うん、絶対こうなると思ってた。
「ノートを持ち出した人が、いない……?」
数十分後。
定例会では大学祭における収支報告、昨日打ち上げ前に行った役員反省会の内容報告等が行われた。
通り一遍の連絡事項を済ませた後、副部長がノート持出の注意と共にノートのありかを尋ねた。
しかし、誰も名乗り出る者がいなかった。
昨日、最後にノートを使ったのは書記とその友人数名だと判明した。
「でも私達、エキストラ参加の人たちにDVDの発送連絡をするために名簿を使っただけで」
「スマホのカメラで撮って、名簿は本棚のフックにそのままかけました」
「おいおい、無断撮影厳禁だぞ」
副部長は思わず口を挟む。
「すみません……」
「でも、私達そのまま部室の鍵を締めました! なので、私達は持ち出しはしていません」
「信じてください!」
副部長は唸った。
「スマホで写真を撮ったこともばらしてまで、嘘をわざわざ付く必要は無いしな……信じよう」
そして、彼女たちがノートをフックにかけて部室を出た様子は他の学生も目撃していた。
「それなら勘違いということもなさそうだな」
ううむ、と副部長は頭を捻る。
彼女たちが昨晩最後に部室を出た人間で。
そして、彼女たちが出てから早朝までの間にノートが消えたのだとすれば。
夜間に部室に侵入した人がいるということになる。
――夜間のサークル棟使用は厳禁なので、それだけでも厳罰ものだった。
「大勢の前では言い出しにくいかもしれないから、知っている人はまた後で来てくれ」
いったん役員以外は解散の運びとなったが、役員以外が会議室から散った後も結局――ノート所持を名乗り出る人はなかった。
「つまり、ノートは行方不明、と」
役職名:新入生サポートスタッフな私も残った会議室。
役員は輪になって頭を悩ませていた。
「いや、まだ言い出せてないだけかもしれないよ」
部長は苦笑した。
四年生ともなると片足社会人に足を突っ込み始めたせいか、彼は三年生までとは違う独特の落ち着きがある。
「まあ、数日様子をみて、それでも戻らなかったらまた考えるということで……」
「盗難事件と思ったほうがいいんじゃないですかね」
曖昧にしようとした部長に切りこんだのは、三年の会計だ。
「盗難事件が起きたなんて委員会にバレたら、これまで以上にサークルの自由が無くなりますよね。今までも目をつけられるし、ウチ」
副部長(そういえばこの人も四年だった)が口を挟む。
「おいおい、大げさじゃないか?」
会計は「大げさじゃないですよ」と副部長を睨んだ。
「ウチ、外で派手に撮影許可もらったり、外部の人にエキストラ参加を募ったりしてるでしょ。そういう堂々としたやり方、保守的な他サークルや大学側から少し嫌がられてるみたいですし」
「う」
「ほら、前にもあれこれモメて大騒ぎになりかけたとき、部外者の参加をエキストラ参加のみに限定したでしょ。あの時は問題を内輪で解決できたから事なきを得ましたけど」
「う、ううう……」
「今度は個人情報の流出ですからね。外部に漏れたらどれだけ大騒ぎになるか」
会計の言葉を受け、場がしんと静まり返る。
個々数年、大学側がサークル委員会を通じて学生の活動に制限をつける事が多くなってきた。十年前の先輩はサークル棟を二十四時間利用可能だったというし、大学祭では飲酒することもできたそうだ。毎年毎年制限がじわじわと厳しくなり、もはや高校の学祭とほぼ変わらないのではと愚痴がでる勢いだ。
そんな昨今、外部の人間を含む個人情報が流出したとすれば。
サークルとしても、学生自治全体にとっても大きな痛手である。
「下手したら最悪、サークル廃部になるかもしれません」
会計が冷徹に付け加えた。
「まあまあ、それは考えすぎだとしても」
副部長が会計の言葉を遮る。
「持出がサークル外部に漏れる前に、俺たちで探すしかないな」
「よく簡単にそんな事をいえますね?」
じろりと睨み上げる会計に向かい、胸をどんと叩いて頷いて見せる副部長。
「大丈夫だ。俺と最上でしっかり解決しよう」
「は!?」
いきなり指名され、思わず変な声が出る。最上は私だ。
「わ、私もですか!?」
「人探しにノートが必要なんだろう? お前も役員だし、まあついでで手伝ってくれ」
「ま、まあ……」
確かに利害は一致している。
しぶしぶ承諾したところで、部長が口を開いた。
「まだ盗難事件と決まった訳じゃないから、部員の不安を煽らないようにノート捜索の件は役員の間で内密に宜しくね。じゃあ、副部長と最上、頼んだよ」
捜索の打ち合わせをする私と副部長を残し、役員は会議室から去った。
人気が無くなったところで、副部長がいきなり「じゃあ、最上頼んだぞ」と言い出した。
「は?! 一緒に探すんじゃないんですか?」
「俺が今忙しいのは知っているだろう」
当然のことのように、副部長はキッパリと断る。
「就活が目下最重要事項だ」
「な、な……」
開いた口が塞がらない。
それならさっきそう言えばいいのに、今更になって言い出すのは酷すぎない!?
「ひどいですよ先輩、私だけで探すなんて」
態度だけはたっぷり頼りがいがある様子で、腰に手を当て副部長は頷く。
「責任は俺がとるからな、勿論。最上には迷惑をかけるが、何かあったら俺にいつでも連絡しろよ。ただ就活ですぐに返事が出来ない時は悪いな、うん」
副部長は私の肩をポンポンと叩き、私が言葉を失ったのを幸いに脱兎のごとく会議室から消えた。
――このやろう。
あんた、面接で「僕はサークルの副部長としてぇ、リーダーとしての素質を活かしぃ」なんてサークルをダシに使ったってこないだ自慢してたじゃないですか。ダシに使った後はどうなってもいいってことですか、ファック!甲斐性なし!
「……もーやだあー……」
ひとしきり毒づいたところで、どっと疲れが出てきた。
犯人捜しなんて誰だってしたくない。
間違ったら完全に嫌われ者になってしまう。
要領が悪い私の負けだ。
「……しかたない……やるしかないか」
とりあえずドアの向こうに消えた無責任野郎に向け、丁重に手を合わせてやる。
「貴殿のこれからの一層のご活躍をお祈り申し上げます!!!!」
大学生が一番聞きたくない呪詛を吐き捨て、とりあえずの鬱憤を晴らし終える。
私は椅子にぐったりと座りこんだ。
喧騒が消えた部室に寒々しい風が吹き抜け、掃除の行き届いてない会議室は、学生の活気がなくなると途端に埃っぽく垢じみて感じる。
外からひょっこり佑白が顔を出した。
「都合良く押し付けられちゃったね」
外で話を聞いていたらしい。
「うん。……なんだかんだで世渡り上手というか……副部長もアレだね」
「佑白……」
「そんな目で見なくていいよ。俺は手伝うから」
「ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
佑白は当然のように言った。
押し付けてきた他の役員ども(特に副部長!)と違って、佑白のなんと慈悲深いことか。
後光が差すかのように見える彼に、私は思わず両手を合わせて拝む。
佑白は暗い海色の眼差しのままじっと私を見つめた。
「惚れた?」
「まさか」
私はきっぱり否定する。
この男は友人としていい男だが、恋人としては絶対に勘弁だ。
性別が男であるという以前に、佑白は惚れるには少々火傷が過ぎる。
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