ロッデルススの奸計
王の館に収容した子どもたちの数を数えれば、幼児まで含めて五十四人。テウススたちは、その子どもたちの数を含めて、リマルダ領主リシアスと、王都にいるアトラスに事の次第を伝える伝令を走らせていた。
幼い娘に再会したルゲンドロス夫婦が大喜びする傍らで、舘の者に哀しげに尋ねる少女が居た
「ケルマナは何処?」
事情を聞けば、同じ時に神官に保護された妹が、神官に連れて行かれて戻ってこないという。子どもたちから話を聞き取っていく内に、そんな戻ってこない子どもの数は十数人に及んだ。
「やはり噂は本当だったのか」
テウススとハントスは顔を見合わせてそう呟いた。子供たちの命を神に捧げる儀式が行われていたのかと言う事である。ただ、推測が深まったに過ぎず、事態は未だ闇の中だった。
この聖都に、親が残っている子どももいるかも知れない。そんな子どもが五人ばかりいた。テウススはそんな子どもたちの世話をルゲンドロス夫婦に委ね、親を捜す手伝いはハントスが買って出た。
領主リシアスに預ける子どもたちは四十数人。子どもたちの中にはよちよち歩きの幼児まで居る。全ての子どもたちを領主の舘まで歩かせるのは無理だろう。彼は郊外の駐屯地から五十騎の騎馬兵を呼び寄せた。幼児や疲れた子どもは馬に乗せ、あとは歩いて領主の庇護の下に向かう。リシアスは先に出した伝令で子どもたちの事は承知しているだろう。
「これも、私に出来る罪の償いという事か」
テウススはそう呟いていた。彼はこの大地の上で戦い抜いた。幾十人もの敵の命を奪ったばかりか、その戦火で多くの人々を苦しめることになった。その罪を突きつけられるように、親のない子がいる。テウススがふと気づくと、その子どもたちの中の一人が、庇護を求めるようにテウススに寄り添っていた。
その少女の表情を見てテウススは寂しげに微笑んだ。
「そうか、私を許してくれるか」
彼は子どもたちを見回して、ふと気づくように呼びかけた。
「私はテウスス。お前たちの名は?」
子どもたちは、テウススの意図を図りかねるように不思議そうにテウススを眺めた。そのなか、テウススに寄り添う少女が名乗った。
「わたし、リッピネ」
「そうか。良い名をもらったな」
そんな会話を交わす中、他の子どもたちも次々に名乗り始めた。
「ミンタス、ぼくはミンタス」
「クラーテスです」
「フェリナナ、わたし、フェリナナ」
そうやって、子どもに数だけ名前が挙がった。子どもたちというひとくくりではなかった。その一人一人に両親が与えてくれた名があり、人格があり、この大地で生きる人生があった。そんな光景を王の館の者たちがじっと見守っていた。
そんな王の館に子どもたちの護衛役の騎馬兵が聖都の門に着いたとの知らせが入った。テウススたちは、忘れていた笑顔を取り戻した子どもたちを伴って、聖都の北門へと移動した。出迎えた騎馬兵たちはテウスス同様の歴戦の兵士。しかし、彼等が子どもたちに向ける視線が穏やかで優しい。テウススと同じ気分で居るのかと考えたがそうではなかった。
彼の笑みを眺めたテウススに、兵の一人が苦笑いして寂しげに言った。
「故郷の子どもを思い出しました」
故郷のルージ島を離れて五年近くになる。その間、故郷で彼等の帰りを待ちわびていた家族は、大地と共に海に沈んでいた。荒々しい戦の中で目の前の子どもたちに故郷を思い出したというのである。この兵士たち一人一人にも人生があった。
懐かしさと悲しさを振り切るように指揮官が言った。
「では、子どもたちの事はお任せ下さい。無事にリシアス様の下に連れて参ります」
兵士たちは、幼い者を背に乗せた馬の手綱を曳き、幼すぎて馬に乗れぬ者は、馬上の兵士が抱きかかえた。そんな様子が手際よく優しい。
そんな兵士と子どもを西へ見送った後、テウススも王の舘の管理人ハントスに別れを告げた。彼は北の駐屯地に残った兵士たちと共に再び聖都の監視につくつもりだった。
北の駐屯地に向かうテウススが、馬に飲ませる水を求めて立ち寄った村の一つ。村の中が騒がしい。着の身着のままの薄汚れた者たちが、疲れ切ったというように井戸の周りの地面に座り込んでいた。明らかにこの村の者では無かろう。そして、村の女たちが食べ物や水を与えて彼等の世話をしている様子が見て取れる。
「どうしたのだ?」
テウススの問いに、村人の一人が答えた。
「ベンダノ村の者たちが災厄に巻き込まれて逃げてきたのです」
そう言った男は東を指さしたので、初めて聞く村の名を方向に置き換えて理解する事が出来た。聖都にいた時に見舞われた大地の揺れは、リマルダの地の東を多くの人々と共に海に飲み込んでいたということである。
(一人、二人、三人……)
テウススはそうやって数えるのを途中で止めた。男、女、男に手を曳かれた子ども、女の胸に抱かれた赤児の数は、全てを合わせても一つの村の村人としてはあまりに少ない。逃げるべきかどうか、家財道具を捨て、子どもたちを連れて逃げ切れるか、何処に安全な場所があるのか、思い悩みつつ、逃げる間もなく大地と共に海に飲まれた人々が多いということだろうか。
