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告白サマーナイト《後》

前半暗めですがオチは甘めに仕上げました。

宜しくお願いします。


「……小さい頃は、よくあったんです。

 クラスの子達と遊んでいた筈なのに、一人、知らない子が居たりして、後で皆に聞いたら、そんな子いなかったって、気味悪がられたりして。

 ……それが原因で、あんまり友達出来なくて」


 ブランコに座って足元を見つめながら、小山内さんは語る。

 実感の籠ったその声調に、常識に囚われた言葉は返せなくて、俺は黙って耳を傾ける。

 

「丁度、この公園でも同じことがあって。……天里君を待って砂場で遊んでた時、知らない女の子に遊ぼうって言われて、その子が周りの誰にも見えてないって気が付いて、私、どこかに連れてかれるんだ、って、動けなくなって……その時天里君が現れて、私に手を差し伸べてくれたんです」


 長年封じ込めていた想いを明かしてか、彼女の微笑みはとびっきりに優し気で。

 イメージの断片をなぞって鮮明に浮かび上がる、過去の映像。砂場で膝を抱える小山内さんを見つけて駆け寄ったことは、何度もある。

 いつだってここに先に来ていたのは彼女だったから、その手を取って引き上げた時の待ち侘びた笑顔に、そんな秘密があっただなんて、容易く飲み込むことは出来なかった。


「だから、その時から。……ううん。初めて会った時から、天里君は私の、ヒーローなんです」


 一人爪弾きにされた彼女の真相なんて知らなくて、俺は隣に並んだだけだ。

 特別に見て貰える価値を易々と認めるには、心はまだ大人にも子供にもなり切れなくて、俺なんかよりも現在の彼女が、“普通”に日常を生きられているのかだけが気掛かりだった。


「……今は、視えないんだよね、幽霊」 


「はい。……おっきくなってからは、嘘だったみたいに視えなくなって。

 今じゃ私自身の妄想だったのかなって、思うくらいです」


「視えてた頃は、その……なんていうか、クラスでさ……」


「浮いてました。……苛められてたって程じゃ、なかったです」


 小山内さんが先回りして、過ぎ去ったことの様に言うけれど、今ハブられている俺だから、小さな頃のコミュニティのどこにも属せない辛さは、推し量れない、想像を絶するものがあった。

 無垢は無視に、無邪気な攻撃に転化する。

 例え言葉通り程度の知れた痛みだったのだとしても、その傷が根に残った事実は取り消せない。

 

 手を繋いで帰って、公園に来て、こうして話していると、記憶は眠っていただけだと気付かされる。


 小山内さんにまだ霊感があって、小学校に通い出したあの頃、クラスの違った俺達は、別々の関係性を形成して、いつしか大して話すこともなくなった。

 彼女のクラスを覗くようなことなんてしなかったから、孤立していたことも知らなくて。

 知ろうとしなくて。

 ただ、替えの効く玩具の様に新しい友達を作って、一緒に帰ることもなくなって、きっと忘れようとしてたんだ。そこに罪悪感を覚えないように、自分を作り替えて。

 それなのに彼女は、ずっと恩義を抱えて、孤立した俺に声を掛けてくれた。

 たぶん、ポルターガイストの類も、霊感のあった彼女には他人事じゃなかったんだろう。

 

 そうと知らずに、笑顔を向けてくる女の子と一緒にいることに、浮かれていた。


 なんて、虫が良くて、浅ましい。


「……小山内さん」


 都合の良い自分に腹が立つ。

 項垂れたままに、名前を呼ぶ。

 

「天里君?」


「……俺さ、今日小山内さんに声を掛けて貰って、嬉しかったんだ。クラスじゃ、いつも一人だったから、人とこんなに話すのも、久し振りなくらいで」


「……はい」


「でも、小山内さんの話聞いて思い出した。知り合った頃は、よく一緒にいたかもしれないけどさ。

 ……俺、小山内さんが辛い時に、傍にいなかった。そのこと都合よく忘れて、優しくされて舞い上がって、ヒーローだなんて、大袈裟なもんじゃないよ、俺は」


「そんなこと」


 すぐさまフォローしようとしてくれる会話の隙間に、一息溜め込む。

 淀んだ気持ちごと、一斉に吐く。


「俺は、自分が、自分で許せない。……だから、お願いがあるんだ、小山内さん」


 二人ブランコに腰掛けて隣り合ったまま、一心に彼女を見つめる。

 

「……はい」


 息を呑んで、彼女が頷く。


「ぶって下さい」


 起立して誠心誠意、俺は腰を折って頭を下げる。


「ぶっ? え? えぇ???」


 顔を上げなくても分かるくらい、小山内さんが狼狽える。

 あんまりにも予想通りの反応だけど、心は偽れない。


「もっかい、ちゃんと向き直りたいから……小山内さんと、友達として」 


 あの頃傍にいられたら、力になれただなんて、それこそおこがましいかもしれない。

 でも、これから何かを築き直せるなら、昔の自分にもけじめをつけたかったから。

 押し付けの様に感じるかもしれないと頭が回った頃には行動は終わっていて、鈴虫の合唱が俺達を囃し立てる。


「……律儀なんですね、天里君は」


 謝罪の姿勢を維持する俺に、足音が近づく。


「どうしてもぶたないと、納得出来ませんか?」


「……小山内さんの考えられる罰があるなら、それで」


「…………じゃあ、ほっぺをつねるとかで……軽く。

 ……また、座って貰えますか。天里君」


 指示に従って、さっきまでの位置に戻る。

 ブランコの正面に、小山内さんが後ろ手を組んで立つ。


「……目、瞑ってて下さいね」


 ほぼ目線の高さで張りのある胸先が近付いて、言われるよりも前にきつく瞼を閉じた。

 それから、長い、長い間が空いた。

 暴力に訴える絵が似合わない彼女にしても、躊躇するには長過ぎる時間。

 両膝に手を突き身構えるのも限界を感じて、悶々として。


 焦れる俺を止める様に、頬の感触。

 指先とも違う未知のやわっこさに戸惑って、恐る恐る瞼を上げる。

 小山内さんが目の前で、真っ赤な顔をしていて。

 眼鏡の掛けた鼻筋まで覆う様に、口元を隠しているのが意味深で。

 今し方触れられたほっぺを俺がさするのと、小山内さんが潤んだ目を伏せて事の次第を明かすのは、全くの同時。


「……キスの刑、です。

 …………かわいくない女の子のなら、罰になります、よね……?」


 誰に問い掛けているのかさえ定かでない視線はすぐに逸らされて、彼女は自分が座っていたブランコの付近から鞄を抱え上げてそそくさ逃げる。


「ごめんなさいっ! また! 明日学校でっ!」


 公園の出入り口から大きな声を響かせて、小山内さんがこの場を後にする。


 一人取り残された俺は放心状態で、明日どんな顔をして会えばいいのかという思考だけが巡っている。


 触る程消えてしまいそうな頬の感触をさすって、補導時間ギリギリまで、俺の腰は上がらなかった。


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