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王レイトスの死

 オルエデスが余人を交えず話をすると言ったのは、宮殿の外にはそれを囲むルタゴドスの兵が居るからである。

 宮殿を包囲する反乱軍の将士も、レイトスとオルエデスの会話を聞いている。彼らにとってオルエデスと言えば、彼らが仕えるルタゴドスの実子。実父と力を合わせて反乱に加わるのだろうと考えていたが、会話を聞けば実父ルタゴドスと敵対し、反乱軍に都合の悪い人物らしい。一人の兵が指揮官に尋ねた。

「どうします」

「いや。あれはオルエデス様が宮殿に入るための計略かも知れぬ。ルタゴドス様も居られない今、軽々しく判断する事ではあるまい」

 それが、この包囲を指揮する指揮官の判断だった。反乱軍はオルエデスを静観した。


 重々しい音がし、王宮の門が人が一人通れる間隔で開けられた。物見櫓の上ではメノトルが王レイトスに囁くように言った。

「オルエデス様は我らが掌中にあり。それをルタゴドスに伝えては?」

「どういう事だ」

「オルエデス様に人質になっていただいて、ルタゴドスには兵を収める条件にオルエデス殿の身の安全を保証し、ルタゴドスの罪も減じて身分と領地を剥奪し、国外に追放ということでは」

 レイトスはやや考え込んで言った。

「ルタゴドスには長子のオルエデスの下に弟が二人いる。オルエデスを人質にしたところで、ルタゴドスは邪魔者の命など気にもとめるまい。」

 扉の隙間をすり抜けるように入ったオルエデスは、いち早く物見櫓の梯子を登っていた。その彼に、会話の最後のレイトスの言葉が漏れ聞こえていた。


 オルエデスはレイトスの言葉の通りだと思った。そもそも実子の居ないレイトスに、養子としてオルエデスを差し出したのは、実父の野望の手始めだったし、オルエデスも実父に逆らう事は出来ずに、王の養子という立場を受け入れた。

 養父レイトスにとってオルエデスはルージ国からピレナを妻として迎えて王家の血筋を残す道具。実父ルタゴドスにとって、オルエデスは彼がこの国を支配するための道具にすぎない。

 オルエデスはふと思った。

(俺が一生懸命に働いていたのは……)

 彼の行動は、常に本人の期待と逆の結果をもたらしたが、労苦を問わず行動したのは間違いがない。それは、誰かに自分の価値を認めてもらって、この国にオルエデスという人間の居場所を作る為ではなかったか。


 物見櫓を降りようとしたレイトスは、オルエデスが梯子を登ってきているのに気づいた。会話を聞かれてしまったのかと危惧する間に、オルエデスは梯子を登り切って養父と向き合った。

「王よ。我が父よ。私をルタゴドスへの使いに出してくださいませ」

「使いとは?」

「兵を収め、罪を贖って裁きを受けるよう説得して参りたいと存じます」

 それを聞いたメノトルが首を傾げた。

「説得が上手く行くとは限りませぬぞ。ルタゴドスもあの高慢な気性故」

 その疑問にオルエデスは決意を込めて言い放った。

「その時は、私がルタゴドスを斬る。そして、その首を持ち帰り、我が忠誠の証にいたしましょう。今の私の父はレイトス様お一人でございます」

 王レイトスはオルエデス真剣な顔をじっと見つめ、決断して言った。

「よかろう。では、明日にでも出立するがいい」

 王として幾多の人物と接してきたが、今のオルエデスの真摯な目は信用に値すると考えていた。

 しかし、オルエデスは言った。

「いえ、すぐに衣服を改め、兵に準備をさせてすぐに出発したいと考えます」

「何故、それほど急ぐのだ」

「レネン国との国境に、アトラス、いや、アトラス殿の軍が姿を見せて、ルタゴドスとの戦闘に望もうとしているとか、その戦闘の前に」

 興奮した声は物見櫓の下にいたレイケにも届き、彼女は愛する孫の名を叫んだ。

「アトラスが……、あの子が駆けつけてくれていると言うのか」

 レイケが愛情を込めて孫のアトラスの名を呼んだのを聞いたオルエデスは、ようやく怒りを表情から隠した。この瞬間、オルエデスにとって、レイケはアトラスより憎しみを感じる相手だった。彼女は常にオルエデスが王位継承者の座に就く事に異論を唱えてきた。人生で自分の居場所を作ろうとするオルエデスにとって、その居場所を破壊する老女だった。


