高校を卒業する一ヶ月前、風の強い二月のことだった。
※しばらく主人公がつらいシーンが続きますが、ちゃんと立ち直ります!
ショートカットの黒髪が綺麗な女の子だった。
笑ったり走ったりするたびに軽やかに揺れる髪が、彼女の笑顔の明るさに可憐さを添えていた。
つるむクラスメイトも趣味も、成績も全然違う女の子。
顔はよく覚えていない。
日焼けしてコントラストができた二の腕と、翻るプリーツの暗がりから覗くショートパンツの紺、午前の日差しに透き通るうなじの白さ細さや産毛など、断片ばかりが切れ端となって、高校の思い出に強く焼き付いている。
打ち解けたきっかけは文化祭準備の放課後、二人きりで居残り作業をした時だった。
私は公務員になる夢を、彼女は看護師になる夢を語った。
手に職ないと怖いよねとか、一人暮らししたいかどうかとか。
地元を出て海が見たいとか、模試を受けるたびに気が滅入る話とか。
空が暗くなっていくうちに、名字で呼び合っていたのが名前に変わって。
ちょっとした冗談も言える仲になって。
遠くで見つめているだけのあこがれの女の子がその日、私の中で生身の女の子になった。
それから私たちは廊下ですれ違うたび、軽く挨拶するようになった。
購買で目が合えば二人で「次の授業だるいよね」と肩を竦めあい、体育同じチームになったら目配せして笑い合う。
いつもつるむ関係の友達とは違うベクトル上に生きる二人の奇妙な接点。
ほどほどに距離をとった大人びた関係が、次第に私と彼女の間に結ばれていった。
閉鎖的で窮屈な校舎と制服に守られながら、高校生同士たちの人間関係がすべてだった女子高生の時代。
卒業の咲きには違う世界があるのだと目上の人間から言われてもまるで信用できない、制服最後の時代。
高校生のルールに風穴を開けるように、二人で結んでいた友情。
その一端を、あろうことか私は赤く染めてしまった。
「――え、」
校舎同士をつなぐ渡り廊下で私と彼女は偶然鉢合わせた。
高校を卒業する一ヶ月前、風の強い二月のことだった。
乱れる髪を抑え、彼女は私にふざけたしかめ面を作って笑った。
「風強すぎて最悪だよね」
「……そうだね」
その笑顔を見て急に私は、こうして過ごす時間がもう残り僅かなのを思い出した。
制服を脱ぐ感傷が私の背中を後押ししすぎてしまったのかもしれない。
中学の時に好きだった子には告白できなかった。
だから――故郷を離れて大学生になるのを前に、今度こそは。けじめをつけたい。
「××さん」
私は彼女の手を取って引き止める。
見計らったように風がやみ、雲の切れ間から光が差し込んだ。
神様が応援してくれてるなんて、馬鹿なことを考えたりして。舞い上がりすぎ。
無風の中、彼女は人懐っこく首を傾げて私を見る。
私は思いを吐き出した。
「3年間、××さんの事、ずっとずっと好きだったの」
彼女は一瞬目を大きく開き、続いてはにかんで笑う。
「あたしも。あたしも佐紅っち好きだし。卒業しても連絡とろうね」
人生の絶頂だった。
これ以上踏み込まなければよかった。
私はここで受け入れてくれたことに、調子にのってしまったのだ。
「あのさ」
「うん?」
「友達としてとか、クラスメイトとしてじゃなくてさ。違う意味で好きだったの」
数寸遅れて、彼女と私の間の空気が固まる。
親しげだった彼女の纏う気配が消えていく。
「あ……はあ、そう」
彼女は困惑した笑みを浮かべるだけだった。そのまま、彼女は早足で教室に戻った。
風が再び吹き荒れ、いよいよ雲は黒くなってきた。
鈍感な私はこの時もまだ、告白できた晴れ晴れしい気持ちでいっぱいだった。
彼女に引かれたのは辛い。
辛いけどしょうがないと、この時は彼女を信じ切っていた。
ばらされて笑いものにされるなんて想像もしていなかった。
高校最後の思い出、ほんの少しの情けをくれるくらいは、彼女と私は親しくなっていたと信じていた。
期待は数時間後に砕かれた。
すっかり気楽に過ごしていた休み時間、教室の後ろで好奇のざわめきが起きる。
あの子の友達の声だった。
「なにそれ、マジ? そーゆーのあるんだ!?」
「なんて返事したの?ねえねえ」
「うわ、思い出ってやつだよねえ……」
「ちょっと聞こえるから」
「いーじゃん、告ったくらい本気なら堂々としてればいいっしょ」
当たり前のように過ぎていく平坦な高校生活に一際波立った珍事に、女子たちは饒舌さを加速させる。
彼女は騒動の被害者として困惑した振る舞いを貫き、興奮する友人たちを焚き付けた。
「私どこで勘違いさせちゃったのかなあ」
「勘違いするほうがおかしいんだって」
縫いとめられたように身動きが取れない。
彼女たちに向けた背中がびりびりと痺れる。
それまでの私を包んでいた、根拠ない幸福感が片端から壊死していくのを感じていた。
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