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王妃ユマニの愛

 デルタスの使者が王宮に来たと言う知らせがレイトスに届いた。固く閉じられた王宮の門に姿を見せて、面会を乞うているという。

「すぐに広間にお通しせよ。重臣たちも広間に集めるように」

 丁寧な物言いだったが、使者が広間に通された時には、レイトスは親しみを消して声をかけた。

「この馬鹿騒ぎの最中に、デルタス殿が何のご用かな」

 皮肉な物言いになった。叛乱という重大な混乱が起きている時だからこそ、他国に弱みを見せるわけには行くまい。

 使者は左右に居並ぶ重臣を眺め、そしてレイトスと向き合って言った。

「今のこの有様ありさま、どうお考えで」

「どう考えるとは?」

「見たところ、王宮が戦場になっているようでございますな。男たちばかりか、戦いと無関係な女たちも危険にさらされる」

「忠誠のウィランに誓って。我らは反逆者どもを討ち滅ぼすのみである。その討伐にレネン国がご協力くださるとでも?」

 使者は首を軽く横に振り、再びレイトスと視線を合わせた。

「我が王は、御母堂レイケ様、王妃ユマニ様、そして客人のピメルサネ様のお三方を、レネン国の賓客に迎えると申し出られています」

「叛乱と我が身内と客人が何の関係があるというのだ」

「お身内を安全な場所にお移しすれば、レイトス様も心おきなく戦えましょう」

「その保証は? ルタゴドスに引き渡して人質にしないとも限らぬ」

「ピメルサネ様をお連れする事が保証と言えませぬか。ルタゴドス殿に引き渡すとするならピメルサネ様は不用」

「ルタゴドスが、そなたから三人を奪い取る危険は?」

「そのお三方を賓客として迎えよと言うのは、我が王のご意志です。そのご意志に反するような事をすれば、ルタゴドス殿にとって拙い介入を招くでしょう。」

「拙い介入とは、レネン軍が介入するという事か? さて、誰の味方やら」

「王よ。ご決断を」

「分かった。今日は間もなく陽も暮れよう。返事は明日させていただこう」

「では、明日、賓客をお乗せする馬車と共に、再び参ります」

 申し入れを受けるに違いないという言葉を残して、使者は一礼すると姿を消した


 レイトスは重臣たちを眺め、決断して言った。

「私は反逆者どもを撃滅する。母と后の安全を気にしていては戦が出来ぬ。デルタス殿の申し入れを受け、二人を安全なところへ移そうと考える。皆もそう考えよ」

 レイトスはそう言ったが、もう一つ、家臣たちの不安を押さえるために口に出せない理由がある。彼は広間にいた重臣たちに解散して元の任務に戻るよう命じると共に、心にわだかまりを抱えたまま、母レイケの居室に足を運んだ。


 レイケの居室には、都合の良い事に、彼が相談すべき三人が顔を揃えていた。レイケがユマニとピメルサネを居室に呼んで世間話をし、侍女たちかその周りで会話に耳を傾けているという光景だった。その会話はもちろんルタゴドスが起こした叛乱の事だろう。

