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月の都の壊滅

物語の流れに沿ってアトランティス大陸の姿を見てみましょう。

挿絵(By みてみん)


第一部、①物語が始まる頃のアトランティスが、②第二部の中盤でフローイ国の北のラフローイ、マナフローイと呼ばれる島が海没。大陸の南西部の沿岸部も形を変えています。本格的な災厄に襲われる第三部の冒頭で③アトラスの故郷のルージ島が海没、現在④のフローイ国の北部と南部の水色の部分が海に沈んでいます


 被災者たちが、倒壊する建物の危険から逃れて王都カイーキの外に姿を見せ始めた。男、女、老人、子ども、皆、血まみれだったり、折れた足を引きずっていたり、死んだのか気を失っているのか分からぬ者を抱いていた。

 アトラスは即座に命じた。

「クセノフォンよ。兵士たちに避難してきた民の保護をさせよ」

 そして、視線を転じて命じた。

「スタラスス、レクナルスとアドナは、私と共に王宮に」

 廃墟に踏み込んでいくというアトラスの命令に、クセノフォンが砂埃が治まらない王都カイーキを指さして異議を唱えた。

「我らが王よ。未だ危険ではありませぬか。今しばらく様子を見るべきかと」

 クセノフォンがそう言ったのは、王都カイーキに入って、今また大きな揺れがあれば危ないと言う事である

「いや。一刻も早く、私自身が事態を確認せねばならぬ。この三人がいれば心強い」

 この緊急事態に物見などを出して様子を探っている暇はない。王宮の重臣たちと図ってこの対策を考えねばならい。アトラスは土埃が立ちこめている王都カイーキへと踏み込んでいった。


 この都は、シュレーブ国の絢爛とした陽の都に対して、月の都と呼ばれる壮麗さがあった。町のばかりではなく、そこに住む人々の陽気な声にも溢れていた。三年前、アトラスはこの都に攻め込んで、町と民を戦火に晒した。それも、その後に王に即位したリーミルの元で傷は癒えかけていた。

 王都カイーキの中央に近づくにつれて大商人の舘や神殿などの豪奢な建物が増えていた。今はその豪華さを作っていた石積みの壁が崩れ、支えられなかった屋根も今は地面の上で原形を留めない瓦礫になった。その下から人々の悲鳴と救いを求める声が漏れて響くようだった。

「酷い」

 アドナの叫びともつかぬ言葉にアトラス主従も頷いた。無意識に舐めた唇に砂の感触がした。肌寒い初冬の空気に土埃が舞っていて、息をするだけで咳き込むほどだった。そんな中を人々はよろめきながら、家族の姿を求めて瓦礫を掘ったり、幼い者は泣きながら家族の姿を求めて彷徨っていた。

 被災者はアトラス一行だけではとうてい対処しきれないほどの数で、アトラスたちは彷徨う民をかき分けながら王宮へと進んだ


 たどり着いた王宮を前に、アトラス一行は息を飲んで立ち止まった。石造りの壮麗な宮殿が崩れ去って瓦礫に変わり、小役人たちが、命令を下す者も居ないままあちこちで瓦礫を掘り起こしていた。

 小役人の一人が瓦礫を抱え上げて、その下に見つけた光景に叫んだ。

「シアギル様が」

 その叫びに他の小役人たちも集まって瓦礫を取り除き始めた。彼らの作業にすすり泣きが混じり始め、救出されたシアギルは白髪の頭が血に染まり、もはや生きていない事は明らかだった。

 これからアトラスたちが何をすべきか、この国の責任のある者たちと相談せねばならない。周囲を見回しかけたアトラスに声をかけた者が居た。

「アトラス様ではありませぬか」

「ロットラス殿。無事だったか」

「たまたま、見回りで外にいて難を逃れました。瓦礫に埋もれた者たちを助けるために王都カイーキの各地で守備についていた兵をかき集めて参りました」

 ロットラスの言葉に、アトラスが言った。

「これからいかがする? 私がご助力できる事は?」

「まずはランロイへ救援を求める使いを出しました。二日後には救援の者たちが参りましょう。それまでは今居る者たちで、なんとか急場を凌がねば」

 二人の会話に、姿を見せたデルタスが割り込んで言った。

「我らも出来るだけご助力させていただこう」


 その後、大小の大地の揺れが続いていたが、王都カイーキを破壊したほどの大きな地の揺れは無かった。

 人々はこれが日常であったかのように、瓦礫の中に平らな場所を見つけて棒切れを柱に毛布を張って仮説のテントを設営して暮らし始めた。外気は肌を刺すほど冷たく、凍えて眠れぬ夜半はあちこちで焚き火を囲んで過ごす有様だった。


 日が経つにつれ、瓦礫の下から掘り起こされる死体も増え、被害の大きさも明らかになっていった。王都カイーキ中心部の宮殿や神殿は、石の山になって原形は留めていない、王都カイーキを囲んだ城壁も、いまはそこに城壁があった事を示すだけの瓦礫になった。デルタスの兵士たちが遺体を湖の畔に運んで埋葬したが、その墓標の数は百を超え、墓標に取りすがって嘆く家族の姿はその数倍だった。

