EX1 カードの裏側に潜むもの
あの日から、飛田さんは浮かない顔をしていた。
きっと、広野光と何かあったのだろう。同じクラスでもお互い話すようなことはなかったけれど、ふと見つめる自分がいる。
だけど、夕実と呼ばれる彼女の友人との会話をいくら小耳に挟んでも、どうにもそのような話はなく。彼女と広野光との関係は一切掴めない。
もし彼女が広野光のように、この街で活動する同じ鹵獲妖精使いならばという可能性を考慮しての観察も兼ねているが、そういうところとは違う部分で気になる部分もあった。言葉にはしづらいが、いわゆるテレビや映画なんかで見る、そういう世界の代物が宿るような。
帰る途中、俺はひと気のない帰路を進むことにした。なにせコトがコトなものだから、兄貴への報告やら妖精との相談などをおおっぴらにするわけにはいかない。
『飛田日和。特に情報は掴めず。しばらく様子を見る』
俺は兄貴への報告を済ませ、路地裏に入ってデバイスを起動した。画面には天使と悪魔の対照的な姿を模した双子の妖精が、半々で画面を埋めている。
「それで、どうだったのよ? 飛田とかいう子との進展は」
ちょっとした飾りのようなコウモリの羽と、全身に黒いゴスロリを身に纏った吊り目の悪魔の少女が高飛車に言う。
「調査のことなら、何もないよ」
「はぁ? クロユキ、まさかあんたこんなことでチキンになってんの?」
「あれだ。クロユキはチェリーボーイなんだ」
白鳥の羽とふわふわのフリル付きローブを纏う垂れ目の天使の少女まで、罵りに参加する。せめて、こういうときにはもっと対照的であってほしかった。
「いいかい? 俺はな、ただ鹵獲妖精持ちかどうかの調査をしてるのであって、別にそんな感情を引っさげてこんなことをやってるわけじゃない」
「何を言いますか。宿主の内面をコピーしたワタシ達に、今更嘘がつけると思ってる?」
「嘘つきはチェリーだぞ、クロユキ」
「お前ら……」
こいつらに対しては、怒れば怒るほどこっちが疲れるだけということを知っていたため、どうにか怒りを抑える。
「……まあいいや。とりあえず報告だ。現状では、飛田日和に鹵獲妖精持ちである確証は掴めなかった。しかしまだ決定的ではないため、調査を続行する」
「提案。カバンを漁ると早いと思う」
「んなもんできるか。学校に持ち込んでない可能性だってある」
「ならば家に侵入するとか」
「却下だ。俺はストーカーをしてるんじゃない」
妖精の名前はそれぞれに、天使の方はパール、悪魔の方はオニキスと呼んでいる。こいつらはそれぞれが別の妖精というわけではなく、俺の中でひとつだった妖精が分裂したような具合で生まれた存在だった。
実は分裂した数は二体ではなく三体だったが、ここらへんからだいぶ話がややこしくなるため、基本的にこの双子が俺の妖精ということでいい。
「本人に直接確かめてみたの?」
「この前、遠回しにはやっただろ。結果、はぐらかされた」
「それ以降は?」
「とりあえず、動きがあるまで様子見ってとこ」
「ちゃんと聞きなさいよ! 前のは明らかに怪しかったでしょうが!」
「うるさいな。下手に詮索して怪しまれたら本末転倒だろうが」
まあ、話しかけられないのは事実だが、それをこいつらに言う必要はない。言わなくても、こいつらは俺の内面から読み取るからだ。
だからといって、こんなやつらに自分から言えるわけないだろう。まさか転校して早々、誰かに好意を抱いたなんて。
ひとつ咳払いして、調子を整える。
「とにかく、だ。ここ最近、公共物を破壊して回っているという話を聞くマキナ・シャイン――広野光――は確実に潰すからな。あいつは、聞いてる限りそこらへんの妖精となにも変わらない」
「じゃあ、飛田日和は?」
「ひとまず保留だ」
「……まあいいけど、あんまり色ボケをこじらせすぎないでよね」
「忘れるなよ、クロユキ。妖精は、誰であろうと、確実に処理する」
オニキスとパールは口々に言う。なんだかんだ、こいつらも妖精を殺すことかけては真剣だ。
忘れるはずもない。俺が兄貴と二人きりになって、目深の帽子とコートを纏う謎の男からアタッシュケースとバイクを譲り受けてから、ずっと変わらない。
俺は自分の目的を心の中で再確認して、それから言う。
「ああ、知ってるさ。何年かかろうが、ありとあらゆる妖精は全て潰してやる」
デバイスを切って、ポケットに入れる。路地裏から出て、兄貴のいる家に向かって歩き出す。