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オルエデス到着

 ルージ島の中央、港から半日の距離にあるルージ国の都バースに、王が住まう建築物があった。歴代の王が無用な華美を嫌って質実剛健の気風を引き継いできたために、その王族の住居は宮殿と呼ぶには慎ましやかだった。しかし、綺麗に掃き清めれた邸内や、館を囲む堀の内側の手入れの行き届いた庭園、その中の王家に仕える者たちの規律正しい動きで、この王の館は威厳を放っていた。


 そんなの王の館では、重臣たちに密かな混乱が広がり始めていた。館は三年前にリダル王という主を失い、後を継いだ息子のアトラスも長く不在を続けている。今のルージ国は亡き王の后で現在の王の母リネに権力が集中して、他国から女の館と揶揄やゆされる光景は日常化していた。

 そんな王の館の中、うつむき加減で考え事に没頭して歩く大臣に声を掛ける者が居た。

「クイグリフス殿」

「フェイサス殿か」

 ルージ国の政を預かる大臣クイグリフスと、海軍総司令官フェイサス。共に私心が無く国の安泰を自分の責務と考える人物として、相手を認め合っていた。

 フェイサスは声を潜めて尋ねた。

「オルエデス殿が来るという話は?」

「来る」

「やっかいな事だな」

 クイグリフスはフェイサスの言葉に眉を顰めて頷いた。彼は同盟を結んでいたヴェスター国の王子オルエデスがやって来る事を、王母リネから知らされた。アトランティス本土の様子は、アトランティス本土に遠征中の王アトラスが伝えてくるばかりではない。ヴェスター国王レイトスが妹のリネに宛てた親書という形でももたらされていた。

 

 個人的な親書であるだけに、家臣にはその内容の全貌は知りがたい。クイグリフスが王母リネからヴェスター国王子オルエデスが戦勝祝賀の挨拶に来ると知らされたのは、ほんの数日前の事だった。突然とはいえ王母の指示には逆らいがたく歓迎の宴の準備を整えた。しかし、他国の王侯貴族の正式な訪問なら、王アトラスからの連絡や指示が大臣クイグリフスに届くはずだがそれがない。

 今のルージ国はヴェスター国王レイトスと、ルージ国の王母リネの間で政務が処理されるという異様な状況に陥っていた。

 そんな中、大臣クイグリフスは都にいた主だった者たちを王の館の会議室の集めた。歓迎の宴の意味を他の者たちにも伝えておかねばならない。

「戦勝の祝いという名目を掲げられれば、来る必要はないと断る事は出来まい」

 司祭官ミトラスも苦々しげにそう言い、周囲の者たちも頷くほかなかった。

(ただの戦勝祝いではないだろう)

 家臣たちはそう考えていた。都の民の間ではピレナが嫁ぐという噂がまことしやかに流れている。オルエデスの訪問はそんな政略の臭いと、王が不在の間に他国の政略が張り巡らされる不安と不快感を伴っていた。

 クイグリフスは決断を下すように言った。

「オルエデス殿を迎えると同時に、こちらは我らが王に事の顛末を知らせ、ピレナ様の事、真実なれば王の裁可を仰がねばなるまい。フェイサス殿よ、早急に船を出して使者を王の元へ」

「承知した。急げば聖都シリャードまで五日。王の返事を携えて戻るのに十二日もあればなんとかなろう」

 この時、二人はアトラスが未だ聖都シリャードに留まっていると考えていた。しかしアトラスはギリシャ兵を連れて西の旧王都パトローサへと遠ざかりつつあった。


 重臣たちが会議室に集っていると聞きつけたリネが、数人の侍女を伴って姿を見せた。

「クイグリフスよ。オルエデス殿を迎える宴の準備はぬかりないのであろうな」

「整っております。あとはご到着を待つのみ」

「そうか。それは良い。我が国が辺境の国だと見下されぬよう豪華な祝宴でもてなさなければならぬ」

 クイグリフスが問うた。

「リネ様。お聞きしたい事がございます」

「なんじゃ?」

「何やら下々の間で、ピレナ様をオルエデス殿に嫁がせるのではと」

 司祭ミトラスも言った

「そう。オルエデス殿は婿として、ピレナ様を迎えに来るとの噂でございますぞ」

「そなたらもよく知っていよう。国をまたがる婚姻は神帝スーインの裁可なくば、かなわぬ決まりじゃ」

「では、噂は事実ではないと?」

 フェイサスの問いに、リネは趣旨を逸らして答えた。

「二人を引き合わせるだけなら問題はあるまい。互いに気に入れば話は別じゃ」


 アトランティス大陸の戦乱を防ぎ、各国の力関係の均衡を保つため、王族の国家間の婚姻は制限され、結婚には真理の女神ルミリアの名の下、アトランティスを統率する神帝スーインの裁可が必要とされている。

