カグオロス
物語は登場人物たちの視点で進むので、アトランティス全土の様子が分かりにくいですね
現在は、この右の地図からヴェスター国の北東部が海に沈んでいます。
アトラスたちが慣れきった小さな大地の揺れも、ヴェスター国の北東部では大地が網に沈むほどの激震。まもなく、アトラスも各地からの使者や避難民でその悲惨さを知ることになります
王宮の門の内側、門の外が見える位置に櫓があって、その上に見張りの兵が二人居る。ヴィネアスがその兵を見上げて叫んだ。
「門を開けよ。我らはデルタス王自ら率いるレネン軍である。我ら反乱が起きたと聞いてレイトス殿に加勢すべくやって来た」
二人の見張りは顔を見合わせ、一人が言った。
「今しばらくお待ちあれ」
もう一人が櫓から姿を消した。レネン軍の到着を宮殿の中の重臣に報告にいたのだろう。
太陽が中天に差し掛かり、足下の影が短くなった。そう感じ取るほどの時間が過ぎたが、返答がない。
「待たせますな」
ヴィネアスが眉を顰めて言った。デルタスが朗らかに笑いながら言った。
「開門を判断する者が居らぬからな」
他国の王が軍を率いてきた。その王を宮殿に迎え入れるかどうかは、宮殿の主だろうが、そのレイトスはもはやこの世の人ではない。そして、王と王母が死んで間もなく、重臣たちは混乱の極みにあるに違いない。
デルタスも無駄な時間を過ごす気はなく、兵を二人、三人と一組にして、町のあちこちで住人たちの話を聞き取らせた。
そんな兵士たちが戻って告げたところに寄ると、王宮の外でかなり激しい戦闘が起きたが、いつしかそれも収まって、宮殿を包囲していた者たちは姿を消した。代わって悪鬼が馬に乗った兵士を連れてやって来たが、兵を町の郊外に残して数人の護衛と共に宮殿の中に消えた。
民の口からそんな状況を聞き取って、デルタスたちが反乱の経緯を知った。間もなく、王宮の門は未だ開かなかったが、櫓の上に身なりの正しい重臣らしい男が姿を見せて名乗った。
「朝儀の末席に連なるカグオルスと申します」
王が招集する会議に参加する身分だが、一番若輩者と言う事だろうか。彼は叫んだ。
「反乱の首謀者は既に討ち取られ、仲間も逃げ去って片付き申した。ご足労をおかけし申し訳ありませぬがお引き取りいただきたく」
ヴィネアスは苦笑いしてデルタスを眺めた。
「まったく慎重な事です」
宮殿の中の混乱を他国に知られたくないと言う事だろう。しかし、デルタスたちは知っているとは公言できないが、レイトスやその老母レイケの死を知っている。
デルタスが進み出て、出来るはずのない面会を求めた。
「我らもここまで来た。レイトス殿と面会させていただきたい。レイトス殿の口から反乱が終結したと聞くまでは、我らも帰るに帰れぬではないか。ましてや、町の噂では先に着いたルージ軍は宮殿の中へ迎え入れられたという。ルージ軍が迎え入れられ我らが追い返されるのは合点が行かぬ」
デルタスの言葉は正論だった。返答に窮した重臣カグオルスは戸惑いながらようやく答えた。
「お待ちあれ、相談する」
彼は櫓の上から姿を消した。
(他の重臣たちとの相談は長くかかるだろう。何しろ王が居ないのだから)
そう考えて更に待たされる事を覚悟したデルタスだったが、間もなく王宮の門が開いてカグオロスが姿を見せて言った。
「デルタス様の他、数名の護衛だけでお入りください。兵士たちは都の北の郊外に駐屯に適した場所がございます。」
デルタスは改めてカグオロスを眺めた。重臣の末席に位置すると言うが、その重臣たちを短時間で説得する能力があるという事である。デルタスはヴィネアスに兵をその駐屯地に移すよう命じた後、三名の腕利きの兵士を伴って王宮に足を踏み入れた。
「取り急ぎ、他の重臣の者たちが広間でお待ちです」
王宮の中、デルタスはカグオロスに導かれながら、彼の人物を試すように、死んだ王の事を尋ねた。
「カグオロスよ。レイトス殿はご健勝か」
「王と王母は、オルエデスの手にかかって身罷られましてございます」
オルエデスがレイトスを殺したという。そしてデルタスに分かった事が二つある。一つは真の暗殺者は自らの任務を成し遂げてオルエデスに罪を着せる事に成功していた事。もう一つは臣下のカグオロスがオルエデスを呼び捨てにした所から、臣下の者たちはオルエデスを国の世継ぎとは考えていないらしい事だった。
そんな本音は隠したままデルタスは哀悼の意を表して言った。
「それは、惜しい方々を亡くしたものだ」
「そればかりではなくアトラス殿がユマニ様のご遺体を運んでこられました。おそらく反乱軍の手にかかって亡くなられたものと思われまする」
デルタスは彼の言葉に登場した人物が気がかりだった。