 生き残ったフローイ国兵士をアトラス配下の兵が手伝って、小麦や温かい粥の配給をした。配給の順を待つ民の列が途切れない。


 そんな数日が経過した後、食料や薬、警護の兵の増援を求めた各地から使者が着き始めた。しかし、求めに応じるという知らせではなかった。北にあるボングスの町から周辺の土地を治めている領主から救援を求める知らせだった。王都カイーキの人々を驚かせたのはボングスの町や周辺の村々の建物が倒壊したばかりではなく、街道はボングスの北2ゲリア(約1.6km)の場所で海の中に途絶えて、その先にあった町や村や畑は、そこに住んでいた人々の気配と共に濁った海面の下に消えたという。

 自分の目で見なければ信じられない光景だが、アトラスは既に繰り返し同じような情報に触れていた。フローイ国の北にあった、ラフローイ、マナフローイと呼ばれた大きな島が海に沈んで消滅した。敗戦の後フローイ国とグラト国に分割されたゲルト国の南西岸が消滅した。そして、アトラスはその事実を受け入れては居ないが、彼の故郷のルージ島もまた海に沈んだと聞く。

 その明くる日、旧ゲルト国で、今はフローイ国の統治下に入った町や村の管理を任せた役人たちから、町や村が倒壊して多くの死者が出ていると知らせてきた。更に海辺に近い町や村のいくつかが海の下に消えたとの知らせを最後に、新たな知らせが途絶えた。フローイ国と、南の旧ゲルト国は海辺の崖に刻まれた街道で結ばれていた。その崖が崩落し使者の移動が途絶えたのである。

 王都カイーキを破壊した地の揺れは、その北や南の地では更に大きな災厄をもたらしていたということだった。

 アトラスはそんな知らせに接して天を仰いだ。人々を救いきれないというのは、戦とは違う無力感があった。


 この日の夕刻、アトラスは幕舎にデルタスやロットラスを賓客として迎えていた。

「戦が収まったかと思うと、この大地の怒り。どうして、このアトランティスの混乱と争いは収まらぬ」

 嘆くアトラスにデルタスが言った。

「アトラス様。次の春に神帝スーインを擁立する手はずで、各国は同意したのでありましょう。しかし、それまで人の心の底から沸いてくる欲が温和しくしているとでも?」

「そう願いたいものだな」

「利に聡い各国は、この大地の覇権を握ろうと、アトランティスを統率する神帝スーインを自らの国から出して、有利に事が運ぶように図るとはお考えになれませぬか」

 デルタスの言葉にロットラスが言った。

「しかし、ご覧の通り、今のフローイ国にはその力はありませぬ。我が国は新たな王を立てて国を安定させるのみ。しかし、南ではゲルト国とラルト国が争っているとも聞き及びます」

「ゲルト国王トロニス殿の事はよく存じている。次の春には神帝スーインを擁立し、我らは新たな秩序の元に平和を取り戻す。今は無益な戦だと説けばいい」

 アトラスの言葉にデルタスが疑問を呈した。

「本当にそれだけで、既に多くの血を流しあったゲルト国とラルト国が剣を治めるとでも? そしてヴェスター国はいかがでしょう?」

「ヴェスター国は、有り体に言えば我が叔父の国。もっとも信頼の出来るお方だ」

「しかし、レイトス殿も一人の人間。人として欲望もありましょう」


 そんなアトラスの幕舎の入り口が騒がしくなり、スタラススが使者を取り次いだ。パトローサにいるラヌガンが近況をスクナ板に記載して使者に持参させてきたのである。

 席を外そうとするデルタスとロットラスにアトラスは言った。

「いや。気遣いは無用に。我が心底をデルタス殿とロットラス殿に晒して、我が二心無き事、知っていただこう」

 隠し事はせず手の内を晒すという。アトラスは喜びの知らせであって欲しいという願望を抱くように一瞬戸惑いながらスクナ板を受け取った。

 ラヌガンがもたらした連絡事項は二枚のスクナ板にしたためられていた。一つはアトラスの妻エリュティアが聖都シリャードを離れてパトローサに到着したと言う事。妻との距離がやや縮まった。しかし、その妻にフェミナとその息子を守りきれなかった事を伝えれば、彼女は悲嘆に暮れるだろう。

 微笑みを消したアトラスが二枚目のスクナ板の包みを解いて驚きの表情を示した。

「いかがされました?」

 慌てて問うスタラススとレクナルスにアトラスはそのスクナ板を手渡した。内容を読んで驚く二人の傍らでアトラスはデルタスに内容を明かした。

「ヴェスター国が、わが領地を荒らしている。何とか小競り合いのうちに収めたい」

 新たな戦は、アトラスの身に降りかかっていた。アトラスがもっとも信頼する相手だった。デルタスが語ったとおり、ヴェスター国の王レイトスもまた野望を抱く一人の人間で、アトラスが不在の間にその領地を奪おうとしているのかも知れない。


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