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船が動く

何度かご説明しましたが、この物語には、アトランティスの言葉とギリシャの言葉が混在してます。

アトランティスの言葉の会話は 「……」

ギリシャの言葉の会話は 【……】

で区別していますのでご理解ください

 そんな数日を経て、リデントースから丸太が届き始めた。船の傍らで丸太を下ろした空の荷車は、リデントースに戻して再び丸太を積んで戻る。作業を始めている内に、船の道を造るには充分な数の丸太がそろうだろう。

 丸太の山を眺めたアトラスが言った。

「さて、あの口の悪い男の出番だな」

「少しでも穏便になってくれている事を祈りたいですね」

 エキュネウスの言葉にクセノフォンも頷いたが、今は中央神殿に勤める学究神官デリバ・スレナラムススは変わっていなかった。

 神殿から呼び出された彼は、目の前の光景と人々を眺めて苛立ちを込めた罵声を発し続けた。

「貴方たちは馬鹿なのか。向きが違うのです」

「隙間を空けては駄目だ。そんな簡単な事が何故分からないのだ」

「秩序が無いようで秩序だった並べ方をするのだ」

「なんと物わかりの悪い者たちだ。馬鹿なのか。耳が聞こえぬのか」

 レクナルスが呆れて言った。

「王よ。この男、アドナより口が悪い」

「ああっ、数倍な」

 ただ、口の悪さの例えが、彼等が信頼した女戦士になっているところを見れば必ずしも反感ばかりではない。ただ、アドナの場合は荒っぽい言葉の根底に細やかな優しさがあった。しかし、ラムススから感じるのは合理性ばかりで人としての配慮がない。

 アトラスは呆れるように言った。

「知恵は威張り散らすためにあるのでは無かろう。知恵は人の役に立てるためにあるのだ」

「知恵は人の役に立てるためにある……。なるほど」

 ラムススは新たな発見でもしたかのように納得の笑みを込めて頷いた。口は悪くとも素直な男であるらしかった。

 アトラスは諭す口調で言った。

「どうすればいいのかわかりやすく言え。わかりやすく説明できるのが本当の知識を持った者だ」

 アトラスの言葉にラムススは頷き、少し考えて言った。

「進むべき方向に沿って丸太を並べます。そう、幅は船の幅になるほど」

 列車のレールのように船の進行方向に並べろと言う。アトラスはクセノフォンたちに頷いてラムススの言うとおりにして見ろと指示した。夏の焼け付く太陽の下、クセノフォンたちの額から汗が滴っていた。そんな労苦を気に掛ける様子のないラムススの文句が口を突いて出た。

「違う。違う。道が切り離されている。見ろ。並べた丸太の端がそろっているではないか」

 同じ長さの丸太を並べれば、丸太の端と端はそろう。当たり前の指摘に、クセノフォンは助けを求めるようにアトラスを眺めた。アトラスはラムススに視線を転じて、肩をすくめて、さっき言った事を想い出せと伝えた。

 ラムススは少し考えて具体的な表現を見つけ出した。

「並べる丸太はその端を少しづつずらして並べるのだ。そして、横にも縦にも隙間無く並べればいい」

 確かに、端がそろっていれば、その継ぎ目で船の道に強度不足が生じる。丸太の端をずらして並べていく事でそれが防げる。重い船を運ぶために、船の道に強度不足があってはならない。そう言う単純な理屈に気づいてみれば、ギリシャ人たちも納得した。


 しかし、光景を眺めていた大臣ライトラスが記憶を辿って首を傾げた。

「以前は、確かに丸太は密に並べておりましたが、全て横向きに」

 そんな言葉を漏れ聞いたラムススは、愚か者にため息をつくような口調で言った。

「爺さんたちは、そんな事をしていたから、ルードン河からここまで千人を越える男が五十日以上も掛けて運ばねばならなかったのだ」

 この男の毒舌は大臣に対しても容赦がない。

「ジソー様の時代なら斬首ものだぞ」

 ライトラスが苛立ちを込めてそう呟くように言った。権威が全ての指針になったジソー王の統治下なら大臣への罵詈雑言など、役人に即刻捕らえられて斬首されていただろうということである。

