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オルエデスの帰還

 オルエデスはロイテルの兵に命じて食料を供出させ、体を温める短い休息を取って、出発した。体力を失い睡眠不足も重なっていたが、都レニグで起きている事を考えれば、ここで立ち止まっているわけに行かなかった。

 オルエデスにとって、彼が兵を動かす理由。実父の反乱に荷担するめか、その反乱を鎮圧するためなのか、争う両者の調停か、兵に語ってもその言葉を裏付けるものはなかった。

 彼は村にいたロイテルの兵についてこいとは命じなかった。ロイテルの兵もオルエデスに付き従うとは言わなかった。

 

 レニグにたどり着いたオルエデスたちは、疲れ切って敗残兵の群れのようだった。街道が都に入る場所に見張りの兵士の一団がいた。彼らはオルエデスを見つけて緊張感もあらわに剣を抜いて駆けつけた。

 指揮官らしい男が、剣の切っ先をオルエデスに向けて怒鳴るように尋ねた。

「お前たちは何者だ?」

「ばか者め。私の顔を忘れたか」

 男はオルエデスの顔をまじまじと見つめて、ようやく判別した彼の顔を懐かしい呼び名で呼んだ。

「若様ではございませぬか」

 若い頃からルタゴドスに仕えた男で、オルエデスが幼い頃から互いに知っている。オルエデスはその関係を断ち切って尋ねた。

「ルタゴドスは何処だ」

 オルエデスが実父を呼び捨てにして問うたのは、今の自分はすでにヴェスター国王レイトスの息子だと宣言したわけだった。それに気づいたのかどうか分からぬまま、男は答えた。

「ルタゴドス様はここから西へ千の兵を率いて国境に向かわれました。」

 都で実父と養父が対峙しているはず。その二人を調停するというオルエデスの想定が崩れた。彼は苛立ちを込めて尋ねた。

「包囲から離れて、なにゆえに国境まで?」

「アトラスが兵を率いて国境に姿を見せましてございます」

「アトラスだと」

 その名を叫ぶように口にした時、オルエデスの焦りは爆発するように膨らんだ。また、アトラスに横から反乱を収める手柄を奪われる。アトラスが反乱を収めるというのは彼の実父ルタゴドスを殺して叛乱を終わらせる事だろう。オルエデスはその前に両者を説得し諍いを収めねばならない。しかし、すでにルタゴドスは王に反旗を翻した。反乱を起こした者の処罰は死罪と決まっていて、調停をする余地など無い事が理解できない。


 同じ頃、宮殿の中、王レイトスたちは、状況の変化だけを待ち続けていた。宮殿の中の衛兵だけではルタゴドスの兵の囲みを破って脱出することは難しい。何よりレイトスにとって老母レイケがいる。

 しかし、波に飲まれたという東の町の救援を命じたロイテルが間もなく帰還する。都の異変を知った各地の領主も兵を率いて王の加勢に駆けつけるだろう。それを待つしかない

「アトラスが救いに来てくれましょう」

 レイケが口にした名に愛情が籠もっていた。ルージ国王アトラスは彼女の血の繋がりのある孫である。しかし、レイトスは冷静に判断していた。

「パトローサにいるアトラスは、ようやく反乱の勃発に気づいた頃。今から兵を送り出しても、まだ五日や十日はかかる。しかも、その道程は敵か味方か分からぬオルエデスが統治する地。戦闘などが発生すれば、もっと時間がかかる。いま当てに出来る戦力はロイテルが連れ帰る精鋭たちでしょう」

 傍らにいたメノトルたちも頷いて同意した。同時に彼らは考えていた。

(他の領主たちはどうしたのだ?)