 レイトスは侍女たちを見回して言った。

「そなたたちは控えの間に」

 王の表情に重大事を悟った侍女たちは神妙な表情で一礼した。レイトスは侍女と共に部屋から立ち去ろうとしたピメルサネに気づいて声をかけた。

「そなたはここに残れ」

 深刻そうな王の表情に王妃ユマニが眉を顰めて尋ねた。

「なにか悪い事でも? デルタス殿の使者が来ていたようですが」

「その使者殿の事だ。デルタス殿がそなたたち三人をレネン国の賓客として迎えたいという申し入れがあった」

 レイトスの口から飛び出した人物の名に、ピメルサネが笑顔を浮かべて尋ねた

「デルタス様がですか」

 彼女の笑顔にも関わらず、レイトスは慎重な表情を崩していない。ピメルサネは提案した。

「では、私がその使者と共にレイケ様とユマニ様をレネン国までお守りいたします。頼りになる護衛もおりますから」

 それでもレイトスの表情は思い詰めたように変わらず、王妃ユマニが尋ねた。

「使者に不審な点でも?」

「そなたはどう思うのだ。デルタス殿の提案を受け入れて、母上とそなた、そしてピメルサネをデルタス殿の元に送るべきだろうか」

「私は……、出来ますれば、貴方と供にいたいと思います」

 愛する者の側を離れたくないという。王妃の愛にレイトスは微笑んだ。

 しかし、レイケが言った

「王宮の中に信じられない者が居ると言う事だね」

「お母上には隠し事は出来ませんな」

 レイトスは心にわだかまりの一つを吐いた。叛乱が王宮の放火をきっかけに始まった。火災は消し止めて放火の犯人も捕らえて牢に入れた。しかし、未だ王宮の中にルタゴドスに内通する者たちが居るかも知れない。そんな者たちが、王母や王妃に危害を加えたら、あるいは王宮の門を開けてルタゴドスの兵を引き入れたら……。固く守られているように見える王宮もかならずしも安全ではない。

 王母レイケが頷いてレネン国行きに同意した。

「わかった。では、そなたの邪魔にならぬとしましょう」

 そして、彼女はユマニに向かって説得するように言った。

「いいかい。私たちがここにいたのでは、レイトスは戦の判断を誤る」

「では、私たちが邪魔になると?」

「邪魔になぬよう、心の支えになる事も出来ましょう」

「それは?」

 ユマニの問いにピメルサネが提案した。

「デルタス殿の勧めるとおり、ここはレネン国の都へ行き、デルタス王と面会してご助力を願うのが良いのではないでしょうか」

「ピメルサネが言うとおりだよ。いま、それが出来るのは私たちだけです」

 レイケとピルサネの言葉に、ユマニは愛する者と供にいたいという思いを振り切った。

「わかりました。夫のため、この国のためなら参りましょう」

 レイケとユマニはレイトスのためにレネン国のデルタス王に加勢を頼むため、ピメルサネはアトラスに事の次第を伝えるため。レイケ、ユマニ、ピメルサネ、三人の乱れた思いは宮殿から脱出するという点でまとまったかに見えた。

 王母レイケ、王妃ユマニにピメルサネ三人の出立は、使者がもう一度来る明日の朝。レネン国の使者が王宮に出入りしている間は、反乱軍も王宮に戦をしかけてレネン国の用件を横合いから邪魔をして、デルタスの不興を買うことは避けるだろう。兵が戻るのを待つレイトスにとって良い時間稼ぎだった。


 その朝、王母レイケが心に秘めた思いを露わにした。使者が四人乗りの馬車で王宮前の門まで迎えに来た。

 大きく開いた門の内側に、三人の正装の女性を見つけた使者は、申し入れが受け入れられた事を知って笑顔で馬車を降り、王母レイケに勧められるまま門から歩み出した王妃ユマニの手を曳いて馬車に乗せ、続いてピメルサネをその傍らに乗せた。

 しかし、レイケは門から出ようとせず、馬車の上の二人に声をかけた。

「ピメルサネ。そなたと会えて楽しかった。ユマニ、そなたのレイトスへの変わらぬ愛情、この母からもお礼申します」

 王レイトスは母の背後で、三人の出立を見送っていたが、状況の意外な進展に首を傾げていた。レイケは門の内側から馬車の上のユマニに頭を下げて頼んだ。

「ユマニ。デルタス殿の所へ行って、ご助力をお願いしてきてください。今のそなたにしか出来ぬ事」

 レイトスから、馬車の上の二人が振り返って叫ぶのが見えた。

「お母上様」

「レイケ様」

 しかし、レイケは決意を固めたように言い放った。

「私のような年寄り旅の足手まとい。そして夫の意志を継ぐ身として、息子レイトスと共に残って民を守らねば」

 レイケは門番に合図して門を固く閉ざさせた。門の向こうから響くユマニの声に背を向けた。レイトスは母の思いを察した。夫と共に築いてきた国と、守り続けた民を、夫への愛、それ故に捨て去る事は出来ぬと言うのだろう。レイトスは母の行為に、静かに感謝と敬意の礼をした。

 