 アトラスは苦笑いしながら、ライトラスに肩をすくめて見せた。言葉が悪いのは許してやれということか。


 並べ終わった丸太は、船の長さの三倍ほどになった。並べる方向が変わって船の道のイメージが違う。意図が分からず首を傾げる見物人に、ラムススは愚か者たちに口では説明できぬとばかりに、自ら別の丸太を引きずってきたかと思うと、今まで密に並べた丸太と交差するように横向きに乗せた。

 

 それを眺めて、クセノフォンも彼の意図に気づいて納得した

「なるほど……」

 ラムススが置いた丸太は、船の道として地面に並べた丸太の上を、レールの上を転がる車輪のように容易に転がっていく。その転がる丸太の上に船をのせれば……。

 彼が長く考え込む間もなく、ラムススが次の指示を出した。

「さぁ。他の丸太を、この丸太の横に並べてください。船の道ほど密に並べずとも良い。ただ、船の長さになるほどの数が要ります」

 ギリシャ人たちが彼の指示を完了するのに、たいした時間はかからなかった。そして彼等は今までの船の道の上にあった船を、新たな船の道へと移し終えた。

 船から伸びるロープを曳いた彼等は歓喜に沸いた。

「動く。動くぞ」

 今までのように、圧力のかかった木がこすれあわされるぎしぎしと軋むような動きではない。丸太が重々しい音を立てて転がりながら、その上の船を進めて行く。

(これなら……)

 海まで運べる。クセノフォンたちの中に自信が戻ってくるようだった。


 船を移動させるというのは、ギリシャ人たちにとって現実の不安を振り払う祭りの山車だしを曳く感覚であったのかも知れない。しかし、船を海まで運ぶ目処が付いてみると、いつになるか分からないと心の中で誤魔化してきた出来事について、真剣に考える必要が出てきた。

 

 船の移動に携わるギリシャ人たちは夕闇が迫る中、彼等が宿泊する天幕も船の側に移し終え、五十を超える天幕村が出来上がった。船の移動も順調になれば、この村の移動はもっと頻繁になる。


男たちが集う天幕の一つの中でも、会話の話題は選ばれる者たちについてだった。一人の男が気がかりな事を言った。

【船には一体誰が乗るんだ】

 傍らにいた男が考えながら答えた。

【まずは星や潮の流れが読める者。それから帆を操る事が出来る者と櫂を漕ぐ強靱な体力のある者】

 そんな言葉に、別の男が心当たりのある名を口にした。

【体力があると言えば、ニキアス。お前などが選ばれるんじゃないか】

 ニキアスと呼ばれた男の傍らで、彼の上着の端を握って離そうとしない幼女が居た。リデントースから帰還した折りに「俺の、子に、なるか」と尋ねて頷いた関係だった。男の子だと思っていた幼児の土埃に汚れた顔を拭ってみると、女の子だと分かった。ただ親子になるための心の繋がりは出来ていて、男の子でも女の子でもどちらでも良い。ニキアスは聞き慣れない言葉の会話に不安を抱いている様子の幼女を抱き寄せて、その髪を優しく撫でて言った。

【いや。俺にはニルメネが居る】

 寄り添う幼女の名はニルメネと言うらしい。そして、ニキアスは彼女の父親であり保護者としての運命を掴んで放す気はない。

 別の男がもう一人の心当たりの男を視線で追って尋ねた。

【では、デミトリアス。お前は、どうだ?】

 デミトリアスと呼ばれた老境に達した男は、元は船乗りで船の構造を知り尽くしていて、昼間は船を曳く仲間と離れて、王宮の工房で帆を作るのを手伝っている。船に乗る資格があると言うなら、この男が筆頭だろう。

【俺もここに残る】

【どうして?】

王都パトローサに来て、女と知り合った。夫婦になるつもりだ。そんな女を捨てては行けない】

 ギリシャ人たちは、フローイ国から始まってアトラスと共に各地を転戦し、やがて王都パトローサの北東部の森を与えられて村を作った。交易などを通じて王都パトローサに住むアトランティス人と交わる機会も増え、愛を交わし合う関係も生まれていたと言う事か。それは他のギリシャ人たちにも心当たりがある。

 仲間は彼に聞き出したい事がある。一人の髭面の男が尋ねた。

【デミトリアスよ。王宮では船に誰が乗るのか聞いていないか】

 王宮に出入りする彼ならその事情も良く知っているはずだ。しかし、彼は首を横に振った。

【聞いた事はない。俺の女が言っていた。この地を離れれば、彼等が信じる死の世界に行けず、その魂は彷徨い続けるしかない。だから、この地を離れたくはないと。たぶん船に乗る事を望むアトランティス人は多くはない】

