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運命をつかむ

 絶望的な話題と、地の揺れの恐怖に重い沈黙が続いた後、デルタスは話題を転じて言った。

「アトラス殿。グラト国と言えばクスニルス殿の事で聞いていただきたき事が」

 デルタスの言葉に、アトラスは話題を察するように言った。

「ゲルエナサスや、オルエデスの事も聞きたいものだ」

 アトラスに心の中を読まれたというように、デルタスは苦笑いして言った。

「気づいておられましたか」

「ジーネラ様に教えていただいた。クスニルス殿が、デルタス殿と盛んに連絡を取り合っていたと。考えてみれば、血なまぐさい争いに、デルタス殿の影がちらついている」

 聖都シリャードを解放し、アトランティス全土を巻き込んだ戦も終わりを告げたかと考えた頃、各地で戦火が燃え上がった。デルタスがその背後にいたのではないかと言うのである。


 デルタスはそれを否定せず話題を整理するように変えた。

「人は何のため生きているのか考えた事がおありですか」

 意外な言葉に首を傾げたエリュティアとアトラスに、デルタスは言葉を続けた。

「私は幼い頃からこの宮殿で暮らしてきました。賓客とは仮初めの姿。私は小国が大国を恐れて差し出された人質。ご主人様の機嫌を損ねぬよう卑屈に振る舞う毎日。そんな十数年を過ごして、自分はこの世にいる価値のない人間かもと考え続けて過ごしました」

 エリュティアは絶句した。兄とも慕っていたデルタスが彼女の知らない哀しみを抱き続けていたのである。

「私の人生に転機があったのは、フローイ国王ボルスス殿の勧めでアトラス殿のもとへ赴いた時。私はアトラス殿に出会って思いました。この方に仕えれば運命は変わると」

「しかし、私はお断りした。あの頃の私はまさしく悪鬼ストカル。復讐の戦しか考えていなかった」

「その代わり、私には弟の命の代償に王位が転がり込んできた。私は考えたのです。私がこの大地に生まれて為すべき事を。もし、私が王としてこのアトランティスを統一し、この地に争いのない平穏をもたらす事が出来たら……。とは言え、私にはアトラス殿のような戦の才はない。しかし、シュレーブ国王ジソー殿の傍らで過ごして、各地の領主ばかりではなく、各国の王家の内情にも通じるようになっていました」

 デルタスの言葉に間違いはない。王ジソーはシュレーブ国の国威を見せつけるかのように、各国の王や使者をもてなす席に人質も同席させた。そんな王の一人に、アルム国王オウネルスがいた。

 デルタスは言葉を続けた。

「アルム国の王オウネルス殿は猜疑心の強いお方でした。同時に王の権力を奪われる事には身内も信用なさらぬほど臆病なお方。反乱の噂を密かにばらまけばオウネルス殿の心の隙を猜疑心で埋める。猜疑心はいくつもの憎しみに変り、やがて憎悪と共に吹き出して反乱を疑われた者たちに向く。貴族たちは王に叛旗を翻す。やがて戦火は国を支配する者たちを焼き払って支配する者も失う。言い遅れましたがレネン国はアルム国とも深いつきあいがあり、私はオウネルス殿の古い祖先と同じ血を曳いています。王家を失ったアルム国が王を求めればこの私、デルタスしかいない」

 アトラスたちがこの大地で血なまぐさい戦を繰り広げる中、デルタスは一人静かに隣国を我が物にした。アトラスたちにはその経緯に首を傾げていたものだが、今ようやくその理由に接した。

「そうやって、アルム国を手に入れられたと言う事か。しかし、それだけではあるまい。フローイ国ではゲルエナサスをそそのかしたのだろう」

「そう言う事になるかもしれません。ラフローイ島、マナフローイ島とう拠点を失ったゲルエナサスとその配下の兵を我が国に招いて保護しました。しかし、時が来て、彼等の目の前には、兵と国力を失い、王も幼く国内が乱れた、フローイ国という餌があった。奴らがこれに食いつくのは必定でしょう。」

「そのゲルエナサスを私に殺させたのは、どういう事だ?」

 ゲルエナサスはアトラスとの一騎打ちによって討ち取られたと考える者も多い。しかし、アトラス本人の立場では、豊富な補給を断ちきられ、戦の終結を焦ったゲルエナサスが無理な戦をして自滅したようにも思える。その裏にいたのがデルタスである。

「戦が終わった後、フローイ国は世継ぎを失った」

「そなたの画策でな」

「画策したのは私。しかし、世継ぎを失ったフローイ国の重臣たちはアトラス様に国を委ねる事を考えた。しかし、アトラス様は彼等を見捨てた」

 確かに、デルタスは幼い王を失ったフローイ国の重臣たちに、アトラスに国を預ける事を勧め、重臣たちも受け入れようとした。


 アトラスは話題を転じた。

「そうやって、次にはグラト国のオルエデスやクスニルスもそそのかしたか」

「人には様々な欲望があります。そのお二人が求める物は王位。それ以上に父親に自分の力を認めさせようという自己顕示欲。それさえ突けば彼等は思いのまま動く」

「何のために憎しみをばらまいたのだ」

「お考え下さい。その憎しみの先にあった物。アトラス様が望めば、アトラス様とエリュティア様は、そこを争いのない土地として治める事も出来た」

「しかし、私が彼等を見捨てたと言いたいのか」

「最後に、我がレネン国を差し上げれば、アトランティス大地にアトラス王とエリュティア様が収める唯一無二の安寧な大地になるはずでした。私のアトランティス統一の夢は果たされ神々の乱暴な差配がなければ」