「しかし、アトラス殿は何処に? 突然に叔父と祖母、ユマニ様まで。身内を全て失って嘆いておられる事だろう」
「アトラス殿は神殿に。葬儀が始まるまで遺体の側でお守りしたいと。肉親を一度に亡くしたアトラス様の立場では無理からぬ事」
カグオロスの言葉にアトラスに対して尊敬する王と同じ血を分けた男という敬愛が籠もっていた。デルタスは密かに思った。
(この男は役に立つ)
そんな言葉を交わしながらデルタスは重臣たちが集う広間に到着した。部屋の両側に七、八人づつの重臣が立ち並び、正面に王座が見えていた。もちろん、今はその王座に座る者は居ない。カグオロスはデルタスに部屋の奥へ進むように指し示し、彼自身は重臣の列の端に移動した。それが彼の重臣としての階級なのだろう。
上座に近い位置に居た重臣がデルタスの前に立ちふさがるように進み出た。デルタスに何かを語りかけようとしたが、今のデルタスはそんな者に耳を傾ける気はない。デルタスは立ちふさがる重臣を払いのけて進んだ。そのまま歩いて王座に着座するつもりかと重臣たちを脅かせた後、彼は王座の前でくるりと振り返って、王の代理人であるかのように言った。
「そなたたちは一体何をしているのだ。まだ反乱に荷担した者たちの討伐は終わっては居るまい。まずは反乱に荷担した者どもを捕らえ処罰するのが、家臣たる者の勤めであろう。そなたたちに出来ぬと言うなら、このデルタスが兵を率いて反乱者どもを討ち、秩序を取り戻してくれよう」
「お待ちあれ。その任は私に」
進み出てそう言ったのは宮殿で衛兵を指揮するメノトルだった。国内を他国の兵に荒らされては、国をデルタスに乗っ取られる可能性もあると危惧したのである。彼の恐れが現実になったのかどうか、デルタスは既にこの国の支配者だと言わんばかりの態度で言った。
「よし。任す。反乱を起こした者どもを一人残らず討伐し、その首をレイトス殿の墓前に供えるがいい」
彼は改めて広間の重臣たちを見回して言った。
「しかし何よりもまず、亡くなられたレイトス殿たちを弔うのも大事。それはいかがするつもりか?」
デルタスの問いに、重臣の一人が進み出て言った。
「まずは神殿にあるご遺体を仮埋葬し、新たな王を擁立したのち、王の指示の下で王家の墳墓に埋葬し葬儀も盛大に行い、民にもレイトス様が身罷れたことを布告する所存です」
「なるほど、それで良かろう。私も仮埋葬とはいえ、レイトス殿の静寂の混沌送りに立ち会わねば、故国へ帰れぬ」
デルタスはレイトスたちの仮葬儀の儀式に立ち会った後、帰国するという。重臣たちは密かに胸を撫で下ろした。デルタスがこのままこの国を乗っ取るのではないかと不安を抱いていたのである。
その不安は去ったものの、デルタスはやや怒りの籠もった声を上げた。
「しかし、そなたたち重臣どもにも罪があろう」
意外な言葉に首を傾げた重臣たちに、デルタスは言葉を継いだ。
「私はレネン国にいたが、ヴェスター国で反乱が起きるという不穏な噂を耳にしていた。この都にいて王をお守りすべきそなたたちが、反乱の勃発を防げなかったのは大きな過失であろう」
デルタスの言葉に重臣たちは驚いて顔を見合わせたが、頷く者は居ない。誰も責任は取りたくないということか。その中で重臣たちの末席でカグオロスだけはじっとデルタスを注視していた。
デルタスはその視線を感じながらも言葉を続けた。
「とはいえ、私もこの王宮で誰が信用できるのか分からなかった故に、レイトス殿が居る王宮に警告を発するのが遅れた。しかし、不穏な動きを伝えたアトラス殿は即座に兵を動かして下さったぞ。私自身もこうしてレイトス殿への加勢に駆けつけた。そなたたちはその間も右往左往しておっただけか、一人でもレイトス殿の身代わりに死のうとする気概のある者はおらなんだか」
デルタスが早々と反乱の予兆を知っていたこと、それを第三者に伝えた事など、いずれ広く知れ渡る。彼はそれを自分の口で語りつつ、重臣たちの罪悪感を煽って、これから先の自らへの疑いを和らげていた。そして、彼は今ひとつ、重臣たちに自分の失策を認めた。
「しかし、反乱の予兆をオルエデスにも伝えたのは私の失策。反乱を収めるかと思ったが、まさか反乱に荷担するとは。そうだ。オルエデスは何処だ? オルエデスにその辺りの事を問いたださねばならぬ」
デルタスの問いに、重臣の末席にいたカグオロスが進み出て言った。
「宮殿の奥の部屋に軟禁しております」
王と王母殺しの大罪人だが、王子の身分でもあり、家臣たちが手を下して殺すのは、はばかられると言う事だろう。
「カグオロスよ、私をそこへ案内せよ。そなたらにオルエデスを詰問するのは荷が重かろう。私がデルタスに直接に王殺しの顛末を問いただしてやろう」




