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放課後サプライズ

 

 なんとなく、高校一年になったら彼女が出来て、無条件に青春っぽいことが出来ると信じていた。


 漫画で培った願望は実際てんでまるで一切そんなこともなく、現実は高校入学前にSNSで知り合ったグループが既に形成されていて、乗り遅れた俺は当然の如くハブられた。


 せめて入り易い輪の中に潜り込もうと、オタクっぽい集団に溶け込む為の話題作りにソシャゲをやり込んだら、夜更かしが過ぎて目の隈が酷くなったのが、つい最近のこと。


 そんな俺――天里(あまり)(ひろ)の悪人相はめでたく“不良”のレッテルを貼られ、あえなくスクールカーストワースト一位。


 窓際で蝉の鳴き声が聴こえる。


 友達の一人も出来ないまま、夏休みが迫っている。


「天里ずっと窓の向こう見てるよねー」


「やっぱあの顔絶対一人は殺ってるって」


 耳を澄まさずとも届いてくる。クラスメイト達の誹謗中傷。

 隅の席から視線を巡らせば、悪口の出所を隠す様に皆して黙り込む。

 

 あらぬ噂に尾ひれがついて、この悪循環を止める術はない。

 もう慣れるしかない出来事に嘆息して、ふと視線を感じて隣を見遣る。


「――」


「――」


 ぴたりと目が合って、互いに一瞬息を呑む。

 

 顎にかかるくらいに切り揃えられた黒髪と、赤いフレームの眼鏡がシンボル的な、多少は知った顔の同級生。同じ町内に住んでいるから、近場の公園でよく遊ぶこともあった。

 男とか女とか、そんなことも気にせずにいられた、大昔のことだけど。


 小山内(おさない)友梨(ゆり)


 物静かに読書をするのが常な彼女の視線を感じることは、稀によくある。

 その度お互い何もなかった様に顔を逸らすけど……俺の方は、意識してないと言えば嘘になる。


 いつからか眼鏡を掛けて地味めな印象に落ち着いた彼女の顔立ちは、美人と幼さの中間にある。

 そのままだと人形の様に均整の整った横顔に見えるのに、一ページ毎に表情が揺らぐというか、瞳を丸くしたり反応が大きい。

 今は何やらホラーチックな黒表紙の本と、おっかなびっくり格闘中。

 

 流石に観察し過ぎだろと、自分を戒め机に突っ伏す。


 人間関係の殆どが更新された高校生活、唯一知った顔の小山内さんと、一言二言喋れるくらいになれたなら、この日常にも張りが出るんだろう。

 それは未だ希望の段階で、この目の隈じゃ叶わない。


 がやがやと騒がしくなり始めた周囲も、今に担任が来て蜘蛛の子を散らす様に帰りの手順を踏むだろう。もうすぐ放課後で、これといった予定がないのが、気楽でもあり、憂鬱でもあった。


 現実逃避して、額を腕枕に擦り付ける。


 寝ている間に世界が終わってますようにと願いながら、俺は瞼を閉じた。





 「…………ん」


 睡眠不足が祟ってか、起きた頃には、暗がりの教室に夕陽が差していた。


 寝ぼけ眼を擦って、緩慢に身を起こす。窓際の方に顔を向けて寝ていたから、橙色に染まったグラウンドがすぐ視界に入った。


 寝すぎだろ、俺。


 学校指定の鞄を机の脇から前に置き、帰り支度。そうして正面を向いたところで、眠る前にも見たのと全く同じ、半袖の制服姿が、目の端に入った。


「…………おはよう、ございます。……あまりくん」


 小山内さんは椅子に座ったまま足を揃えてこちらを向いて、開いた本に口元を隠し、声をまごつかせた。


 本屋でよく見かけるブックカバーが掛けられた一冊は、彼女が新しい本を読み出した証でもあって。

 つまりそれだけの時間、彼女は隣に居た訳で。


「……ひょっとして、戸締り担当でした……? 小山内さん」


 見知った顔とはいえ、今は接点もないので俺も敬語になる。

 小山内さんは首をふるふる振って、自信なさげに答える。


「……天里君が起きるの、待ってたんです」


 本の仕切りからややはみ出た、眼鏡越しの上目遣いをまともに直視する。

 

 きっかけを掴みかねていた女子が見せた一面は、俺が言葉に詰まるのに充分で。


 二人きりの教室、窓際に差し込む夕陽を背にした俺とは対照的に、影に飲まれた方面に位置する小山内さんは、ほんの少し項垂れて、手にした盾をゆっくり下ろす。


 膝の上に本を立てた彼女は、読書の時よりもはっきりとした、それでいて涙を呑むような瞳で面を上げ、俺を見つめて口にする。


「今日……良かったら、一緒に帰りませんか? ……天里君」


 奮い立たせた様な勇気は、結局また本の壁に引っ込んでしまったけれど。


 夕陽の届かない向こうで、彼女の頬が朱に染まっていたかの様に見えたのは――


 友人に飢えた、俺の錯覚だったのかもしれない。……流石に。


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