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王都(パトローサ)・リデントース・リウダ

挿絵(By みてみん)

 それは、扇動者たちを指さして役人に捕らえさせるばかりではなかった。王都パトローサの住人たち自ら望んだ治安維持のために、協力を申し出た者たちが居るという。そして、扇動者たちはそんな人々に荒っぽく捕らえられて役人に引き渡されたという。


 そうやって捕らえられた者たち十数人が縛られて、重臣たちが集う王宮の広間に連行されてきた。

 アトラスの視線が一人の若い男に止まった。その男の顔に記憶がある。その若者もまたアトラスの視線を避けるように慌ててうつむいた。互いに、石で負傷させ、負傷させられた当事者だった。


 ジグリラスが玉座とその横の王妃の席に向かって言った。

王都パトローサで騒動を起こそうとしていた者たちでございます」

「民の手によって捕らえられたようなものということか」

 アトラスの言葉に頷きながら、大臣ライトラスが進み出て尋ねた。

「この者たちの処置は、いかが致しましょう」

 曖昧な質問だが、王を害した重罪人どもを、斬首にするか、火あぶりにするか、その処刑の方法を尋ねているのである。王を害する者がどんな目に遭うものか、この者たちを広場で処刑して見せしめにするのも必要だった。


 捕らえられた者たちは自分の運命を悟って、黙っている事も立っている事も出来ず、猿轡の内側から悲鳴を漏らし、体から力が抜けて床に尻餅をついた。アトラスと視線を交わした男も絶望の表情でうつむいていた。

 アトラスは少し考えて言った。

「ロッデルススの元へ送り返してやれ。こんなことをしても無駄だとな」

「しかし、……」

 ジグリラスが、この者たちに厳しい処罰を下しておかねばならない。さもないと再び同じような騒動を起こす者が出てくると言いかけた時には、アトラスは既に席を立って、すべては決まったと言わんばかりに背を向けていた。

「後はお前たちに任す」

 アトラスはそれだけ言って立ち去った。アトラスと視線を交わした男は信じられないものを眺めるようにその後ろ姿を眺めていた。しかし、王の命令とは言え重罪人たちを解放すべきかどうか重臣たちはざわめいていた。

 大神官長ゴルロースが進み出て、周囲の重臣たちを見渡して言った。

「では、私がその役割をたまわりましょう」

 

 明くる日、ロッデルススは屈強な男たちが担ぐ輿に乗り、神殿から街道を東へと進んだ。その後方には、縛られ縄で繋がれた囚人たちが十人の役人に護衛されて続いた。人々は囚人たちの姿を眺め、どんな残忍な刑に処せられるのか想像しあっていた。人目を避けて処刑されるなら、見せしめの域を超えた残酷な死がもたらされるのだろう


 そんな想像をかき立てる事で、囚人たちの役割は終わった。郊外まで出たゴルロースは隊列を止めた。役人に命じて囚人の縄を解かせた。何事かと怯える囚人たちにゴルロースは言った。

「お前たちと行動するのもここまでだ」

「どういう事で?」

 一斉に首を傾げた囚人たちにゴルロースは言った。

「路銀を与える。後は好きにするが良い」

「ロッデルスス様の元に戻っても言いと言う事で?」

 そう尋ねた囚人に、ロッデルススを良く知るゴルロースが言った。

「お前たちは王の名を貶め、ロッデルスス殿の名声を吹聴せよと命じられていたのであろう。しかし、失敗した。そもそも、その指示された方法が未熟であったとはいえ、ロッデルスス様は自分の非を認めるまい。そして、失敗の証人となるそなたたちを人知れず抹殺しようとされるだろうよ」

 リデントースに戻って、ロッデルススに見つかれば殺されると言う事である。囚人たちは顔を見合わせて納得しあった。ただ、一人の囚人が納得しかねるように尋ねた。

「大神官長様。何故、王は我々をお許しになったのでしょう」

「私はあずかり知らぬ。ただ、あの方は仰った。民を幸福に導くのが良い王だと。それがただ一つの真理だというように」

 話題を逸らされたようで首を傾げる囚人たちに、ゴルロースは独り言でも言うように語りかけた。

「私は自分に問う。私は良い神官か? 神々の代理を騙る詐欺師か? それを決めるものは何だろう。私は神殿の運営にのみ忙殺され、いつしか大事なものを見失っていたのではあるまいか」

 ゴルロースは囚人たちを見回して苦笑いして言った。

「今まで、これほど熱心に私の言葉に耳を傾けた者たちが居ただろうか。これが神官として良い神官と言う事かも知れぬ」

 ゴルロースの言葉にアトラスを負傷させた男が進み出て言った。

「私にゃ、難しい事は分かりません。でも、ロッデルスス様の元に我が兄が学究神官デリバ・スレナとして仕えております。ゴルロース様がリデントースへ行くならお役に立てるかと」