 馬車の上では、固く閉じられた門を振り返っていたユマニをピメルサネがかける言葉もなく見つめていた。やがて、ユマニは思いを定めたように護身用の短剣を握りしめ自分が背負う役割に心を定めたようだった。

 馬車は動きだし、ピメルサネはユマニを慰めるように言った。

「私はアトラス様の元へ戻り、今回の顛末を伝えねばなりません。ユマニ様もご一緒なさいませんか。血の繋がりはなくとも叔母と甥。寛いで過ごせる事でしょう」

「まずは、デルタス様にお会いし、ご助力をお願いしてからにいたします」

 愛する夫と離ればなれになる寂しさが滲む笑顔に、ピメルサネの心が痛んだ。叛乱理きっかけになったのは自分自身ではないかと考えていたし、デルタスの元へ行く事を勧めたのもピメルサネだった。

 彼女は頭を垂れて謝罪の言葉を口にした。

「申し訳ありません。私がアトラス様の伝言を伝えたために叛乱が起きてしまった」

「いえ。貴女のせいじゃない。ルタゴドスが腹黒いのは以前から」


 そんな会話を交わすうち、馬車はトステルたちが宿泊する宿の前に差し掛かった。宿の入り口にいたトステルがピメルサネに気づいて、無事な帰還に安堵のため息をつくのが見えた。

 ピメルサネは御者と並んで座っていた使者に声をかけた。

「馬車を止めてください。この宿に護衛の者たちが居ます。彼らに事情を話し、帰りも同行してもらおうと思います」

「護衛ですと?」

 使者は振り返って宿の人物に気づいたらしい、彼は今までその存在に気づかなかった失態を悔いるように舌打ちをする素振りを見せて言った。

「お后様。ピメルサネ様。急ぎませぬと、ルタゴドスの兵の攻撃も始まりましょう。戦に巻き込まれぬうちに、急いで町を抜けますぞ」

 使者は御者に目配せして馬を走らせよと命じた。

 そんな騒動を宿の入り口からトステルとオルガスが目撃し、表情から安堵の笑みを消した。彼らが見ている前で馬は駆け出し、馬車は彼らの視界の外に消えた。


「馬車を止めてください」

 繰り返し叫ぶピメルサネの言葉を聞き入れる事もなく馬車は走ったが、町外れまで来てその速度を落とした。

 間もなく前方に立ちふさがる兵士の姿が見えた。ピメルサネを護衛してきたオルガスが街道を封鎖していると言った十数名のルタゴドスの兵だった。

「止まれ」

 兵の指揮官の求めで馬車は停止した。ユマニとピメルサネは兵士の姿に緊張した。しかし、使者が身分と用件を伝えれば、無事に通過する事が許されているはずだった。

 指揮官はあらかじめ事の次第を知っていたかのような口調で使者に声をかけた。

「女二人? 婆さんはどうした」

「宮殿に残った。王妃とピメルサネ様だけだ」

 使者の口調は兵士たちと口調を合わせるように、王妃ユマニに対する敬意が失せていた。ピメルサネの求めを無視して宿を通り過ぎた頃から使者の雰囲気に不信感を募らせていた。ユマニはピメルサネを守るように懐の護身用の短剣を取り出した。

「殺すんじゃねぇぞ。生かして捕らえろって命令だ。殺しちゃ人質にならねぇ」

 その徴募されて間もない兵士の口調は荒っぽく、統制が取れない様子は山賊と変わりがない。

 ユマニは状況を察して非難の口調を隠さず言った。

「使者殿。デルタス殿は私たちをたばかったのですか」

 隣国の王の立場を利用して、ユマニたちを賓客として迎えるという口実で王宮から誘い出し、その身柄を反逆者に売り渡そうとしているのかと言うのである。

 使者は薄笑いを浮かべて言った。

「デルタス殿は関係ありませぬ。全ては私の一存。ここで貴女をルタゴドスに引き渡せば、私も一儲けできるというものです」

 使者は剣を抜いてユマニに突きつけた。その切っ先を避けようとすれば、ユマニは馬車を降りるしかない。長剣を構えた十人の兵士に囲まれて、彼女たちは逃げる術はない。


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