いつもの関係
2限目と言うのは、絶妙に腹が空く時間である。
朝食のエネルギー消化を終えた胃が、ちょうど手持ち無沙汰になって暴れているのであろう。よしよし。
戦地に行けば人肉や野草のオンパレードな訳だから、平時の今くらいは優しくしてやってもバチは当たるまい。
つまるところ、ただの食い意地のはった間食である。
「うまいなコレ」
ひょいとパンを口に放り込む。
茶褐色の綺麗な焦げ目のついたパンは、口の中で頑強に抵抗するがすぐに解きほぐされて、胃に流し込まれる。
そして後味としてバターと小麦の風味を香らせてくる訳だ。
ちょうど小腹の空いた今なんかには絶品な訳である。
「コレはなんでも帝国中部の王領で栽培された一級品小麦を使ってるらしいです!」
キシールはそう言うと、どうぞどうぞとジャムのパレットを差し出してきた。
彼はキシール。
元は辺境農民の長男で、色々あって連れてきた要は掘り出し物である。
「本当にルーサの事が好きなんですね」
セシルはいつの間に用意したのか、紅茶でパンを飲み込むと、暖かい視線でキシールを見ている。
俺はこの視線がなんだかむず痒くて苦手なんだよな。
そう言えばルーサは初登場か。
要は俺の事である。
ライトヴィヒ・リンシュタット・ルーサリウス
ずいぶん仰々しい名前だ。
ライトヴィヒが俺の苗字で、リンシュタットが皇族苗字という奴。
そしてルーサリウスが名前で、短縮してルーサという訳だ。
皇太子だったころは、ライトヴィヒが無くリーンシュタット・クリラヴェ・ルーサリウス。
皇統直流筋で王位継承権第5位の一等親まではリンシュタットではなくリーンシュタット、クリラヴェは母方の苗字で、ライトヴィヒ家は俺が創設者の侯爵家であるとかまあ色々な話はあるが、それはひとまず置いておこう。
とりあえずルーサとは俺のことだ。
「それはもう!憧れの人と言うか、命の恩人というか、恩師というか、とにかく素晴らしい方ですからね!」
キシールが軽くはしゃぎながらそう答える。
「まあコイツ、腕と頭だけは確かだからな」
グシードがやや不満げな顔でそう相槌を打つ。
「もうそれ完璧だろ。どこに文句があるんだよ」
俺が軽くツッコミを入れると、グシードは間髪入れずに
「性根だ」
と言ってくる。
そんなに酷いだろうか。
否定を求めてセシルを見るが目線を若干逸らされる。
「まあ、英雄ってそう言うものですから良いと思いますよ」
「そこがまたかっこいいんじゃないですか!」
こうやって勝手に慰み者にされる訳である。
「そう言えば、キシール殿下は今日は親衛隊が居ないんですね」
揶揄うようにセシルが言うと、
「もうやめて下さいよ!さっきだって食堂でシェフが青ざめながらパン作り直してたんですから!」
「コレはもうお前引退でいいんじゃないか?」
「もう皇太子殿下は引退したんだがなぁ」
グシードの軽口にいつものように返答をする。
「いつになったら自分がルーサリウス様であると言う誤解が解けるのでしょうか....」
キシールはとても憂鬱そうと言うか、罪悪感の篭ったため息を吐くのである。
そう、彼は農民であるにも関わらず、2ヶ月の受験勉強で首席入学してしまったのだ。
「そもそもルーサリウス様が本気を出されればこのような事態には...」
「いや、俺も手は抜いてないつもりだぞ」
「それだったら僕が首席になるわけありませんよぉ」
卑屈というのだろうか。いやこの場合は崇拝と言った方が近しいのか。
「そもそも実技試験の基準点が低すぎるんだ。学科試験は実戦や政治政策に微妙に掠らない暗記形式だから、ちゃんと勉強して実技で満点を取ったお前が首席になるのは当たり前だ」
そう。俺は確かに実戦では無類の強さを誇り、政治にも明るく英才教育を施されたスーパーヒューマンだが、その教育は祖父である大王ルーサリウスと父である賢王クレウス2世の独学的入れ知恵であって、そもそも受験勉強用の知識ではないのだ。
