未送信:それと ありがとう、佐紅
そのまま私は、結局講義に出られなかった。
講義を休む旨をシアンにメッセージ送信し、力を振り絞ってアパートまで帰り着いた私は、着替えもしないまま現実逃避するように眠った。
翌朝――アトラス・シトラスと出会った日から、十二日目の朝。
目を覚ますと、枕元に置いたスマートフォンにシアンからのメッセージが数件届いていた。
『佐紅おつかれさま!体調大丈夫??無理しないであったかくして寝てな!』
『おつ。まだ潰れてる? せんせに頼んだらプリント取っておいてくれたし、質問あるならメールしていいよってさ。せんせも心配してたよ!おやすみ!』
『ママに佐紅のこと話したら一人暮らしで心配だからって、お弁当作ってくれるって!今日講義の後にもってっていい?適当な時に連絡ちょーだい!』
「天使かよ……」
派手なスタンプつきのメッセージを見ていると涙が滲みそうになる。メンタルがだいぶん、弱っている。
私はベッドにもぐったまま、取り急ぎありがとうとメッセージを送る。
すぐに既読にならなかったので、私は再び顔を枕に沈めた。
ノート探しも何もしたくない。
授業にだって行きたくない。
すべての活動がおっくうだ。
――でも、講義もサークル活動も私の都合なんて待ってくれない。
長期休みをもらっていたアルバイトももうすぐ再開だ。
どこに行っても人間と会う。
人間と接するのが怖かった。
そんな中、シアンは私に残った数少ない絆だ。
優しくしてくれる彼女に感謝しながらも、彼女に嫌われるのが怖くて、会うのが怖い。
私の秘密を知ったら、シアンは嫌いになっちゃうだろうか。
こんなの優しいシアンにまで否定されたら――私は、立ち直れない。
部室ではどれだけの人が私の秘密を知っただろう。
高校時代の頃のように、面白おかしく噂されているだろうか。
佑白は――もう二度と前のような関係に戻れないだろう。
佑白に頼んで抱いてもらえば、少しは私も現実を受け入れてマシになれるのだろうか。
「ばかみたい」
やけっぱちに考えた次の瞬間。
大切な友人を、利用しようと考えた自分にますます嫌悪が増す。
佑白はどんな人だろうが、私の大切な友人だ。彼と仲違いしてもそれは変わりない。
それなのに……ばかだ。
「アトラス・シトラスさん」
自然と口から零れた。
名前も知らないあの人に会いたい。
あの人に受け入れてもらった、安心感がもう一度だけでも欲しい。
ベッドに頭を潜らせ、私は唇に触れて感触を思い出そうとする。あの、震える熱い唇を。
会えば少しは、ほんの少しは――現実と向き合う元気を貰えるかもしれない。
会うためには佑白を説得しなければいけない。
元々友達なんていなかったし、自分の気持ちを騙せるほどの器用さもない。
それならどうせ、失うものなんてない。
後悔がないように行動して、痛い目をみないと――私は先に進めない。
私はスマートフォンに手を伸ばす。
佑白のメッセージ欄を開き、そこに下書きを何度か繰り返したのち送信する。
だめでもともとだった。
『佑白。
私は、アトラス・シトラスにも会いたいし、佑白とも仲直りしたい。
わがままだって分かってる。
でも、せっかく友達になれた佑白と、こんな簡単にダメになりたくないよ。
もし私を思ってアトラス・シトラスを隠してくれているのなら、どうか彼女について教えてください。
アトラス・シトラスの事で傷つくのも辛いかもしれないけど、それは私が惚れた責任として全うしたい。
ちゃんと傷ついて、そしてすっきりしたいんだ。
もやもやしたまま佑白とこんな風に喧嘩別れしちゃうのも、アトラス・シトラスの事がうやむやになるのも……両方、辛い。』
送信してしまったことで、次第にじわじわと気持ちが上向きになってきた。
まだ私にやれることはある。
ノート探し、講義出席、バイト、公務員試験勉強!
やらなきゃいけない事を果たすために、やれることを少しでもやっていくんだ。
「よし!!!!!」
重たい身体を起こしてシャワーを浴びる。
お湯を精一杯熱くして、体を強引に目覚めさせる。
髪をしっかりタオルドライしてお気に入りの下着を選んで、持っている服で一番可愛いフレアのスカートを選ぶ。
柄ストッキングを合わせ、癖毛をブローし丁寧に編み込み、普段より丁寧に化粧する。
そこまで済ませたところでスマートフォンが鳴る。
佑白からの返信が来ていた。
無駄な事は一切書かれず、ただ地図、今日から数日の日時だけが記されていた。
『この日時ならいつ行ってもいいってさ。
連絡先を交換するのも、名前を聞くのも、直接佐紅が会って判断して。
勿論会わないのも自由。
俺はもう止めない。好きにしなよ』
先ほどまで潰えかけていた気持ちに、強い期待の炎が灯った。
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