君はいつまでも美しいままで
雨脚が弱まり久々に晴れた朝。私は自分の領地へと帰っていった。この世界を暗黒時代へと押しやった、幾度も行われた世界大戦はもう既に第六回目を迎えた。我が家である、オルティス伯爵家は第四回目に長子である実兄が戦に参加して戦死している。私自身も第六回目にて戦争に参加していた。第六回目は我が国の降伏によって戦争は終結した。私は捕虜として捕らえられる前に母国に戻ることが可能となった。それは偶然の産物ではあるのだが、故郷に残してきた家族や恋人に一目会いたいと思って馬を走らせて領地へと急いだ。我が領地は白い耐熱煉瓦で建てられた住宅地をさまざまな出店が囲い、そこに老若男女問わずさまざまな人々が笑いあう、そんなあたたかい領地だ。そんな領地を支えているのは貴族としてのお勤めを果たしつつも領民の立場にたって政策を行う父上と厳しいながらも時に見せる優しさは誰よりも女神のような母上、そんな両親を騎士の仕事でめったに帰ることが出来ない私に代わって、新しい若い立場から支えているのが実妹だ。領民からも親しまれ、いい関係を築いていると自他ともに認められる我が家は恵まれているだろう。産まれてから十数年と過ごしてきた地域だからこそ戦争の被害はあれど両親や妹は領民とともに復興をしているのだろうと、貧しくも活気のある町として頑張ってくれているだろうと確信に近い思いで馬を急かしていた。
領地に着いた私はしばらく何も考えることはできなかった。目の前は今まで見てきた真っ白い街並み豊かな都市などではなかったのだ。灰色の画用紙に何かを描こうとして白い絵の具を用意したのに、その絵の具をぽたぽたと垂らしてしまったようだった。私が過ごしてきた街などどこにも残っていない。辺りは瓦礫と化した廃墟ばかりだった。一体何が起きたのか。見渡しても辺りに人は見えない。いや、人なのであろうか、皮膚が爛れて赤く染まって、肉塊が丸見えになり、顔からは皮膚がベロリと剥がれ落ちている見るも悲惨な者がいる。喉を掻きむしっては掠れた声で水を欲している。大体の領民は私も知っている。そんな私でも、その人物が誰なのか判別がつかない。その人物は私を見つけたようでこちらをじっと見つめてくる。見つめられても誰なのか全くわからない。とりあえず水を欲していたため水を渡すと私の手から奪い取るようにして水を飲みほした。その様子を横目で見て私は家があった場所へと急いだ。建物はかろうじて残ってはいた。しかしところどころが溶け落ちたようで鉄骨が丸見えになっていた。玄関は建物のゆがみで開かなかった。しかたなく窓を割って入ってみると客間の一室だった。部屋の中には屋敷の使用人をしていたケリーが倒れていた。駆け寄ってみるももう既に息はしていなかった。駆け寄ったことで彼女が体験したであろう恐怖と苦しみが顔に現れていた。喉を掻きむしっていたみたいで喉のあたりは爪のあとで皮がむけ肉が見えかかっていた。腐り始めた遺体のようで腐臭が部屋に漂っている。鼻をつまみながらテーブルにあったハンカチを彼女の顔にかけた。これは一刻でも早く家族を探し出さなければ。両親の部屋だったところ、妹の部屋だったところ、私の部屋だったところ、蔵書部屋、衣裳部屋、使用人部屋、ありとあらゆるところを探した。何時間も何時間も探した。屋敷のなかは腐った遺体、しかしそれは全部使用人だ。家族の姿はどこにもない。家具もすべてを引っ張り出して隅々まで探し出した。何故だ。どこにいる。私は生きて帰ったぞ。約束したじゃないか。私はやり遂げたではないか。気がくるってしまいそうな戦場で必死に正気を保って、君にもう一度会うために必死に敵と戦って、君がいないさみしさは思い出に浸ってやり過ごしたではないか。私がしたことは無駄だったのだろうか。我が城の隠し通路を私は一歩、一歩と歩く。暗い通路に影が差す。ああ、あの影は。私は見たくもない。見てしまったら終わりだ。考えたくない、変わり果てた君の姿を。リリィは枯れてもなお美しかった。私はそっと姿を変えた百合に口をつけた。
プルトニウムで作られた兵器を第六次大戦で使われた領地は荒れ果てた。そこで育った青年はいつまでもずっと婚約者の亡骸を腕に抱いて泣き続けた。青年に愛された花は枯れてもなお美しく、青年の心に沁みついて離れなかった。