 しかし、三年間の戦乱で神帝スーインは暗殺され、暗殺に関わった神帝スーインの諮問機関の六神司院ロゲルスリン最高神官ロゲルスゲラたちも除かれた。他国の王子とも婚礼は、次のアトランティス議会で新たな最高神官ロゲルスゲラの任命と神帝スーインの擁立が必要になる。

 ただし、アトランティスの国々は、作り笑顔の平和の内で、以前から平和のいしずえなる決まりを形骸化させている。二十年前、ヴェスター国王は王女だったリネを、ルージ国の王子リダルに嫁がせた。彼は真理の女神ルミリアも男女の愛を妨げる事は出来ず、愛の女神フェイブラの差配に従うという勝手な理屈をつけた。その勝手な理屈は他国にも踏襲され、政略結婚の道具として、フローイ国の姫リーミルやシュレーブ国の姫エリュティアが、ルージ国のアトラスと引き合わされている。

 リネが言うのは、ピレナとオルエデスを引き合わせてさえおけば、ピレナの意志などおかまいなく、二人は愛し合っているとこじつけて嫁がせる事が出来るという事だった。

 リネの言葉に、大臣クイグリフスが疑問を呈した。

「しかし、リネ様。我らが王の妹君のご結婚なら、王の裁可も得ねばなりません」

 その言葉に海軍司令官フェイサスも賛同した。

「ましてや、他国の王子との婚礼には慎重にならなければ」

 しかし、重臣たちの言葉にリネは怒りを見せた。

「ピレナは私の娘じゃ。私はこの国の王母。娘の幸福と国の安泰を願って悪いはずはあるまい」

「しかし、」

 クイグリフスが反論を試みかけた時、会議室に衛兵が駆け込んできて告げた。

「オルエデス様ご一行、ご到着」

(早いっ)

 クイグリフスとフェイサスは顔を見合わせて思った。二つの国を海が隔てている。天候や風向きの加減で到着が予定より遅れるというのは良くある話だが、約束の日より五日は早い。しかし、本当に彼らを驚かせたのは、続いてやって来た海軍司令官フェイサスの部下からの報告だった。そのオルエデスは三十隻の軍船に五百人の完全武装の兵士を乗せてやって来たという。

 フェイサスは言った。

「恫喝の臭いがしますな」

 ルージ国は主力をアトランティス本土に送って、まだ帰還していない。都を守っていた兵士たちも戦が終わって、田畑の実りを収穫する時期になって故郷に帰した。今の都に残っているのは王宮の警護に就いた僅か三十ばかりの兵である。そこへ異国の兵士が五百人も現れたのである。平和な関係にある他国に兵を送るなど無言の恫喝に見える。

「兵は港に留め置いてもらわねば」

 クイグリフスの判断に重臣たちは頷いた。今は平穏なこの都に、五百もの荒々しい異国の兵士が来れば人心は不安で混乱する。既に予定外の出来事に王母リネが慌てていた。

「何じゃと、兵が五百? どういうつもりじゃ。大丈夫か、クイグリフス」

 オルエデスの訪問と聞いて王子が供の者数人を伴って友好的に訪れると想像していたが、来てみると戦の雰囲気を臭わせている。

「王母様。気を静めあれ」

 フェイサスがそう呼びかけた。この場のリネの混乱は、流行病のように周囲に広がって収拾が付かなくなるおそれがある。

 クイグリフスは侍女たちに命じた。

「侍女ども。リネ様を居室にお連れし、冷たいハラサ水でもお飲みいただくように」

 そして、リネに言った。

「リネ様は居室にもどっておくつろぎください。我ら家臣は、早速、オルエデス殿に兵は港に留め置くように使いを出します」


 この時、肌に伝わる轟音と共に地が揺れた。間もなく、衛兵が姉山が激怒したという知らせをもたらした。ルージ国の人々は南のヤルージ島で噴煙を上げ続けるキシギル山に荒々しい弟、ルージ島の都の北で、時折息を吐くように白い蒸気を噴くキシリラ山を優しく包容力のある姉という伝承を持って愛していた。

 クイグリフス叫ぶように言った。

「侍従を呼べ。オルエデス殿に早く使いを出さねばならぬ」

 優しい姉たるキシリラ山が轟音と共に火柱を吹き上げたという意外さは、都の人々を混乱させる。その混乱に乗ってオルエデスが兵を連れてくれば混乱は収拾が付かなくなるかも知れない。


 しかし、オルエデスはルージ国の重臣たちの求めを踏みにじるように、五百の兵の先頭に立って都へとやってきた。


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