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変身モーニング


 昨夜は眠れなかった。

 小山内さんによく眠ると約束したのに、別れ際の一件が頭の中をリフレインして、日課のソシャゲをやる余裕もなかった。明りを消した自室に居ると、幽霊談義を思い出して益々寝付けなくなる。

 洗面台で目の隈込みの不健康面が鏡に映った仕舞いには、


「こわっ……俺じゃん」


 なんて一人芝居を演じているところを、気の毒そうな目で家族に見られた。

 

 さもありなん。


 そんなこんなで、高校生の俺は学校に向かう。


 あまりにも早く目が覚めて教室を真っ先に開いて席に着くと、後から入ってくる何人かが俺を見つけては不運を嘆く。


「うわ……朝から天里いるじゃん……しょげるわ」


 聴こえるように言う陽キャの台詞を聞き流す。

 相手にせず机に顔を突っ伏して、来たるべき時に備える。

 普通におはよう、と言える仲になれればいい。

 昨夜のアレはあくまで罰ゲームであって、付け上がってはいけないと思春期に抵抗する。

 

 今更になって眠気が来て安眠の兆しを掴みかけたところで、人が集まった教室の雑音は増していく。

 中でも一番鼓膜を突き刺すのは、姦しい声。


「ほんと顔小っちゃいよねぇーミサぁー」


「手足細いし羨ましいいー」


「え~? 二人の方が可愛いってば絶対~」


 たぶん昨日も聞いたぞこの会話。

 腕の枕から薄目をそっと引き上げる。

 俺と対角線上に座る女子は、確かに賞賛を浴びる程の優れた容姿を誇っている。


 サイドテールを右肩から垂らし、目鼻立ちのすっきりした一見して鋭い美人寄りの顔つきを、人当たりの良い笑みが柔らかな印象に変えている。

 笑い声に囲まれた彼女の名は、美凪(みなぎ)|未沙(みさ)

 謙虚に振舞う嫌味のない美少女で、スクールカーストで言うなら間違いなく上位だろう。

 

 俺とは別世界の人間だけれど、取り巻き達の声はしっかり安眠を妨害してくる。


「いや絶対、ミサがクラスで一番可愛いから。マジ」


「学校全体で競っても上からじゃね。ちょい控えめだから真面目にアピールせんとだけど」


「え~、誰にすんの? それぇ。

 ……私は、二人が見てくれるだけでいいよ?」


「「ミサっちぃ~~~」」


 顔を上げなくても美凪さん達が抱き合ってる茶番劇が目に浮かぶ。

 何せここまでテンプレだ。入学して初めて会った仲だろうに、よく飽きもせず続けられると思う。

 ……早く来ないかな、小山内さん。

 まだ始まってさえいない日常の一幕を永劫の様に感じながら、耳を塞ごうか迷う。


 忽然(こつぜん)と教室が静まり返ったのは、その時だった。

 間を置いて再開される、ざわついた声。


「……誰あれ?」


「あんなかわいい子いた?」 


「……めっちゃタイプ」


 アイドルでも目の当たりにした様な雰囲気に引かれ、俺も衆人環視に混じる。

 

 教室後方の戸口で肩を小さくして立っている、見覚えのある少女に、小山内さんがダブる。


 背丈も、……圧倒的なサイズも、気弱そうな第一印象も瓜二つで、相違点は眼鏡を掛けていないことと、ショートの髪を三つ編みのカチューシャにアレンジしていること。耳の後ろでそのヘアスタイルを維持させている髪留めの色は、小山内さんのワンポイントでもある眼鏡と同じ赤で、その子が目に飛び込んでからいつしか、俺は小山内さんとの相似点を探していた。


 というか、探すまでもない。


 注目を浴びて俯きがちだけど、眼鏡の下でいつも隠れていた、美少女と呼んで遜色ない二重の瞼。

 

 美凪未沙をクラスのマドンナ的美人と捉えるなら、現れた少女は額縁の向こうに望むような、一種偶像的なまでに未熟と成熟の狭間にある。日焼けを知らない白い頬が朱に染まるから、綺麗と言うよりは可憐で、見る者の感性を揺さぶる彼女に視線を奪われ、教室中の時が止まった。


「……おはよう、ござい、まひゅっ」

 

 その原因たる張本人が、挨拶を噛む。


 極度の緊張で見せる言動にも既視感があって、


 彼女はこちらに駆けて来て、


 俺の隣、小山内さんの机に、通学鞄を置いた。


「…………おさない、さん……?」


 全ての情報が符合しているのに、信じられない気持ちで確認する。

 突如教室の空気を掻っ攫った美少女――遅れた高校デビューを果たした小山内友梨は、昨夜隣で幾度も浮かべたのと同じ笑顔を、俺に向けてくれた。


「はい。おはようございます、天里君。……やっぱ、悪目立ちしちゃいますね、こういうの」

 

 落ち着きなく耳周りの髪に触れて、彼女が目を伏せる。

 

「どう、ですか……?」


 それから恥ずかし気に俺を見て、今だけは他の誰も気に留めずそう言った。


「…………めっちゃ似合ってます」


「…………やったっ」


 未だ注目の的だというのに、小さなガッツポーズをする彼女の周りで、何人か胸を押さえている。

 小山内さんの緩んだ表情を、最も間近にして、俺は動けずにいる。 


「どうかしましたか? 天里君?」


 俺の内面など露知らず、彼女が小学生の様な距離感で目と鼻の先に立つ。

 流石にそこまで来ると意識は復旧して、隠れてるだけで可愛い寄りの女の子だとは思っていたけれど、たった一日で垢抜けるだけでクラスを黙らせる美少女に変身した小山内さんの顔が俺を案じて近付いて、益々思考が停止する。昨日抱き着かれた時の匂いを漂わせて、膨らんだ夏服と彼女の無垢そのものな表情、触れたであろう薄い唇に視線が交互して、息が詰まりかける俺のほっぺを、小山内さんの両手が挟み込んだ。


「……んー……」


 自分がどう見られているのか気にもかけないで、彼女がまじまじと俺を観察する。


「やっぱり、まだ目の隈酷いです。

 ……天里君、ちゃんと眠れました?」 


 鼻がぶつかりそうなくらい近くで、美少女が首を傾げる。

 傍から見れば朝っぱらからキスでもしかけてる場面で、君のこと考えたら眠れませんでした、なんて、真正直に言える筈もない。


「あいつらどういう関係?」


「付き合ってんの……? 

 虫も殺せない子から殺す、あの天里が?」


「てか、マジで小山内さんなん? あれ……」


「下手したらミサより可愛いんじゃね……」


「俺、小山内さん狙ってたのに……」


「羨ましいっすわ……」


 見つめ合う俺と小山内さんを遠巻きにして、口々に呟くクラスメイト達。


「……また、後で話しましょうね」


 事態をようやく理解が出来たのか、小山内さんが席に戻る。

 女子は心からの羨望を小山内さんに向け、男子の嫉妬を俺は一手に引き受ける。


 教室の端で美凪未沙が引き攣った笑顔をしていることなど、この時の俺には知る由もなく。


 蜂の巣を突いた様な大騒ぎは、担任が来て尚収まらなかった。


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