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エリュティアの容態

 アトランティスの国々を纏め上げていた聖都シリャードでは、通常は二年に一度、春の終わりに各国の王が集う議会が開かれていた。聖都シリャードには、各国の王が議会の間だけ住まう館を持っていた。今、元シュレーブ王家の姫で今はルージ国王アトラスの后になったエリュティアが住まうのは、シュレーブ王の館である。


 食が進まぬ朝食のあと、王妃エリュティアは侍女のユリスラナに肩を貸してもらって、居室のベッドから館の庭園の東屋に移動した。四方の柱に屋根が付いただけの建物で、夏の日差しが遮られている。しかし、生前のジソー王自慢の庭園の美しさを醸し出していた木々は、切られて薪に変わった。涼しい木陰を作った樹に代わって、見晴らしの良くなった庭園に、夏の女神ルチララの使徒エスレーナがさわやかに吹き渡って、庭園に咲いた草花を撫でていた。

 アトランティスの人々は病に倒れる事を悪霊に取り憑かれたと考えている。聖都シリャードでは多くの悪霊に取り憑かれていた。長椅子に横たわったエリュティアもその一人だった。

「悪霊は名を明らかにいたしませぬが、どうやら今までとは違う悪霊のようで」

 薬師はそんな言葉でエリュティアの容態を語っていた。聖都シリャードの攻防で聖都シリャードの中は食料はおろか、清潔な飲み水に事欠く状況に陥り、多くの人々が流行病に感染した。エリュティアもまた人々と同じ病に倒れた。病が癒えきらないまま、彼女は気丈に振る舞って、敗戦と勝利者による母国の分割によって国を失いつつ、戦後処理を全うした。やや回復の傾向もあった彼女の体調も、シュレーブ国王女として最後に責任を果たした。それまで取り憑いていた病の悪霊は、彼女の気丈さに負けて去った。しかし、その後の彼女の心の隙につけ込むように別の病魔が取り憑いたと言う。

 庭園の街道に面した塀には使用人や出入りの商人が利用する勝手口がある。今は門番もおらず、商人が入ってきてエリュティアと遭遇して驚く事もある。アトラスはエリュティアと会うために、そんな気さくな出入り口ではなく、他人の家を訪問するように礼儀正しく正面の門を通って、入り口で面会を求めた。


 アトラスとアドナを正面玄関で出迎えたのは、エリュティアの侍女ユリスラナだった。彼女は二人を館の中を通って庭園に面した部屋へ導いた。大きな窓があって日差しが明るく差し込んで庭園が見渡せる。庭園へ続く入り口があり、ユリスラナは腕を差し伸べてその入り口を指し示し、エリュティアが庭園にいると伝えた。彼女に教えられなくとも、大きな窓から日差しを遮る屋根があるだけの東屋の中のソファにエリュティアが身を横たえているのが見えていた。

 木々が無くなって見晴らしがよくなったばかりではなく、庭園にいる者たちの言葉が風に乗って届く。ユリスラナとアドナはそろって窓から外を眺めて、思いを込めて拳を握っていた。

 アトラスに気づいて、頭をもたげたエリュティアに夫アトラスがかけた声が、部屋の中のアドナとユリスラナにも届いた。

「よかった。元気なようだな」

「元気……?」

 アドナは舌打ちしたくなる思いで眉を顰めた。彼女は王が妻にかける愛の言葉が足りぬと叱りつけたばかりだった。

 続いて夫に応じる妻エリュティアの言葉が部屋に届いた。

「おかげさまで」

「……、違う。そこは貴方のお顔を見て心が晴れましたとか。寂しかったわとか」

 ユリスラナは不満げにそう呟いた。妻として夫に甘えてみても良いはずだ。アドナとユリスラナは黙って顔を見合わせて、頷いて同意した。あの二人には夫婦として何か欠けていると。

 あの二人は互いの真心がこもった品を交わしている。アドナが見たところ、あの若い王は戦場で思い悩む事がある都度、胸元に指先を当てる癖がある。彼女はその甲冑の下に、エリュティアから贈られたクレアヌスの胸板と呼ばれるお守りがあることも知っていた。そしてユリスラナが見たところ、エリュティアは今も月の女神のリカケル・テスと呼ばれる滴の形の真珠を守り袋に入れて首から提げている。三年前にアトラスから贈られた品だった。彼女が日常的にみにつけているためその表面の輝きは失われているが、かえって虚飾を取り去った真心がこもった色に見える。

 それほど思いを交わし続けた二人が、王と王妃として結ばれた今、互いに距離を保とうとしているように見える。

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