表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/174

破滅の拡大

 フェイサスは港町だった場所を、その残骸で探し当てた。

 ほんの先日まで、ここは南北二つの岬が伸びて、両腕で抱え込むように外洋から海を切り分け、その入り口にはいくつかの島があって、波の穏やかな入り江を作っていた。大型の船が岸部に接近できる海の深さがあり、多量の荷を積んだ商船が数え切れないほど浮かんでいた。岸辺にはそんな荷を扱う大商人たちの家が建ち並び、酒場からは水夫たちが酔って騒ぐ声が響く。都に次ぐ喧噪に溢れる町だった。

 数人の従者と共に馬を飛ばしてきたフェイサスから遅れて、オルエデスとバイラスが到着した。彼らもまた信じられない光景に目を見開いていた。

「本当にここなのか?」

 オルエデスの言葉にフェイサスが頷いた。海辺近くの家々も地面が削り取られたようになくなっていた。船や桟橋どころか、岬も港も町も、消滅した。荒く早い外洋の潮が岸辺を抉りながら流れていた。むろんそんな海にはオルエデスが率いてきた軍船の姿はない。

「私の船は何処だ。こんな馬鹿な事があってなるものか」

 そう嘆いて周囲を見回したオルエデスは、大地が抉られ流されて出来た新たな海岸から三百歩ほどの位置に一隻の軍船を見つけた。帆や舵を操る水夫が二十に兵員を三十は乗せる事が出来る大きな船が、陸に鎮座しているのは不思議で滑稽な姿だった。この船は元の停泊場所からは半ゲリア(約四百メートル)は内陸へと移動した事になる。港を襲った波のすさまじさを象徴する光景だった。

 ただ、その波に耐えた巨木に引っかかって、この船は沖合に流されずここに残骸を晒している。船の帆柱は折れ、船腹にも甲板に近い位置に大きな穴が開いていた。アトランティスの軍船は帆走と水夫たちが漕ぐ櫂で航行する。船を港の桟橋に繋留する時には邪魔になる櫂は船の中に収納してある。波は船の中の物まで流し去ろうとしたようで、船腹の穴から船の中に収納していた櫂の幾本かが見えていた。

 オルエデスはその光景に希望を見つけた。帆柱が折れているとはいえ、あの船の船腹の穴を塞いで水辺まで運べば海を渡ってヴェスター国に帰れる。彼の指揮下に五百の兵がおり、船の修理と運搬には充分だ。

 

 フェイサスが眺める海の沖に、元は船か家か分からぬ木の破片が流れていた。おそらくは海岸縁の林の木々が流されてきたのだろうか、枝に葉がついたままの樹木も流れていた。もちろん、この港を襲った波が海へと流し去ったものは既に潮の流れに乗って南へ移動しているだろう。フェイサスたち目の前を流されていくものは、ここから遙か北の大地の残骸に違いない。ルージ島は南も北も全域が破滅に見舞われていると言う事だった。これから先の運命を暗示するように日が傾き始めていた。

「私は早く戻って報告しなければ。オルエデス殿はどうされる?」

 フェイサスの問いに、オルエデスは狼狽えるのみで答えられず、バイラスが代わって答えた。

「都にいる我が兵に、この浜へ移動するよう伝えてくださらぬか。何とか残った船を修理したい。それからの事は改めてご相談を」

「分かった。伝えよう」

 フェイサスはそれだけ言い残すと馬に跨って去った。

 

 同じ頃、都にいた大臣クイグリフスは、ルージ島を襲う災厄は考えていたより大きいばかりではなく、留まることなく広がり続けていることに気づき始めていた。

 ルージ島の南に位置したヤルージ島の異変、その異変の余波として生じた大きな波がルージ島の南岸を襲った事など、クイグリフスたちの目は南側へと向けられていた。しかし、彼らを襲う本当の災厄は北側から始まっていた。

 ルージ島の災厄の全貌を知って対応しようとするルージ国の重臣たちと違い、民は直感と感情で動いていた。フェイサス抱いたルージ島の北部が大きな災厄に見舞われたという危惧は正しい。都に住む人々の感覚では、北の町から避難民が姿を見せて、彼らが目撃した状況を恐怖と共に語った。都になだれ込む避難民の姿も、何回かの地の揺れの後で途絶えた。

