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昼食エスケープ


 それからというもの、クラスの話題は小山内さんのことで持ち切りだった。

 

「ねね、小山内さん。なんで急にイメチェンしたん? 心境の変化って奴?」


「知りたい知りたい」


 授業の合間、女子が代わる代わるそんな質問をしては、小山内さんを困らせていく。

 赤らめた顔を俯かせて時折俺に目を向けて来るが、割って入ったところで余計な誤解を招くだけな気がして視線を逸らす。

 少なくとも短い隙間時間だけなら、じっとすることでその苦行は耐えられただろう。


 が、しかし。


 時は昼食。


 乱世と言い換えて差し支えないレベルで、小山内さんにとっては試練の時間が訪れた。

 各々食事の席を作る中、女子の群がるタイミングより早く、彼女の席に近付く影一つ。

 前髪をヘアバンドで掻き上げた、170センチ程の男子。この1-Dでは間違いなく長身の部類に入る彼はポケットに手を差し入れた余裕のある足取りで、小山内さんの席の前に立つ。


「や、近くで見てもめっちゃ別人じゃん。

 男子三日会わざれば……じゃないけど、女子が一日で変わるって相当思い切ったっしょ。

 なんかあったん?」


 俺は彼と小山内さんが話すのを見るのは、これが初めてだ。初めてだからこそ、自然体な声の掛け方に人としての出来の差を痛感させられる。以前の小山内さんがクラスでも地味で目立たない方なら、この飄々とした男子は、行事の取り決めやら集団の物事を選択するにあたってはいつ何時も目に飛び込む、つまりは俺と真逆な人種。


 遊佐(ゆさ)茂雄(しげお)。サッカー部所属で次期エースの、将来を待望されているクラス内外の有名人。


 皆からは“シゲ”と呼ばれ親しまれている。


 ついで、今朝方俺を見ては『しょげるわ~』等という発言を残した張本人でもある。


 朝は眠気で意識できなかったが、今更思い出してはムカついてきたので、心の中で“しょげ雄”と呼ぶことにした。


 根に持つぞ俺は……。


「別に、特に何かがあったという訳では……」


「ふぅん。そういうもん? 特に誰か狙ってとかじゃないんだ?」


「狙ってなんて、そんな」


 状況を静観しようと己を石に徹しながら、頬杖を突いて耳を大きくする。ギリギリ視界の端で小山内さんがチラチラ助けを求めて来るけど、どうしろと。

 目の隈が濃い陰キャが白い歯の陽キャに敵う道理はない。

 エスケープエスケープ。

 胸の内で呪文を唱え、そろそろ購買に向かってパンでも買うか思案して。


「――じゃさ、フリーなら俺とさ」


 しょげ雄が何か言いかけた。


 思わずガタリと椅子を引いて、俺は立ち上がった。 


 いかにも他人を装っていた癖に、その先が聞きたくなくて、無意識で。


 関わってしまった俺に、教室中の視線が集まる。正直キャパオーバーだけど、ぐっと堪える。


「……何かあるん? 天里?」


 いきなり立っては無言で睨み付ける俺を、しょげ雄が訝しむ。整えた眉の下、細めた眼差しは気だるげで、俺への関心の乏しさが嫌でも伝わってくる。

 本来、関わり合いのない人間だ。

 小山内さんが縮こまってなかったら、横槍を入れたりしなかった。

 衝動的に動いた後悔を飲み込んで、一言。


「……先に、約束したんで」


「……約束?」


「その子と、話す約束」


 今度ははっきりと言い直す。小山内さんの驚いた瞳と、肩を竦めるしょげ雄。


「そゆこと。天里言葉足りな過ぎ。んじゃね、小山内さん」


 何事もなかったかのように明るい笑みを振り向けて、しょげ雄が去る。教室内の大事件の様に釘付けだった衆目が、やっと解かれた。思い思いに弁当を広げる景色を見渡して、小山内さんの元に足を運ぶ。


「……ごめん。余計なお世話だった?」

 

「いえ。……凄いです、天里君。皆の前で、声に出せて」


 慣れない目立ち方をしたから、俺以上の重さが、小山内さんの肩には圧し掛かってたんだろう。

 眼鏡を外した分フィルターが剥がれた様に、俺を見上げる彼女の顔がよく見える。

 安心と羨望がない交ぜになった眼差しの前で、俺は強がりをやめる。


「……はは。実はまだ、緊張してる……」


 うなじを掻いた手にちょっと冷や汗。置物と化していた状態から動いたんだから、反動は大きい。

 やせ我慢と苦笑いをあえて晒して、少しでも彼女に笑って欲しかった。

 柄じゃない真似をした自覚はあるのに、柔和な目元で顔を上げる彼女を見るとほっとする。

 

 ……自分が文句を言われたことじゃなくて、小山内さんの方に絡んだことに対して、俺は奴を“しょげ雄”と名付けたのかもしれない。子供の駄々の様な感情は、やっぱり柄じゃない。

 

 見栄っ張りと冷静さの板挟みで俺がそっぽを向いたら、小山内さんが立ち上がる。

 そして彼女は精一杯手を伸ばして、その小さな掌を俺の頭に乗せた。


「すみません。無理させて。……その、改めて、ありがとうございます」


 目の隈を誤魔化す為にちょっと伸ばし気味にしていた前髪の上を、細い指が往復する。

 あやす様な撫で方で、身体がぶつかりそうな程前に張った女の子が、満面の笑みで前にいる。

 先生をお母さんと呼び間違える以上の羞恥で、顔の熱が一気に上がった。


「……あの、小山内さん」

 

 消え入る声で呼んで、俺はその手を振り払えない。

 教室の隅、また沈黙が降りてることに気付いていないのは、彼女だけだ。


「……どっか、場所変えよう」


「はい? ……あ」


 彼女がやっと周囲を見回す。

 白い眼で見る者。

 箸を握る手を疎かにしている者。

 教室の戸口から顔だけを出して俺達を観察している者。

 この一帯が目という一つの生き物にでもなったかのような一体感で、俺達は浮き彫りにされている。


「……是非、そうしましょうか」


 穴があったら入りたいと全身で表す様に、小山内さんの頭が重力に引かれる。

 恥ずかしいのは同じ気持ちなのに、彼女は逃げ場を求めて俺のシャツを掴んで。

 しょげ雄が止めとばかりに、下手くそな口笛を響かせた。

 

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