日々を一途に生きるのみ
崩れた神殿の光景は、神の威光を笠に着たロッデルススの誇りの根幹を突き崩したように見えた。
テウススは一人の人として語りかけていた
「この光景が神の思し召しなら、神々は人に何を望むのであろう。そもそも、この世界が生まれた事すら、真理の女神の誕生の産物。静寂の混沌の崩壊など、神々の望むところではなかったろう」
ロッデルススは目の前の廃墟にあっけにとられるだけ。テウススは自分自身に言い聞かせるように話を続けた。
「我等は何をすべきか、神々は我等に何を望むか。ただの人間でしかない私には、考えても分からない。ただ、日々を一途に生きるのみ」
ロッデルススはテウススの言葉など聞く耳を持たぬように呟いていた。
「目論見をもっと早めねば……。しかし……」
ロッデルススの目の前で神殿が大きく崩れていた。アトランティスに襲いかかる災厄を除く儀式を執り行う場は消失した。同時にロッデルススがこの地で民に権威を示す機会も失われていた。彼の表情にこの状況をなんとかしなければと言う焦りの色が浮かんでいた。
その時、騒動が起きた。神官たちの騒ぎに視線を向けてみれば、少年、少女、性別も判別できない子どもが神官に追われるように駆けてきた。
子どもたちの向こうに視線を向ければ、崩れかけたアトランティス議会の建物が見える。議会の建物には、そこに集う王に付き従ってきた家臣たちの控えの部屋が数多くある。子どもたちをそこに閉じ込めていたと言う事だろう。
逃げ出し遅れた子どもが神官たちに捉まって連れ戻される姿も見える。薄汚れた衣類の子どもたちが神官を嫌がる様子を見れば、神官たちの子どもたちへの酷い扱いが分かる。
テウススは視線をロッデルススに移して尋ねた。
「あれがロッデルスス殿が保護しているという子どもたちですな」
ロッデルススの返事はなかった。しかし、後方から神官たちに追われてきた子供たちは前に立ちふさがるのがロッデルススと気づいて立ち止まった。その子どもの表情に恐怖の色が見て取れる。
テウススが続けて言った。
「その子どもたち。私がもらい受けて連れ帰るが、かまいませぬな?」
子どもたちを追ってきた神官が、ロッデルススの意向を覗うように彼の表情をながめ、ロッデルススはかまわないと頷いた。今のロッデルススには、子どもたちの利用価値はなく邪魔になるだけだった
(必要になったら、いつでもかき集めればよい)
ロッデルススはそう考えていた。
この時に再び大地が揺れた。頑丈な作りの議会とは言え、何度も強請られれば崩れるに違いない。テウススは一人の兵を王の館に使いを出して手伝いを呼びに行かせ、彼自身はもう一人の兵と共に逃げ出してきた子どもたちを集めた。その数は十人余り。まだ議会の建物の中に子どもたちが残されているだろう。
王の館の管理人ハントス自身が、十数人を連れて手伝いにやって来た。閉じ込められていた子どもたちを解放し、ひとまずは王の館に移して収容する手はずだった。
神官たちは信頼できぬとばかりに、テウススたちは議会に踏み込んで部屋を検めて回った。
奥へと続く広い廊下の傍らにいくつもの部屋が並んでいた。そんな場所を見聞し終えて、建物の奥がが広間になっていて突き当たりに巨大な観音開きの扉があった。
テウススは扉を押し開けて入り、目の前の光景を眺めて呟いた。
「ここがそうだったのか」
ここは各国の欲望が入り乱れ、アトランティス全域を巻き込んだ戦乱が始まった場所とも言える。
広間の奥まった場所に玉座があり、会議の間は神帝が着座していたのだろうと推測がつく。その両側に三つづつ並んだ席は六人の最高神官たち、その手前の円卓には九人の王が着座していたと聞いた事がある。
ここは本来はテウススのような身分の者が踏み込める場所ではない。しかし壮齢だったはずの会議場も、今は天井が崩れて陽が差し込み、床や玉座は落下した瓦礫で壊れて埋もれている有様で、廃墟に踏み込むような気がして罪悪感はない。
何より神帝や各国の王を見下ろすように立っていたはずの真理の女神の像も崩れ落ちて、床に転がった右腕に弓を握っていた痕跡が確認できなければ、何の女神の像かも判別は出来なかったろう。神官たちは、もはやこの建物や神像を補修する気もないようだった
あわよくば、神官たちが子どもを生け贄にして儀式をしたという証拠を見つけられるのではとも考えていたが甘い期待に終わった。
議会の中を探し回って、もう子どもの姿を確認できない事を確認したテウススは、引き上げる事に決めた。子どもの数は五十人に及ぶ。とりあえず王の館に移す手はずを整えたが、この数ではハントスの手に余る。子どもたちは領主リシアスの手に委ねるしかない。ただ、テウススはそれが不利に陥るかも知れない事を自覚していた。
ロッデルススは神官に支えられて神官の館へと戻りながら、子どもたちを伴って去っていくテウススたちをちらりと振り返ってほくそ笑んだ。
神官の一人が眉を顰めて尋ねた。
「ロッデルスス様。いかが致しましょう。子どもを奪われては我等の儀式は……」
「いや、いや。子どもたちは既に役に立ってくれた。これであの若造の動きも封じられる」
テウススは、子どもたちを保護する者の手に委ねる必要が出てくるに違いない。五十人以上もの子どもを責任を持って託すとなれば、王の館やその辺りの村長では手が余る。領主に預ける他なく、子どもたちを領主が居る舘まで送り届ける。戻ってくるまでに四日はかかるだろうか。その間、神官たちをさんざん追い回していたテウススの手兵は減り、今までほどには手が回らなくなるだろう。それがロッデルススの読みだった。
別の神官がロッデルススの顔色を窺うように尋ねた。
「では早速、徴税の者たちを送り出しますか?」
「いや、もういい。我等はこの機に応じて先手を打たねばなるまい」
「ではどうするおつもりで」
「そうさな。この聖都を捨てるか」
「聖都を捨てる?」
神官たちは一斉にロッデルススの信じられない言葉を聞き返した。ロッデルススはアトランティス人の信仰の拠り所を捨て去ってどこかへ移動するという。
もし、最高神官が健在なら、六人の最高神官の意見が乱れて何も決まらなかったかも知れない。しかし、今や神官勢力の頂点はロッデルスス一人で、彼ただ一人の意志で神官たちが動く。
ロッデルススは自分の考えに満足するようにほくそ笑んで言った。
「若造が子ども連れで四苦八苦するなら、我等は民を率いて行こうぞ」
「何処へ行くのでございますか」
「決まっておる。王都。悪鬼のお膝元で、民の前で、従うべき相手が、神か、悪鬼か、はっきりさせてやろうぞ」
言うまでもなく、彼が悪鬼と呼んだのはアトラスの事である。人々の入り乱れる欲望をあざ笑うように、今日、何度めか、数える事も出来ない地の揺れが足下を揺らした。
ロッデルススはその大地の揺れすらあざ笑うように言い放った。
「悪鬼にも、民にも、人間の心を支えて支配する神が必要だと教えてくれよううぞ」
そして、同じ頃、聖都を襲い、神殿を崩した地の揺れは、このリマルダの地の北東部をそこにすむ民と共に海に引きずり込み続けていた。アトランティス最後の日が間近に迫る中で人々は相争っている。