祭礼を執り行う神官、神々の教えを探求する神官やその神官や神殿を守るための武術に長けた僧兵など、いくつかの役職や階級がある。学究神官デリバ・スレナとは様々な自然現象から神々の教えに近づこうとする者たちで、現代で言えば自然科学の研究者と言うところだろうか。

 神々の儀式を執り行ったり、教えを広めたり、宗教行事に直接に加わる事も少なく、神殿で神官としての身分は低い。ただ、僧兵が武芸に長じているのと同様、自然現象や神殿建設などに関わる土木工事や石組みの知識や技術を持っていた。この若者にはそんな兄が居るという。

 改めて若者の顔を眺めたゴルロースは記憶を辿るように呟いた。

「そなたは……」

 男の顔を良く眺めれば、聖都シリャードを訪問してロッデルススに面会した折り、彼に話しかけてきた若い神官の面立ちと似ていることに気づいたのである。

 別の男が言った。

「私には一緒に避難した家族がリデントースに残っております」

 家族を残して逃げられないという。他の男たちも続いて同じ事を言った。ゴルロースは悟った。ロッデルススは家族を人質にとって、この男たちを王都パトローサに送り込んでいたのである。

 ゴルロースは今はどうでも良いと首を横に振って言った。

「では、ついて来るが良い。ただ、リデントースに着いた後は、私から離れ家族を連れ出す手はずを整えるがいい」

 ゴルロースの言葉に男たちはうなづいた。

 

 二日後、日常の光景になったように、リデントース神殿にはロッデルススの不満と苛立ちに満ちた怒鳴り声が響いていた。

「どういう事だ? 信者たちはどうしたのだ?」

 ロッデルススは配下の神官たちに苛立ちをぶつけていた。無能な王の評判を落とし、救い主としての彼の名を吹聴すれば、民は彼の下にやって来る。王都パトローサの賑わいは消え、変わってリデントース神殿とその町が栄えるはずだ。ところがその思惑は外れて、王都パトローサに避難しようとする民の一部が食糧と神の救いを求めて来ただけ。bbif

充分な食料がないと知るや立ち去る家族もいる有様だった。


 この時、大地が揺れてロッデルススの怒鳴り声が中断した。ここの所、大地の揺れの回数が増えたばかりか、その激しさも増している。ただ、ロッデルススの配下の者たちにとって、彼の怒りと怒鳴り声が大地を揺らし神殿を軋ませているようにも感じられる。

 返事もなく立ちつくすしかない神官たちに、ロッデルススは更に興奮して怒鳴った。

「まったく、役立たずどもめ」

 そんなロッデルススに恐れおののきながら、一人の神官がやって来て来客を告げた。ロッデルススは収まりきらない興奮の中で記憶をたどってその名を探し当てた。

「ゴルロース?、ゴルロース……。おおっ。そうか、ゴルロースが来てくれたか。至急、通せ」

 この時のロッデルススの記憶に蘇ったのは、彼に敬意を抱く若く才能のある弟子という印象だったろうか。彼は記憶と目の前に現れた初老の男の姿の違いに戸惑いを見せた。彼は今の面影に昔のゴルロースの記憶の欠片を当てはめて言葉をかけた。

「ゴルロースよ。久しいの。儂が王都パトローサを離れて以来か」

 彼が王都パトローサの大神官長の座をゴルロースに譲り、野望を抱えて聖都シリャードに行った頃の記憶だろう。先頃、ゴルロースが聖都シリャードに出向いて交渉した事など、ロッデルススの記憶から抜け落ちていた。

 ゴルロースは過ちを指摘される事を嫌うロッデルススの性格を良く知っていた。彼は民を煽っても無駄だと否定せず、ロッデルススが喜ぶ言葉で会話を切り出した。

「ロッデルスス様。大地が海に沈み続けて止む事がございません。民は難渋し大災厄を止める事が出来ぬ王に失望しております」

「おおっ。そうであろう」

「ロッデルスス殿。民の賞賛を得る名案を持って参りました」

「何か?」

「ロッデルスス殿が、民を苦しめ続けるの災厄を鎮めてみなされ。民の賞賛はすべてロッデルスス殿のもの」

 ゴルロースの提案にロッデルススは興味を示した。

「ふんっ。なるほど」

 人の力や祈りで大地の揺れが収まるなら、とっくの昔に収まっている。たとえロッデルススとはいえ無理な事だろう。ただ、無理な事に没頭させていれば、民を煽るような無駄な事から気を逸らす事が出来るに違いない

