクレイアニメと紙芝居。
それら作品の合間に制作風景を切り取ったPVが挿入されていた。
「これ作ったの誰だっけ?」
PVを見ながら尋ねた私に、佑白はカツサンドを半分差し出しつつ答える。
「副部長」
「……あいつ、本当に解りやすい好みしてるよね」
「巨乳好きみたいだね」
PVは作業中の部員の様子がランダムに切り取られて作られているのだが、どうも副部長の好みの女子に割かれた時間が多い。
秒単位で切り替わる学生の映像の途中で、佑白が小さく「あ、でも」と呟く。
「この一年、偽物だよ。合計五百グラムはありそうな柔らかいパッド入れてた」
なぜ彼が知っているのか、聞くまでもない。
結局PVに映っているのは学生だけだった。
焦れる思いでチャプターを飛ばし、最初の作品を観る。
観たいのは内容ではないので、エキストラのいないシーンは早回しだ。
「そういえば、佑白は覚えてない?」
早回しから注意を逸らさないまま、私は佑白に話しかける。
「黒髪でショートカットのお姉さん。華奢だけどガリガリって感じじゃなくて、お尻のラインが綺麗な」
「覚えてないよ」
佑白は断言する。
「女にはすぐに目をつけられる癖に?」
「相手にとっては俺一人を見てても、こっちからしたら皆その他大勢だしね」
「……佑白ってたまに嫌味よね」
「ほんとの事だし」
指についたソースを舐め、佑白はさらりと返す。
ブロウフレームで縁どられた穏やかな眼差しが印象的な事を除けば、佑白は飾り気のない地味な男子学生だ。
それでも佑白には街路灯に群がる蛾のように、ふらふらと女が引き寄せられる。
引き寄せられた女たちは蛾と同じく、勝手に焼けて潰えていくのだが、がつがつと彼女や数を求める男子学生にとって佑白は羨望の存在だろう。
「カツサンド、いただくね」
「どうぞ」
私は考えながら、頂戴したカツサンドをありがたく齧る。
じわっと染みだす肉汁とマスタードが効いたソースが絶妙で、冷えているにも関わらず甘くておいしい。
じんと口の中が痺れる旨味にひとしきり夢中になっていると、私を見て佑白が唇の隅っこで笑う。
「子供みたいな顔して」
「だって美味しいじゃない」
それから一作目を通してみたものの、エキストラを使ったシーンはなかった。
続いて二作目、副部長が撮った青春映画を視聴する。
ラストシーン、主人公が屋上で学ランを脱ぎ捨てる場面に大勢のエキストラが映った。
頬杖をついた佑白が、あっと声を出す。
「俺。この日、一般男子生徒役で参加したよ」
「本当に!? ねえ、アトラス・シトラスっぽい人いなかった!?」
「だーから、覚えてないって」
佑白はにべもなく首を振る。
「自分で確認しなよ。俺の記憶なんてあてにしないで」
「わかったわよ」
コマ送りで真剣にチェックしていると、佑白がごろりとコタツに寝そべる。
「そういや俺が見てもわかんないし、寝るね」
「ちょっと、」
「頑張ってね」
もうすっかり寝に入った声だ。
すぐにいびきをかきはじめた佑白をよそに、私は時間が許すまで映像をチェックした。
――しかし結局彼女の姿は見つけることができなかった。
服装や髪形が少々変わっていても、忘れるわけはない。
磨き上げた大理石のような、艶やかで黒々とした眼差しは鮮明に心に焼き付いている。
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講義開始ぎりぎりまで粘った私は、部室を出る前に本格的に寝入っていた佑白を起こす。
「私、そろそろ行くから」
「んー、わかった。で? 見つかった?」
私の渋い表情で察した佑白は、半眼の呆れた表情になる。
「その女、ほんとはエキストラでもなんでもなかったんじゃないの」
「カツサンド、ごちそうさま!」
佑白のツッコミは聞かないことにして、私は時間ぎりぎりになった講義に間に合うよう、サークル棟を駆けだした。
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