告白サマーナイト《前》
小山内さんの家の近くまで来ると、小さな頃よく遊んだ児童公園がある。
木々に囲まれた中央に砂場と、子供達の足に毎日踏み荒らされて平らになった地面。
簡素な滑り台とブランコ二つが視界を挟み、公園の四方は家々が立ち並んでいる。
「変わってないのな、ここら辺」
呟くと、同じ懐かしさを帯びた声音が返ってくる。
「……天里君は、覚えてますか?
ここでよく、一緒に遊びましたよね。
この辺に女の子少ないからって、天里君に面倒掛けちゃって。……その節は、お世話になりました」
そんな経緯だっただろうか、あの頃俺と彼女が一緒だった訳は。
初めて会ったのがここであったことは、うっすらと憶えている。
周辺の子供達なら必ず通るこの場所で、男子の間に混ざれない小山内さんが、一人ブランコに座っていて。空いたもう一つに俺も乗って、打ち解けるまで、そう時間は掛からなかったと思う。
女子と遊んでる奴って認識で除け者にされた気がするけど、思えば昔からハブられる宿命にあるのかもしれない。
ドラマチックなことなんて何もない、何の変哲もない出会いだ。
けど小山内さんが輝かしいモノの様にブランコを見つめるから、照れ臭さが募る。
「……そんな大層なことでも」
「私は、覚えてますよ。……ブランコ乗ったり、砂山作ったりしたこと……ずっと覚えてます」
何かを追想する様に小山内さんの瞼が下りる。
俺にはぼやけてしまった思い出の数々を宝物の様に言うから、繋いだ手を通して、彼女が次に言いたいことも、分かるような気がして。
「あの……」
「公園、入りたい?」
「……はい」
遠慮がちに顔を上げた彼女の心中を言い当てると、表情が驚愕から喜びに差し変わる。何故だか胸があったかくなって、昔に戻った心地になる。
「俺も、同じこと考えてたから。色々、思い出したいし」
小山内さんが大切にしていることを共有出来ないのは、心苦しい。
幾ら微妙な距離感になっていたからって、きっと十年も前じゃない。
十五歳の現在からしたら、人生の半分以上は昔だけれど、容量の小さい頭に辟易した。
小山内さんはずっと忘れないでいてくれたのに。
俺にとっては、無意識にせよ、そんなに忘れたいことだったんだろうか?
それを確かめる意味でも、この公園に入る意義はある。
ブランコまで足を運び、そこでやっと手を離す。
奇妙な勘違いからとはいえ、ちょっと名残惜しく感じていると、小山内さんが意気揚々とブランコに腰掛ける。俺も倣って体重を預けるけど、鎖を握り込んで座れるスペースは、高校生の今だと感覚が違った。
「小っさ……」
「ふふっ。私達が大きくなったんですよ」
小山内さんが軽快にブランコを揺らす。
隣で行ったり来たりする彼女は、眼鏡を掛けていても初めて会った時のままで、楽しそうに目尻を下げる。
丁度逆の立場で、俺から同じことをしたんだっけ。
釣られて揺れ幅を競う頃には仲良くなって、暗かった彼女が明るい顔を見せてくれて。
ループしてるのが可笑しくて、クラスで落ちぶれた俺を特別に見てくれたことを感謝したいのに、何時の間にか本気になって漕ぎ出す小山内さんの真剣な様子が、黒髪を覆い隠す夜になっても自然と目につく。
小山内さんはやっぱり、幼い。
「小山内さんはあんま変わってないけど」
「あ、酷いですそれ。私、結構変わったつもりなんですけど。……胸は、おっきくなりましたし」
俺も負けじと慣性の奴隷になっていたところで、爆弾発言。
一気に下駄箱の一件がフラッシュバックして、悲しいかな彼女の言った箇所に視線が食らい付く。夜闇に浮かぶ夏服に揺れてるのがブランコだけじゃないと真理を得るが、思いっ切り漕いで脳の情報を締め出す。
「それ! その話なしで! 女子から振る普通!?」
「……大きいのは好きじゃないですか?」
やがて失速し哀しそうに言う小山内さんの隣に戻るまで、十数回は宙を往復した。
鎖の軋みを聴きながら考え付いた言い訳は、本音ではあるけど嘘臭い自覚はあって。
「……君のこと、そういう目線で見たくなくて。
まだ、俺の中だと、昔のまんまっていうか。
……小山内さんは」
昔馴染みの距離感を、壊したくはない。
心の奥ではずっと友達を欲しがっていたから、踏み込み方も浅くなる。
少なくとも俺は変わってしまったのに、小山内さんはしんと静まった公園の無音に、声を潜ませる。
「……その気持ちだけで、嬉しいです」
ぴったりブランコを並べて、はにかむ彼女と目が合う。
目の隈族の顔が夜に塗り潰されていることを祈りながら、ぱっと視線を離す。
……危うく惚れるところだった。
俺なんかの我を出しても明るい未来は見えないので、会話を埋める様に思い付くまま喋る。
「や! でも! 全部がまんまって訳じゃなくって!
……あのポルターガイストだの何だのすぐ信じ込む癖……昔からだっけ?
休憩時間も、それっぽい本読んでるけど」
小山内さんに思ったより見られてることが発覚した今日だけど、俺も人のことは言えない。
他人の趣味をとやかく言うのは、あまり気が進まないけど。
彼女の世界が嘘と現実の、どこに比重を置かれているのか気になった。
「……ホラーを読むようになったのは、最近からです。昔はまだ、怖かったというか、身近過ぎたんで」
「身近?」
引っかかる言い方だった。
まるで怪奇現象の類が日常であったかのようで、遠くの家明りしか照らすものない公園で、彼女の赤い眼鏡が怪しく浮かび上がる。
言葉を続け辛そうに顔を逸らし、静寂が返って、意を決したように小山内さんは立ち上がった。
「――天里君っ」
「は、はいっ!」
いきなり声を張られ背筋が伸びる。
同じ人から発されたとは思えないボリュームに不意を突かれ、驚愕は続く。
「……実は、その……天里君に……こ…………」
「…………こ?」
「…………こくはく、したいことが…………」
スカートの裾を引っ張って眼鏡のフレームと同じくらい顔を赤らめる小山内さんの言葉に、全身が耳にでもなってしまったかのような感覚に囚われる。
二人しかいない、公園で。
勇気と声を絞り出す小山内さんの隣で、俺は両手に鎖を握り込む
「私……実は……」
「……ウン」
「…………昔から」
「ムカシカラ」
不出来な腹話術の人形にでもなった様に、口はオウム返し。
脳味噌は自分の受験番号を見つけた瞬間より止まってる。
力んだ小山内さんが、この機会を逃さない様にと想いを告げる。
「――霊感が、ありゅん、ですっ」
「……は?」
噛んだことを踏まえて、理解が追い付かない。
涙目の小山内さんが、退路を断つ様に言い直す。
「いえ、あったんです。……信じて、くれますか?」
「…………はぁ」
彼女の真剣さに申し訳ない程置いてかれて、緊張の解けた俺は生返事。
過去形だろうが現在進行形だろうが、この肩透かしは隠せない。
ブランコに座る俺を潤んだ瞳で見つめてくる小山内さんの話は、これからが本番らしい。
長い夜はこれからだとせせら笑うように、辺りで鈴虫が鳴いていた。