 ゴルロースはロッデルススをなだめて納得させる事が出来たと信じた。しかし、それが大きな問題を生む事になった。

 こうしている間にも大地が揺れて神殿の石組みの壁が軋んだ。


 同じ頃。

 ロッデルススたちが居るリデントースの東。シュレーブの地を抜けたリマルダの地のリウダの町。幼い領主リシアスが住む領主の舘がある。

 大地の揺れはいよいよ激しさを増して、町を襲い続けている。既に倒壊する家屋も生じていて家屋に潰される多くの民もいる。

 領主リシアスは、広場や町の郊外の開けた土地に天幕を張って、避難民を保護していた。今や安全な場所はなかった。東の端が海に沈んだかと思うと、次は北、その次は南と、海に沈む大地は予測できず、西に隣接するシュレーブの地も同じ、アトランティスの中原の大地もその東西南北の周辺から削られ逃げ場がない。


 駆け込んできた役人が、沈んだばかりの大地の様子を告げた。

「東はケルミナの村、北はフトバルの森が海に呑まれたとの事でございます」

 ケルミナの村は、このリウダの町から東に五ゲリア(約4km)、街道沿いにある村や町を辿れば、リウダの町から集落にして三つ目という位置である。フトバルの森は北に四ゲリア(約3.2km)。軽いハイキング気分の距離だった。災厄はリウダの町からそんな近くにまで迫っていた。


 幼いリシアスは役人に尋ねた。

「ケルミナの者たちはいかがした?」

 村人たちには災厄が迫った折りに、避難するように呼びかけさせていた。しかし、避難しても生き延びる希望が見いだせず、生まれ故郷を捨てられなかった者たちも残っていた。

「頑固に村に留まった者が半数。しかし、残りはなんとか逃れてこのリウダに向かっております。」

 約百人の村は消滅し、五十人ばかりが生き残っていると言う事である。リシアスの幼い表情に悲しさの反面、生き残った者が居る安堵感もうかがえた。彼はまだたどたどしいが、母のレスリナの様子を真似て命じた。

「食料庫を開け、広場に天幕を張り、毛布を運ばせて。炊き出しの準備をせよ。怪我人のための傷薬と包帯の用意も」

 レスリナはそんな息子を頼もしく見守っていた。しかし、悲劇的な見方をするなら、こんな対処を覚えるほど、災厄はこの母と息子の前で繰り返し起きているという事でもある。領主の館があるリウダの町にもその災厄が迫っているという絶望的な状況に見えた。その不安を確信に変えるように大地が揺れた。


 地の揺れに慣れた者にも、今にも大地が割れて冥界に引きずり込まれるような恐怖を感じさせる揺れだった。床に尻餅をついて、両手と両足を広げて体を支えていたリシアスは叫ぶように言った。

「ここも危ない」

 既に、この町にも倒壊する家が絶えない。一般の家に比べれば頑丈な作りだが、それでも屋根を支える太い柱が軋み、天井から土誇りが降り注いでくる。

 今にも崩れ落ちてきそうな天井から、母親のレスリナが幼い息子を庇って覆い被さるようにその体を抱いていた。

 リシアスは言った。

「お母様なら、この状況を誰より正しく伝えられます。エリュティア様の元にお伝えに行ってください」

 彼は自分はリマルダの領主としてこの地に留まらなければならないという決意とともに、母親だけは使者としてこの地から脱出させようとした。

 母親は未だ幼さが残る息子の企みを見破って言った。

「いいえ。ここにいましょう。貴方がガルラナスの息子なら、私はガルラナスの妻です。ガルラナスという人間にふさわしく生きる事が、静寂の混沌ヒュリシアンで、一つに融けあえる条件。母はそう思います」

 逃れようのない運命なら、自らの信念に従って生を全うする。そんな言葉に、リシアスは母の腕の中でこくりとうなずいた。レスリナは腕の中の息子に微笑みかけながらも、きっぱりと言った。

「しかし、この状況は事細かく、王と王妃様にお知らせせねばなりません」

 リマルダの地を預かる者の義務だという。大地の揺れが収まってきたことを感じ取った彼女は、小間使いを呼んで二枚のスクナ板を用意させた。彼女はそこに文章を書き連ねて、内容を息子に説明して領主の印を押させた。

 そして、スクナ板の一枚は青い布で包んだ。もう一枚はリマルダ領主の紋の入った布に包んで厳重に封をした。

「タッデル、タッデルはどこに」

「ここに居ります」

 部屋の外に控えていた若者が姿を見せた。若く足は達者だが、その忠誠心はガルラナスに長く仕えた老臣にも劣らない。

 レスリナはスクナ板の包みを渡して命じた。

「青い布で包んだ方は、王都パトローサの王の元に届けよ。そなたは王都パトローサに留まり、このリウダの町に最後の時が来たと聞いた時に、残りの一枚を王宮に持参せよ」

 タッデルは察した。一枚はただの通信文。しかし、もう一枚は、王と王妃に当てた遺言に違いない。


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