まあ知識が足りなくただでさえ抜けてるのに、セシルとのデートにうつつを抜かして一切勉強をしなかったのは本当であるが。
「女にうつつを抜かして11位入学とはいやはや恐れ入った!」
グシードの皮肉が若干胸に刺さりつつ、まあこれはコレで面白いから良いかなとも思う訳だ。
そもそも皇太子ルーサリウスは先の第二次クロエド戦役で顔面損壊が酷く、皇位も捨てるしいっそ顔も変えますかと言う事で戦前の面影は一切残っていない。
おまけに父が英才教育や将来の皇位継承時の憂いを断つために、才能のある一部を除いて俺と周りの同世代と全然交流させなかった事で、俺がルーサリウスだと気付かないのだ。
そして、面影と身長が偶然似ていた上に首席入学をしたキシールが、「皇位を捨てて一般人として暮らすために地位を隠しておられるのだ」と邪推されて馬鹿げた推定の元追い回されているというのが実情なのだ。
まあ面白いから助け舟なんて出さないけどね。
「もうこの首席服、スーサリウス様が着用していただけませんか?」
心底大変そうで非常に面白い。
「いや、適正な審査の結果俺は10席服を着ている訳だから取り替えるわけにはいかんよ」
「まあ俺らより格下の服着た殿下は面白いからそれで良いと思うぜ」
グシードは4席入学、セシルは7席入学なので、制服がここは全員違うのだ。
首席だけが緑・赤・金の荘厳な肋骨服で、後は5席までが緑・金、10席までが緑、銀、20席までが赤、金、50席までが赤、銀、100席迄が茶褐色・金で、そこから1000席以上跨いで末席まで茶褐色・銀だ。
首席以外はボタンが二列付いた制服だ。
そこに士官候補生、飛行候補生、文官候補生と言った重複可能な特待枠生を表す勲章を胸元につけて、肩に主要兵科を象った肩章をつける。
さながら軍服である。
ここではキシールが首席服に全ての特別枠生勲章、セシルが文官候補生・士官候補生・通信候補生、グシードが士官候補生・攻撃魔術特化生・曹相候補生、俺が(小癪だが)文官以外の特別枠生勲章が付いている。
「いや、俺の方が勲章は多いぞ」
「あら、特別生章に混ざってダイヤモンド聖剣盾章をつけてるんですね」
「おいおい自慢かよ。そりゃ帝国で叙勲者で生きてんの2人も居ないとはいえ相変わらずらず良い性格してるな」
「いや文官候補生枠が余ってたから入れただけだ」
「それかっこいいですね!自分も銀剣盾章つけてみようかな...」
「いやそれだと一個勲章飛び出るぞ」
なんて平穏な会話をしていると、ふと最近巷を騒がせている話題が端っこの席から聞こえてきた。
「お前知ってるか?あの幽霊軍隊の噂!」
「知ってるぜ、なんでも第一次クロエド戦役の戦死者が、第二次戦役が起こった事で国を守ろうと蘇ったって話だろ」
「そんな柔なもんじゃねぇよ!俺昨日見たんだ....骸骨の群れが郊外で戦闘訓練してて、あれは完全に統率の取れた集団だった!」
「本当かそれ?国の新部隊じゃねーの?」
「あいつら全く生気がねえんだよ!なんで国の軍隊に生気がねーんだよ!大体魔力や筋力は生気がなきゃ起せねぇのお前も知ってるだろ?」
やんややんやと数人が騒いでいるようだ。
「最近よく聞くけどあれって結局なんなんだ?」
グシードがつぶやく。
「うーん....人工精霊とはまた違いますよね....」
「はい。それだったら生気はなくとも精霊圧が広範囲に漏れ出すはずです。
それを生気のようなエネルギーに変換して微小魔術を行使するのが精霊召喚や人工精霊のはず....」
セシルとキシールが頭をひねる。
「案外、本当に幽霊が蘇ってたりしてな」
俺の軽口にセシルが若干怯える。
まあだったら俺の戦線支えに来て欲しかったんだがな...幽霊使役するのも面白そうだ」
「お前本当に恐れ知らずだよな...」
「さすがルーサリウス様です!」
「俺が怖いのは女だけだよ」
「私幽霊より怖いですか...?」
そんないつもの軽口に戻ったところで、3限目の魔術講師が現れ、自然とこの駄食会はお開きとなった。