「自分の国を私に差し出す? 気前のいい話だ」

「私の言葉を信じていただけるので?」


 自らの欲で大地を血に染めて奪い合った者たちには、自分が得た大地を見返りを求めず差し出すなど信じられないだろう。しかし、アトラスは違った。

「そなたと同じく、権力には無欲、しかし、自分の力を世に問いたいという欲望を持っていた者を知っている」

「ロユラス殿ですね」

「その通り。ただ、道半ばにして亡くなった。生きていたら、今のこの有様を何と言うだろう」

「しかし、ロユラス殿はアトラス殿を使いフローイ国とシュレーブ国を討ち、蛮族タレヴォーと腐れ神官どもから聖都シリャードを解放された」

「確かに、ロユラスが居らねば、私は今でも無駄に戦い続けるか、とうに戦場に屍をさらしてるだろうよ。」

「しかし、ロユラス殿に比べれば、私はいったい何をしたのか。アトラス殿の運命を変える事も出来ないまま、憎しみをばらまいただけ」

「デルタス殿は、私の運命を変えようとしたと言うのか」

「アトラス殿がいれば、私は思いを遂げる事が出来、私の生きる意味もあったというものです」

「他人の運命を左右するなど、何という思い上がりだ。私は兄ロユラスに進むべき道を示されながらも、進退は自分で決めた。私の運命は、誰かに与えられた物ではない。私自身でつかみ取った。そう考えねば亡くなった者たちの命と思いは背負えぬ」

「では、私の存在など、アトラス殿の運命には何も関係ないと?」

 デルタスの問いの返答に迷うアトラスに、体を寄せたエリュティアが言った。

「デルタス様は、私たちを結びつけてくださいました」

「そうだな。今はエリュティアが私を導いてくれる。この運命を与えてくれたのはデルタス殿だ」

「なるほど。私の人生で価値がある出来事と言えばそれだけかも知れません。ただそれとて私の力ではなく、あの場でそう言う状況が整っただけ」

 デルタスの言葉にエリュティアが静かに言った。

「私とアトラス様の運命を決める一瞬、デルタス様が居られて、その状況が整ったのなら、それがデルタス様の運命と言えるのではないでしょうか」

「私の人生に価値があったとすればただそれだけ。しかし、悔いのない価値だ」

 デルタスはそう言って立ち上がり、アトラスたちに背を向けた

「どこへ行くのです」

 立ち上がってそう問いかけたエリュティアにデルタスははっきり答えた。

「レネン国に戻ります」

「ここに逗留されてはいかが」

 アトラスがそう引き留めたのは、海に沈む災厄に見舞われているレネン国よりこの場にいる方が安全だという事である。

「いや。こんな王でも民が慕ってくれます。戻ってやらねば」

 その言葉に首を傾げたアトラスとエリュティアに、デルタスは少し立ち止まって背を向けたまま言った。

「この王宮でエリュティア様と過ごした頃、私にとって、父は自らの安寧のために、私を大国に差し出だす軽蔑すべき男でした。しかし、今、私が民から慕われるのは、その父が民に示していた人徳のおかげ。過去の私、デルタスなら民など見捨てて生きるでしょう。しかし、今の私は父と同じ生き方をし、父の人生を学びたいのです。運命が好転するにせよ、絶望を受け入れるにせよ、父の思いを継いで、我が民と共に過ごします」

 そう言って去っていくデルタスを、エリュティアもアトラスも引き留める事は出来なかった。デルタスは自分の運命を選択した。それを他人が自分の人生で推し量って優劣を論じる事は出来ないだろう。


 運命の過酷さはともかく、デルタスの最後の運命の選択は褒め称えたくなる。エリュティアは傍らにいたアトラスを眺めた。アトラスは振り返りもせず去った行くデルタスをじっと見つめていた。エリュティアはその横顔を眺めてふと思った。

(私が身籠もった事を知ったら、この方は……)

 アトラスは褒めてくれるだろうか。エリュティアはそんな思いで、この瞬間、告白する事に決めた。

「アトラス様」

 エリュティアはそう呼びかけてアトラスの手を取り、そっと自分のお腹の上に触れさせた。アトラスは妻にされるまま、その意味を理解しようと首を傾げた。

 エリュティアは微笑んで言った。

「貴方のお子が……」

 アトラスはようやくエリュティアの意図に気づいて、喜びを爆発させようとした瞬間、アトラスの喜びの表情に切ない感情が交じって溢れた。

 そんな表情でエリュティアも悟った。

(この子は……)

 大地が海に没するという絶望の運命を背負って生まれる。



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