 天幕の外で漏れ聞こえる会話に耳を傾けていたのかどうか、彼等のリーダー役のクセノフォンが天幕の中へ姿を見せた。

【夜も更けたが、盛り上がっているようだな】

 そんな声を掛けたクセノフォンに、一人の男が尋ねた。

【クセノフォン。あんたは誰をあの船に乗せるつもりなんだい】

 この天幕に集う者たちが最も知りたい事。彼等の視線がクセノフォンに集まった。クセノフォンはすでにいくつもの天幕を回って聞かれたときと同じ返答をした。

【まずは言っておく。それは私の一存で決める事ではない。元はエキュネウスがアトラス様と交渉して得た船だ。彼とその妻の乗船に反対は出来ないだろうよ】

【しかし、彼等だけでは航海も出来ぬはず】

【だから、我等は航海の経験のある者を選んで乗せる事になるだろう】

【クセノフォン。あんたはどうなんだ】

【俺か? 俺は嫌な時期に、指導者に祭り上げられちまった。お前たちと同じ立場なら、俺も船に乗せろと要求したかも知れないが、今の俺は仲間を残して旅立つ事はできないな。だからこそ、俺の判断を信じろ】

 頷いて同意する男たちを見回してクセノフォンは話題を変えた。

【ただ、一つ。皆に頼みがある】

 クセノフォンに男たちの視線が集中した。彼は皆の記憶を呼び起こすように言葉を続けた。

【アイネアスを覚えているだろう】

【ああっ、勇者アイネアスを忘れるわけがねぇ】

 彼等と共に激戦をくぐり抜け、常に彼等の先頭にいた指揮官。一人の男の懐かしげな言葉に、天幕の中にいた男たちが微笑んで頷いた。クセノフォンはそんな男たちを眺めながら言葉を続けた。

【俺はアイネアスに息子のマカリオスを託された。彼には父親の故郷の地を見せてやりたい。俺はそう願っている】

 クセノフォンの提案に、男たちは次々と頷いた。

【アイネアスの息子なら異存はねぇ】

【俺もだ】

 懐かしい記憶に笑顔が広がる中、戦で失った腕の傷口を哀しげに眺めた男がすすり泣くように言った。

【俺はこの通り。もう航海では役にはたてねぇ。でも、故郷で子どもが生きているなら一目見たい】

 天幕の中が静まりかえった。この男の叫びもまたギリシャ人たちに共通する思いだった。


 そして、別の天幕の裏に二人の男女の姿が、闇の中で満月の光に浮かび上がっていた。マカリオスが恋人の肩を掴んで言った。

【デルフィネ。お前が行かないなら俺も行かない】

 彼は決意を固めている。父母が生まれ育ったギリシャの大地、そしてそこから広がる広大な世界にあこがれを抱いて、船に乗って旅立ちたいと感じている。ただ、愛するデルフィネと共に生きていきたいという思いも強い。

 デルフィネは眉を顰めて拗ねてそっぽを向いた。

【ずるいわ。そんなの、私は私の運命を選べない】

 見ず知らずの土地に移る不安、長い命がけの旅の恐怖、父母や妹を残して行く寂しさ、親しい者たちを見捨てて自分だけが命を長らえようとする罪悪感。様々な思いで彼女の心は混乱している。


留まる事を決断した者にはそれぞれの理由があり、渡航を望む者たちにも、それぞれの理由がある。しかし、今、この地で生き残っているギリシャ人は男女を含めて一千人を超える。ただし、船に乗れる人数は、どんなに多くとも四十人を超える事はない。彼等は命と運命の選択を迫られていた。


この時、二人の足下で大地が揺れた。人々の不安を揺さぶるように、その後の激しい地の揺れを予告する小さな揺れがあり、尻餅をついて立っていられぬほどの激しい揺れが終わった安堵感に付け込むように次の揺れがあることに気づいていた。うち続く大小の地の揺れで、いま、彼等の心を揺すぶる大地の揺れが、彼等に本当の災厄をもたらす最後の揺れになるのかどうか誰にも分からない。

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