 揺れの中でも生活を守ろうと、北の町に行商に出かけた商人たちが戻ってきて告げた。街道は至る所で巨大な地割れに寸断され、その先は海だったという。その言葉を裏付けるようにあれほど勢いの良かったキシリラ山の噴煙が消えた。この都でも見通しの良い高台に行けば北に見えたキシリラ山の峰が今は見えない。北の領主たちと連絡が途絶えている。クイグリフスが調査に派遣した者たちが戻って、ルージ島の北の大地が地が揺れる都度消失して、キシリラ山すら海に没している光景を告げた。


 明くる日、フェイサスは夜が明ける前の闇の中に馬蹄の音を響かせて戻った。彼の帰還を知って出迎えたクイグリフスと、即座に意見が一致した。

 リネとピレナを安全な国外へ移さねばならない。しかし、リネもピレナもそろってそれを拒絶している。

 フェイサスが言った。

「私に策がある。リネ様とピレナ様に避難する民を安全なところへ誘導をしていただこう」

「なるほど。それは良い」

 あの二人の気性なら、彼らが国外に脱出してくれと懇願しても頑として聞き入れるまい。ただし、民を安全なところへ移動させるという役割を提案すれば断る事はないだろう。都の南の沿岸部には船が接岸できる砂浜がいくつかあり、フェイサス指揮下の軍船の一隊がそんな浜に船を上陸させているし、いくつかの漁村には漁師たちの船もある。

 民を順に安全なところへ待避させるために同行するようにと勧めれば船に乗って行くだろう。もちろん、ルージ国にある船を総動員して対岸のアトランティス本土と往復させても、運べる民の数は僅かだろう。もし、災厄が収まらずルージ島全域が沈む事があれば、残された民も大地と共に海に沈む。


 クイグリフスは都の南の領主に食料を送ると同時に、避難民たちの受け入れの準備をするように命令を発した。避難民たちはルージ島の山岳地帯を避け、浜辺に近い街道を南下させる。当面の目的地はコノレスと呼ばれる町。ピレナが良く訪れるアワガン村への途中の町だから、彼女は街道の状況も町の位置も知り尽くしているだろう。


 クイグリフスたちは、今の状況を報告するという体裁を取って、リネとピレナに謁見しつつ、提案した。

「我ら家臣の杞憂であればよいのですが、いま、ヤルージ島を襲った災厄がこのルージ島にも降りかかり、北の方から都へと近づく気配がございます。」

「だからこの国を捨てよと申すのか」

 リネの苛立ちの籠もった言葉にクイグリフスが答えた。

「いえ。不安に駆られて都を離れる民もおります。領主フェクラスにコレノスの町で手厚く保護するように命じましたが、散り散りになる避難民もおりましょう。先導する者が必要です。ただ我ら家臣は力不足。この都の混乱を収めるのに精一杯でございます。出来ますれば、リネ様とピレナ様のお慈悲にすがり、民を導いてはいいだけぬでしょうか」

 クイグリフスはそう言いながら、誇り高いリネがそんな役割を引き受けるだろうかという不安を感じても居た。リネの傍らにいたピネナも同じ不安な視線を母に向けた。ただ、リネは静かにしかし力強く頷いて言った。

「わかった。私がその役を引き受けよう」

 その返事に、ピレナは思わず微笑んで母を抱いた。リネはその決断の理由を口にした。

「我が夫リダルが生きていれば、同じ事を命じたでしょう。私はリダル様の望むとおりに生きねばならぬ」

 ピレナは母の言葉を賞賛するように母の頬にキスをし、クイグリフスを振り返って彼女の決断を伝えた。

「では、私は先に行くわ」

 首を傾げたクイグリフスに、ピレナは言葉を補った。

「この都から脱出した人々が、目的地も定めず彷徨っている。その人たちを見つけてコレノスの町に向かわせればいいわね」


次回更新は12月26日(土)の予定です。僅か16歳の少女ピレナは多くの人々を誘導しその安全を守る重責に……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