 海に呑まれる災厄に見舞われた土地はともかく、それ以外の土地の領主たちの動きが見えない。

 しかし、彼らはその理由にも、うすうす感づいている。レイトスとその妻には血を引く子どもがいない。レイトスが亡くなれば王位は養子のオルエデスに転げ込む。いまは、その実父ルタゴドスに逆らわず、静観を決め込もうというのだろう。

 この時、広間に見張り台の兵士が駆けつけて告げた

「新たな軍勢が姿を見せております」

「ロイテルが戻ったのか」

 レイトスは将軍が兵を連れ戻ったのかと期待感を滲ませた。しかしその見張りの兵の報告はおかしい。ルタゴドスの兵は未だに宮殿を囲んでいる。新たに姿を見せた部隊が反乱軍を鎮圧するために戻ってきたのなら、戦闘が起きているはずだがその気配がない。

 間もなく、次の見張りの兵が駆けつけて告げた。

「オルエデス様です。門の前で、我が王を呼んでおられます」

 レイトスはメノトルたち重臣と顔を見合わせ、駆け出し始めた。行く先は言うまでもなく見張り台。自分の目で状況を確認せねばならない。そして、心配を押さえきれない王母レイケもレイトスの後を追った。

 王宮を囲む塀の内側にいくつかの櫓が建ててあって見張り台になっている。梯子を登ろうとするレイトスを制してメノトルが先に登った。宮殿の外からもよく見える位置で、オルエデスが弓を構えた兵士を伏せていれば、王の命が危うい。

 しかし、見張り台の上から周囲を見回したメノトルは、その危険がない事を確認して言った。

「王よ。大丈夫でございます」

 レイトスは母レイケに櫓の下に留まるように言い残して梯子を登った。その姿をオルエデスはいち早く見つけて叫んだ。

「父上、早く門を開けて、私を中に入れてくだされ」

 その言葉に迷ったレイトスが眺めたメノトルは、首を横に降っていた。彼を宮殿に入れてはならないと言う。当然の事だった。宮殿の内部に反乱の加担者を引き入れて、王宮の内部で騒動を起こされては、堅い守りもあっという間に崩れる。レイトスも同じ思いだった。

 その養父の心情を察したオルエデスは嘆くように叫んだ。

「お父上。情けのうございます。このオルエデスをお疑いか」

「間もなくロイテルが精鋭を率いて戻る。そなたが反乱に荷担する気がないというなら、ロイテルと力を合わせ、ルタゴドスを討ち取るがいい」

 その命令の返答に、レイトスやメノトルは息を飲んだ。

「お父上、ロイテルが帰還の途中、死にましたぞ」

「なんだと。よもや、そなたが殺したのではあるまいな」

「なんと嘆かわしい事を。お父上はルージ島の事をお忘れか。ルージ島は幾多の民と共に海に沈みました。同じ事が我が国の東でも。ロイテル殿はそんな災厄に巻き込まれて、なんとか命を長らえたものの重傷を負い、残った僅かな兵と都に戻る途中、都の東の村で命が尽きました。今頃は配下の兵が遺体を弔っている事でありましょう」

「何故、そなたがそれを知って居るのだ?」

「都に戻る途中、村でロイテル殿の遺体を見、配下の兵に事情を尋ねました。しかし、私は父上の危機に都に駆けつけねばならぬ身。遺体は兵に任せて、私は急ぎここまでやって参りました」

「ロイテルが死んだという間はまことなのだな?」

「これは嘆かわしい。父上は私の言葉を信じてくださらぬので?」

 オルエデスの言葉にレイトスとメノトルは顔を見合わせ、ややあって王の判断に賛同するようにメノトルが頷いた。戻るならとっくに戻ってくるはずの男がまだ戻らない。とすればそういう事情があるのも頷ける。しかし、ロイテルが兵を連れて戻るのを待って反乱軍に反撃に転じるという計画は崩れた。

「父上。私に策がございます。聞いてくだされ」

「そこで話すがよかろう」

「いえ、ここでは……。内密の話しもあります故、余人を交えず聞いていただきたいのです」

 オルエデスの言葉にレイトスは決断して言った。

「分かった。兵はそこに留め置き、そなた一人で入ってくるが良い」

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