 梯子を下りてきたレイトスやオルエデスの側に、一人の男が静かにうつむき加減にたたずんでいた。名をデビロクスという。旧シュレーブ国の王ジソーに仕えた男だった。レイトスは聖都シリャードを巡る戦の後、シュレーブ国の多くの地を手に入れたが、その新たな領地の情報には疎い。そんな戦後処理で悩む彼に、聖都シリャードで出会ったレネン国王デルタスはふと思いついたように、その男の才能を薦めた。

 家臣に取り立てて使ってみると、確かにデルタスの言葉通り、旧シュレーブ国の事情に通じていて、各領地の領主の様子や、そこで採れる穀物の収穫量など熟知している。出しゃばったところはないが、彼の提言は適切で役に立つ。レイトスはいつしか彼を重用して身辺におくようになった。

 デビロクスが言った。

「オルエデス様、侍女に衣類を揃えさせます故、居室にてお待ちを」

 オルエデスはその言葉さえ不機嫌に聞き流して、宮殿の中へと歩き始めた。

「しばらく、一人にしてくれ」

 レイトスも衛兵を率いるメノトルにそう言った。レイケはアトラスの名を呟いていた。

「あの子が来てくれる。あの子が」


 居室へ戻ったオルエデスは、甲冑を外し、腰の剣帯を外してテーブルに置いた。身軽になって体から力が抜けると、今まで心の底に秘めた記憶が蘇る。

 海に沈んだルージ島から命からがら戻った後、養父レイトスにその経験を恐怖を込めて、自分がいかに死力を尽くしたか、事の次第を報告した。普通なら信じられない報告だが、時期を同じくしてルージ島の対岸のヴェスター国の東岸も被害が及んでいて、レイトスはオルエデスの報告を受け入れた。被災地の民の保護の手配で忙しく、オルエデスは新たな領地の統治を学べと命じられて、都レニグを追い出されるように去らねばならなかった。

(しかし……)

 オルエデスはふと思った。考えたのは養父レイトスの懐の広さの事である。失策続きで失望させ続けているオルエデスを、息子として遇し続けていた。しかし、このままでは、いつか見放される。そんな不安の中、この数日の疲労と睡眠不足で、彼はベッドに腰掛け、いつの間にか横たわっていた。いつ、深い眠りについたのか、彼自身にもわからない。

 そのオルエデスに静かに声をかける者が居た。

「オルエデス様」

 姿を見せたのはデビロクスだった。彼は注意深く部屋の中を眺め、テーブルの上のオルエデスの剣に目を止めた。彼はオルエデスを呼んで来るという王から命じられた目的を、本来の目的にすり替える機会が来たと決心した。


 デビロクスは一人、王の居室に戻った。彼が抱えた細長い包みに気づかず、レイトスは残念そうに言った。

「オルエデスはどうした? 二人で語り合い、誤解があれば解いておこうとしたのだが」

「オルエデス様はぐっすり眠っておいででした」

「そうか。そういう男だ」

 生真面目な事は知っているが、どこか抜けているところがある。ただ、家臣や民を愛する事を覚えれば、その欠点も民に愛される性格になるかも知れないと考えたのである。

 レイトスはデビロクスに背を向けて言った。

「そなたも下がって良い。一人にしてくれ」

 レイトスがそう言い終わる前、背中に鋭い衝撃を感じて床に倒れ伏した。振り返れば、デビロクスがレイトスの背中から腹へと貫いた剣の束を握っていた。レイトスは痛みと驚きで擦れる声で尋ねた。

「どうしてお前が?」

 デビロクスは止めを刺すために、レイトスの体に足をかけて剣を抜いた。レイトスは仰向けになってデビロクスと向き合ったが、もはや声は擦れて出ない。デビロクスは部屋の外に漏れぬ低い声音で冷たく言った。

「レイトスよ。ウォブルの町で殺された妻と子の仇。思い知ったか?」

 レイトスにはその地名の記憶はなかった。ただ戦の中でいくつもの町や村を焼き、多くの人々も犠牲になった。その憎しみの一つが彼の元に帰ってきたと言う事だろうか。デビロクスは剣の切っ先をレイトスの胸に当て、憎しみを込めて貫いた。