こんな中でも人々は互いを支え合って生きていた。テウススは避難民の世話をする村人たちを微笑ましく眺めながらも、何も出来ない自分に失望と小さな苛立ちを感じていた。
更に駐屯地に戻ったテウススに、領主リシアスに聖都の中の様子を知らせた伝令が戻ってきた。伝令は領主リシアスからテウススに向けた知らせを持ち帰ってきた。
リマルダの地の東岸が大きく削られて海に沈んだ。テウススが目撃した避難民はごく一部でしかなかった。実際の災厄はリマルダの地の北東部から起きたらしい。少なくとも七つの村が大地と共に海に沈み、生き残った者は僅かだという。
うち続く災厄にテウススたちは抗う統べもない。駐屯地では静かで平穏な日が数日続いている。テウススは無力感を冗談で振り払うように言った。
「妙に暇だな。神官どもは略奪を諦めたのだろうか」
日に二度や三度は、聖都から近隣の村に出向いて略奪を働く神官たちを追い払ってきた。しかし、ここ数日の間、聖都に近い村々を警戒させている者たちからの報告もない。
「欲深すぎて、略奪に疲れたのではありますまいか」
兵の一人がそう言い、テウススに同行して聖都に行った兵が笑いながら言った。
「ロッデルススもテウスス様に叱られて意気消沈したのだろうよ」
「いや、ロッデルススを見たろう。あの顔は次の悪巧みを考えている顔だ」
そんな会話で笑い声が響く中、馬蹄の音が響いてきた、その方向を眺めれば聖都の出入り口を監視させていた者が戻ってきたのだと分かった。
戻ってきた兵は神官たちが七つの集団を作って、北や西、ばらばらに各地の村に向かったと告げた。ただ、その伝令が首を傾げて付け加えた。
「神官どもは、僧兵を伴う代わりに、集団毎に数人の巫女を伴っておりました。そして笛や太鼓を打ち鳴らし、ロッデルススを救世主として讃えよと叫びながら行進しております」
「まずは巫女の舞でも眺め、神官たちの奏でる退屈な音曲でも聴いてみよう」
テウススは笑いながら言ったが、内心は困惑している。僧兵たちが武器を手にして民を脅しているなら、テウススたちが介入して民を守ってやらねばならない。ただ神官たちの行為が民を救う宗教儀式なら、テウススたちが介入する事は民のためどころか、民の反発を招くに違いない。
テウススたちは集団の一つを見つけてその後を追った。
神官たちは笛を奏で、太鼓を叩きながら村へと入っていった。笛や太鼓の音に村人たちが何事かと姿を見せた。更に村の広場の井戸の前で、巫女が笛のメロディに合わせて舞って人々の視線を引きつけた。
神官の一人が井戸の前で、集まった村人たちに叫んだ。
「心せよ。この大地と民に襲いかかる天変地異を」
別の神官が叫んだ。
「恐れよ。神に逆らいて死ぬ事を。信ぜよ。救世主ロッデルスス様を。ロッデルスス様こそ我等の救い主」
巫女は舞ながら繰り返し叫び続けていた。
「今こそロッデルスス様の下に集い、神々の救済を求めようぞ。男、女、老人、子ども、皆、ロッデルスス様に救いを求めるがいい」
テウススと兵はそんな言葉を白けた表情で聞いていた。テウススたちは戦の中で学んだ。過去の戦で多くの者が死に、テウススたちは生き残った。死んだ者と生き残った者を隔てるものはなかった、生き延びようとする意志と偶然が重なっただけ。
多くの国々が滅んだが、滅ぼしたのは神々の差配ではなく人間のどす黒い欲望。
テウススたちの自分で生き抜いてきたという自負が、神官たちの言葉を拒絶する。しかし、大地が海に沈み続けているという不安は民の心をかき乱し、神官たちの言葉はその隙間に入り込んで行く。
神官たちは村人を煽るだけ煽ると聖都へと帰って行った。
駐屯地に戻りながら兵の一人がテウススに語りかけた。
「何事もなく……」
いつもの略奪が無かったという。テウススは眉を顰めて答えた。
「しかし、油断ならない」
その明くる日、聖都にいるハントスから、駐屯地のテウススへ知らせが届いた。神官たちが聖都の各所で民衆を煽っていて突然に騒がしくなっているという。
しかし、テウススたちは首を傾げるしかなかった。
「ロッデルススの奴め何を企んでいるのだ」
二日後、その疑問に答えるようにロッデルススが動きを見せた。聖都の北の門の監視に出していた物見が戻ってきてそれを告げた。その状況はテウススたちの想像を超えた。
ロッデルススが屈強な人足に担がせた輿に乗って聖都の北の城門から出てきたという。その輿の前に音曲を奏でる神官。輿の両側面を僧兵が固めその後ろに神官や巫女が続く。聖都の神殿が空になっているのかと思わせる人数の流れだった。そして、その列の左右や後方に、民衆が付き従い、人々の総数は三千は優に超える。その大きな人の流れが濁流になって阻む者を飲み込むように、街道を西へと流れていく。




