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かわいい女子相手だとすぐにキョドるよね、佐紅。

 いつも吊るしているフックは何も引っかかっていない。

 私も捜索に参加した。


「あ、あれれ……え、他のノートと混ざっちゃってるのかなあ」


 あちこち引っ掻き回して探していると、気になったのか副部長が声をかけてきた。


「どうした?」

「副部長。名簿ノート、今誰が持ってるかご存知です?」


 副部長もランランも首を振る。

 イヤホンをしているみすずさんはこちらに背を向けたままだったが、副部長が声をかけると振り返り、私に向かって首を振った。


「名簿なんかどうするんだ。最上は確か、エキストラを使わない作品を作っただろう」


 最上、は私のことだ。最上佐紅もがみさく


「いえ、ちょっと連絡を取りたい人がいまして……」

「だ、誰か持って行ったんじゃないですかね」


 ランランが弱気につぶやく。

 それを聞いて副部長が露骨に眉を寄せた。


「部室外に出すときは俺に報告する決まりだぞ。報告なんて来てない」

「そのこと知らない一年生かもしれませんね」


 私の返しを聞いて、反射的に副部長は一年生のランランを睨んだ。


「ぼ、ぼくじゃないですよ?」


 いきなり睨まれ、ランランは慌てて首を振る。

 この副部長はどこか瞬間沸騰な所がある。


「まあまあ」


 私は二人の間に入る。


「仮にランランが決まりを知らなかったとしても、持ってるなら持ってるって最初に言うはずですよ。ね? ランラン」


 ランランは首を小刻みに振る。副部長はガリガリと短髪を掻いて唸った。


「ううむ。つまり、今日ノートを持ち出した奴がいる訳ないから、昨日誰かが連絡無しに持ち出して、そのまま返してないってことだ」

「今日持ち出した人はいないはず……って、副部長、朝からいらっしゃるんですか?」


 部室のあるサークル棟は、他の学科棟が完全閉鎖する夜十時に合わせて使用不可となる。

 その後は翌朝五時から再び使用できるようになるのだが、副部長はその時間からずっとスーツも脱がずに部室で寛いでいたらしい。


「関西方面の面接から今朝、夜行バスで帰って来たんだ。停留所がちょうど近くにあってな。今日も講義が入ってるし一度家に帰るのが馬鹿らしくなってなあ」

「た、タフですね……」

「早朝の大学を眺めるのも面白いぞ。日が昇る前から校内清掃するボランティアサークルを眺めたり、誰も観てないと思って、植え込みでいちゃつくカップルを眺めたりな」


 ふふふ、と副部長は独りで笑って顎をさする。


「おかげでさっそく、次の映像作品のインスピレーションが湧いたぞ。四年生の追い出し映画祭で作る作品のプロットも、朝から考えていた」

「どんな内容ですか?」


 ランランがやっと、明るい声で身を乗り出す。


「おお、見せてやろう」


 言うなり、副部長は喜び勇んでノートを取り出し、広げていた就活の書類を押しのけて場を開け、罫線もページも素っ飛ばしたようなプロットを広げる。

 先程までの様子とは打って変わって、ランランは楽しげに走り書きのノートを覗き込んでいる。


「そうだ、俺よりも早く鈴木が来ていたぞ。な?」


 副部長に振られ、夢中になっていたランランはビクッと目を大きくした。


「あ、その、ぼくは。そこのコンビニバイトが終わった後、1限から講義だったんで早く来ていたんですけど。急に休校になっちゃって、だからせっかくなので部室で映画みたり本読んだりして昼まで時間潰そうかな、と」


 言葉を選び選び、話すランランのどんどん耳が赤くなる。

 私は少し離れてパソコンを眺める女子にも言葉を投げた。


「みすずさんも、ひとりで朝からいるって珍しいよね」


 膝を抱えてじっと集中していた彼女は、私の呼びかけに反応してイヤホンを外す。


「ん? 何?」

「あ……みすずさんも、ひとりで朝からいるのって珍しいよねって」

「うーん、そういう気分だったから?」


 彼女は曖昧に肩をすくめて愛想笑いをした。

 前髪を重めに下ろしてアッシュブラウンのロングヘアを背に流す、このサークルには珍しい見た目も行動もキラキラした女子大生!って感じの女子だ。

 美人ではあるし悪い子ではないのだけれど、私の個人的なトラウマで緊張してしまうタイプだったりする。


 黙って探していた佑白が、顔を上げてみすずさんに話しかける。


「友達で借りてった人とかいないかな? 心当たりある?」


 佑白の問いかけに、彼女は解りやすく目を輝かせる。

 ぱっちりと見開いた綺麗な目元が、某テレビ局の目玉マークのように見開く。


「心当たり……そうね、今のところないかなあ。知ってたらよかったんだけど。佑白くんごめんね、力になれなくて」

「うん、ありがとう。話しかけてお邪魔してごめんね」


 佑白は視線を副部長へと向けた。


「今日の部会で一応、話に出しといたほうがいいんじゃないでしょうか」

「そうだな。参加できない部員に向けても、一斉連絡しておくか」


 副部長はスマホで素早く連絡を入れる。

 私は焦れったい思いを抑えるように、コタツ布団に顔を埋めた。

 アトラス・シトラスの連絡先を早く調べて記憶が薄れる前に早く会いたいのに、なかなかうまくいかない。


 窓の外は気持ちのよい冬晴れの陽気で、植え込みの枝を揺らすほど風は強いものの、閉め切った窓辺では程よく温かい。

 ぬくぬくとした平和な景色が余計に心を焦らすようだった。


 コタツでは、連絡を入れ終えた副部長を中心に男たちが次の映画祭についての構想話が始めていた。

 ぼーっと眺めていると、佑白がこちらの気持ちを嘲笑うように、ブロウフレームの双眸を薄く細めた。


 ざ、ん、ね、ん。


 口の動きだけで煽られる。キー!

 一夜の女に執着する私がみっともなくて仕方ないのだろう。

 モテる男にはわからないよ、と内心毒づく。

 佑白くらいにしか打ち明けられてない私の秘密を、そのまま受け入れてくれる人なんて初めてなのだ。


 そのうち定例会の時間となり、私たちはサークル棟の別の階にある会議室へと向かった。


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