 

 どれ程の時間がたったろう。オルエデスは部屋に駆け込んできたデビロクスの大声で目を覚ました。

「オルエデス様。オルエデス様。我らが王が至急オルエデス様をお召しでございます」

「うるさい。どうしたのだ。父が私に何の用だ」

「オルエデス様の兵が、ルタゴドスの兵と戦闘を始めております」

 そう言われればオルエデスにも思い当たる。兵を宮殿に入れる事を拒んだレイトスの言葉を受けて、彼は連れてきた兵を城門の前に留まるよう遺児他がそれ以外の命令は与えなかった。命令を出す者が居なくなった部隊だが、王への忠誠心を持った者も多い。そして、宮殿を包囲するルタゴドスの兵は王に叛旗を翻した者たちだった。そう言われてみると宮殿の中にも騒然とした雰囲気が漂っていた。

 彼は驚いてベッドから飛び上がるように起き上がり、デビロクスが導くまま部屋を飛び出したが、テーブルの上に置いた剣が無くなっていることに気づかなかった。

 まずは王レイトスに事の次第を釈明し、宮殿の外へ争いを収めに行かねばならない。


 デビロクスは王の居室へとオルエデスを導いた。宮殿の外で戦闘が始まった状況で、レイトスなら重臣たちを広間に集めて居るはずだと言う事には思い至らない。

 彼はここでその光景に絶句した

「我らが王よ。お父上よどうされたのです」

 レイトスが仰向けに床に倒れ目を閉じ、その胸に深々と剣が刺さっていた。オルエデスは慌てて血まみれの剣を抜き、養父レイトスの体を抱え起こした。オルエデスの体まで鮮血に染まる出血の中、レイトスが目を開ける事はなかった。


 この時、彼をここまで導いてきたデビロクスが大声を上げた。

「オルエデス様、謀反。オルエデスが謀反を起こして、我らが王を殺したぞ」

 勝手に入室を禁じられている部屋だが、その言葉の異常さに、衛兵が駆けつけた。デビロクスはオルエデスを指さして叫んだ。

「父殺し。王殺しのオルエデスがそこに」

「違う。違うぞ。私ではない」

 必死で弁明するオルエデスにデビロクスは言った。

「その剣はなんだ。そなたの剣であろう。王を背中から一突きし、返り血を浴びて居るではないか」

 そう言われれば、確かにオルエデスが手にしているのは、彼自身の剣だった。レイトスの遺体を抱えた彼の衣類も血にまみれていた。

 興奮した彼は剣を振り回して同じ弁解を繰り返すしかなかった。

「黙れ。黙れっ。私ではない」

 その剣の切っ先が騒ぎを聞いて駆けつけた王母レイケに向いていた。

「オルエデス。そなたは何と言う事を」

「違う。私ではない。私ではないぞ」

 しかし、レイケは聞く耳を持たなかった。

「この不忠者め。お前など審判のジメスの槍に貫かれるがいい」

 言い訳など通用しない状況に、オルエデスは更に混乱して剣を降り続けた。

「寄るな。寄るなぁ」

 冷静に見れば、彼の姿と言葉は、混乱を回復する時間が欲しいと言う事だったのだろう。そうしている内に、重臣たちや更に多くの衛兵も駆けつけて、皆、その光景に息を飲んでいたが、オルエデスの心情を理解する者は居なかった。

 オルエデスの視線が重臣たちに向いた事を悟ったレイケが、倒れ伏した息子のレイトスに駆け寄った。その駆け寄ってきた者の正体を確認する間もなく、オルエデスは血まみれの剣を振りおろした。

「寄るなと言うたであろうが……」

 オルエデスが言葉を途切れさせたのは、首から血を流して倒れたのがレイケだと気づいたからだろう。

 オルエデスは言葉を失って、握っていた剣もぽとりと取り落として、王と王母の死体の傍らに立ちつくした。ヴェスター国は代々伝わってきた王家の血筋を失った。もし、血筋を他国にまで辿れば、ヴェスター国王家の血筋は、ルージ国王アトラスに繋がるのみである。

 状況を眺めていたデビロクスは、いつの間にか、この部屋からも、宮殿からも姿を消していた。

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